【57577の宝箱】ちっぽけな地図でも手放さないでいる 鉛筆で引く自分の行き先

文筆家 土門蘭


フリーランスとして働き始めて、もう丸2年が経った。

それまでの13年間は会社員として固定給をもらっていたので、フリーランスの不安定さには最初かなり戸惑った。わかっていたことではあるけれど、収入が変動するのは結構ストレスだ。だいぶ慣れてきたけど、いつどうなるかわからないという不安は、今でもやっぱりある。

私は本来、お金はあればあるだけ使ってしまう性質だ。ある月で収入がたくさんあったら、調子に乗って全部使ってしまいそうになるし、逆に収入が減れば減ったでそれに合わせて生きていける。
だけどいかんせん、今は子供が二人いる。子供たちまで、そんなジェットコースターのような生活に付き合わせるわけにはいかない。私の不安はそこだった。「大丈夫かなぁ、この子達が家を出るまでお金足りるかな?」と。

だからと言って、生活を切り詰めて貯金を頑張る、というのも違うように思う。
私は、お金は若いうちこそできるだけ使った方がいいと思っている。体力や時間ややりたいことがふんだんにある若いうちにこそ、お金を使って経験を買うべきだと。あとから「体力や時間があるうちに、いろいろな思い出を作っていたらよかった」と後悔するのは悲しい。無駄遣いは良くないけれど、後悔しない使い方はするべきなのではないか?と思う。

そんなことを考えていると、「後悔しない使い方って何?」と、ますますわからなくなってくる。いくらなら使って良くて、いくらは貯めておくべきなのだろう。

そう悩んでいたとき、ちょうどいいタイミングで、「ファイナンシャルプランナー(FP)に相談をしてみませんか」という広告が届いた。確かに、自分一人で悩むよりも、プロに頼んでみるのがいいかもしれない。

そう思い、さっそく試しに申し込んでみることにした。

§

うちにやってきたFPさんは同年代の女性の方で、話しやすい雰囲気の方だった。
まずはなぜ相談したいと思ったのかを伝え、どうなりたいのかを話す。
「なるべくお金は使えるときに使いたいので、いくらなら使って良くて、いくらは貯めておくべきなのかを知りたいんです」
そう言うと、彼女は「承知しました」と言って、にっこり頷いた。

さっそくうちの家計状況を共有して、ライフプラン表というのを作っていく。要は私が死ぬまでの、お金の収支計画だ。

一家の収入、社会保険料、固定費、流動費、預金額。それに対して、今後の予想もしていく。収入がどれだけ伸びて、仕事はいつまで続いて、いつから年金生活になるのか。子供は公立・私立どちらの学校に入るか。親の介護はいつから始まるか。自身の介護はいつから始まるか……。

もちろん予想なので、それが100%当たるかどうかはわからない。
だけど、とりあえず未来のことを現実的に数字で考えてみるということを、これまでやってきたことがなかったので、とても新鮮だった。

「蘭さんはフリーランスでいらっしゃるということですが、いつ頃までお仕事を続けられる予定ですか?」

そんな質問もされたが、そんなことを考えたのも初めてだ。「執筆業なので、できる限りは……」と答えつつも、「需要と供給のバランスもありますしねえ……」とモニャモニャ返す。
自分で自分の定年を決めることもできるんだなという事実にびっくりしながらも、とりあえず平均定年の65歳までにし、それまでの収入もなるべく堅実な数字で一律設定してもらった。

「ライフプラン表の最終年齢は、おいくつで設定いたしましょうか?」
FPさんがちょっと言いにくそうに尋ねる。つまり、自分の寿命をいつに設定するか、という質問だ。これも考えたことがなかったのでかなり悩んだ。年々平均寿命は伸びているというけれど……考えても仕方ないので、なんとなく「80歳で」と答えた。

すると、80歳の自分が頭にぼんやりと浮かんだ。
うまく顔や様子は思い浮かべられなかったけれど、なんとなく影のようなものが。私はその影を感じながら、80歳の自分がなるべく幸せであったらいいなと思う。できるだけ、苦痛や悩みが少なかったらいいな、と。

そのとき急に、「今私は、自分の人生を大事にしようとしているのだな」と感じた。
収支の予定を立て、足りなければ何で補えるか、どこを削ればいいか、リスクに対して準備できているかなどを考える。
その都度、自分にとって何が大事なのか、どこまでなら譲れるかを問われる、気の重たくなる作業ではあるけれど、現実と向き合って準備をしていくことでしか、私は私の人生を守れないのだと思った。

できあがっていくライフプラン表は、夢ではなく、想定され得る私の現実だ。
決して悠々自適とは言えない数字だけれど、それを見るだけでかなり満足した。次にとるべき行動が自然とわかり、心が落ち着いてくる。自分で自分のための計画を立てるという行為が、私の中に自信を生んだのを感じた。

「計画を立てるって、大切ですね」
そう言うと、FPさんは言った。
「自分のことを一番考えてくれるのは、自分ですからね」

§

私はよく「幸せってなんだろう」と考える。
お金があって生活に困らないこと、健やかに暮らせること、大切な人たちに囲まれていること、やりがいのある仕事につくこと……いろいろ思いつくけれど、これさえあればというのはわからない。人それぞれだからだ。

ただ、お金を切り口に人生計画を立ててみて思ったのは、「私にとっての幸せは、自分で自分の人生に納得すること」なのではないかな、ということだった。「できる限り自分で考え、選んだのだ」と納得すること。

人生、すべての夢が叶うとは限らないし、いつ何が起こるかわからない。だけど、できるだけ自分で自分の人生をハンドリングしたい。行きたい場所に行って、過ごしたい時間を過ごす、休日のドライブのように。

完成したライフプラン表は、今、手元に置いてある。
とりあえずのところ、これが今の私の地図だ。

質素な内容だし、その通りにいかないかもしれない。でも、地図を用意したのだという事実が私の心を満足させる。自分で自分の行き先を、ちゃんと考えることができたから。

 

“ ちっぽけな地図でも手放さないでいる鉛筆で引く自分の行き先 ”

 

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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