【大人の、友だち】第2回:子どもの頃も、育児のときも、寄り添ってくれた大好きな絵本

ライター渡辺尚子

最近、自分のために絵本を読む時間ができました。ちょっと疲れていて、携帯の画面から離れたくなって絵本を手にとったのがきっかけです。気持ちがときほぐされて、ほっとしました。絵本って、子どもだけのものじゃないのかも…。

「東京子ども図書館」で働く内田直子さんに伺う、絵本のお話。今回は、本が好きになったきっかけや、大人になってからの出会い、そして内田さんを助けてくれた本について教えていただきます。

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図書館とはちょっとちがう「家庭文庫」を、ご存じですか?

内田直子さんは、子どもの頃から本と触れ合う機会が多かったそうです。

内田さん:
「4歳のときから家庭文庫に通っていました。8歳で中野に引っ越してきたのですが、その近くにも、『松の実文庫』という家庭文庫があったんです」

家庭文庫というのは、当時全国的に広まっていた読書普及活動のこと。ふつうのお宅が、本棚のある一室を近所の子どもたちのために開放して、本を貸したり、物語をきかせたりする場所で、いまも各地にあります。

内田さん:
「初めて『松の実文庫』に行ったとき、お庭から入る文庫の入り口に、木のおもちゃがぶらさがっていたのをおぼえています。そこをくぐって中に入ると、心地の良い本が並んでいたんですよ」

▲1967年に開設された「松の実文庫」。子どもたちに囲まれている笑顔の大人が、主宰者の松岡享子さん:写真提供(公財)東京子ども図書館)

「松の実文庫」は、近所の子どもたちに人気の家庭文庫でした。でも、そこを主宰する松岡享子さんが、くまのパディントンやゆかいなヘンリーくんシリーズの翻訳をしたり、『とこちゃんはどこ』という絵本をつくったりしている人だなんて、思いもしなかったそうです。

内田さん:
「いつも子どもたちがうじゃうじゃいたので、自分の座る場所を確保するのが大変でした。

先生やお姉さんたちのそばに座る子もいれば、ひとりの世界にいる子もいました。わたしは縁側の、木のおもちゃの置いてあるところに座っていました」

なんて楽しい場所でしょう! ふつうの家にお邪魔しながら、好きな本をひきだしては読むことができるなんて。

「東京子ども図書館」は、この「松の実文庫」と、児童文学者の石井桃子さん(「クマのプーさん」の翻訳者で、「ノンちゃん雲に乗る」の作者)や土屋滋子さん(本好きの主婦)の運営する家庭文庫とがあわさって生まれました。

結婚して幼稚園で働いていた内田さんは、松岡さんの秘書や経理職を経て、この図書館で働き、定年を迎えたいまも通い続けています。その内田さんが、お家で大切に読んでいるのは、どんな本なのでしょう。

 

社会人になった子どもたちも読み続ける、内田家の大切な本

内田さんは、たくさんの本を抱えて、わたしたちを待っていてくれました。

家の本棚から出してきたというそれらは、何度も何度も読み返されて、どれもすっかりすりきれています。

内田さん:
「絵本は好きだけれど、いろんな本をたくさん読んだというのではなくて。気に入った本をくりかえし読んでいたの。ここにあるのは、わたしも読んだし、うちの子どもたちも何度も読んだ本ね」

社会人になった息子さんや娘さんは、いまも実家に来るたび、絵本をとりだしては読み返しているそうです。こわれたところには、テープが貼ってあり、長く大切にされてきたことが伝わってきます。

内田さんが、「なかでも、この本が大好きなんです」といって、『おかあさん だいすき』を見せてくれました。

内田さん:
「子どもの頃に読んだ本って、その頃のおうちの匂いとかも思い出しませんか? わたしはこの本を読むと、なぜかスープの匂いを思い出します」

文と絵、マージョリー・フラック。訳と編、光吉夏弥。初版は1954年、岩波書店で、いまもなお版を重ねています。

小さな子になった気持ちで、内田さんのおはなしに耳を傾けました。

 

あげるものは何もなくても。クマが教えてくれた大切なこと

内田さん:
「おかあさんのお誕生日に男の子が、『プレゼントは何がいいかな』ってでかけていくんですね。

まずめんどりが『卵をプレゼントしましょうか』って言ってくれるけれど、卵はうちにあるのです。『それなら仕方ない、じゃあでかけましょう』と言って、めんどりと一緒にまた歩き始めます。

ガチョウは羽をくれると言います。でも、枕ならうちにあります。ヤギは『おいしいチーズをつくれるように、ミルクをどうぞ』と言うけれど、チーズはもうあるんです。ひつじに毛をもらっても毛布はあるし、牛に会っても牛乳は足りています。

動物たちは、それぞれに自分の一番の宝物をわけてくれるというけれど、どれも男の子のおかあさんはすでに持っているんです。

するとみんなは『じゃあ、何がいいか、森の奥に住んでるクマさんに聞きにいきなさい』と、帰っていくんですね」

森からでてくるクマは、とってもリアルに、毛の流れまでしっかり描かれています。しかも「うおう、うおう」と鳴いていて、ちょっとこわそうです。

内田さん:
「クマは、『あげるものは何もないけど、いいこと教えてあげるね』って言うのですが、それが何なのかは、この場面ではまだ描かれていないんですよ」

こうして男の子は、クマに教えてもらったことを胸に、飛び跳ねながら家へ戻っていきます。そして、何も渡さないかわりに、ぎゅっ!と、目の前のおかあさんを抱き締めるのです。めでたし、めでたし。

子どもの頃に読んだら、笑って読み終えたかもしれません。でも、大人になったいまは、男の子の気持ちと、お母さんの気持ち、両方が伝わってきて、胸いっぱいになりました。

 

子育てしている自分を励ましてくれた1冊

内田さんは、子どもの頃からいままで、絵本の世界から離れたことがありません。それでも、大人になってからは、子どもの頃とはまたちがった形で、本が折々に内田さんに力をくれたそうです。

たとえば、育児中に手にとった児童書『がんばれヘンリーくん』(ベバリイ・クリアリー作 松岡享子訳 ルイス・ダーリング絵/学研)。

主人公のヘンリーくんは、アメリカのどこにでもいるような男の子。すぐ身近にいそうな子どもを登場させ、いかにもありそうな情況の中、思いもかけぬ愉快な事件を起こさせます。それでもまわりの大人はガミガミ叱ったりすることなく、ヘンリーくんをあたたかく見守っているのです。

内田さん:
「この本が書かれたのが、1968年。出てくる大人たちが、ゆったりしていて、いいんですよね。読んでいると、『こんなことで怒らなくてもいいんだ』とか『こんな子だって、なんとかなるよね』とか、励まされたんです。

いまでも図書館の人と、『ヘンリーくんシリーズは育児書だよね』なんて、話すんですよ」

絵本も児童書も「子ども」の友だちだと思っていたけれど、そんなことはないみたいです。大人のわたしたちだって、本は友だち。いつでもユニークで、やさしくて、あったかい友だちだと、内田さんのお話を伺って感じたのでした。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

内田直子(うちだ・なおこ)

東京生まれ。結婚し、幼稚園に勤務しながら3人の子を育てる。2005年より「東京子ども図書館」職員。前理事長・松岡享子さんの秘書や、経理を担当。折々に、子どもたちとの手仕事のイベントにも携わっている。

東京子ども図書館 https://www.tcl.or.jp/


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