【大人のじゆう】前編:まわり道して、やりたいことに辿りつくまで

編集スタッフ 寿山

大人になって時間に追われることは増えたけれど、時間の使い方や、お金の使い道を自分で決められるって自由だよなあと、ふと思ったことがありました。

ところが同じような状況でも、ときに身動きがとれないように感じたり、決めなければいけないことが重荷になることだってあります。

いったい、大人の自由ってなんだろう?

そんな漠然とした疑問がわいたとき、ある方の顔が思い浮かびました。

もう40年ほど個人住宅の庭づくりをされている、庭師の栗田信三(くりた しんぞう)さん。年齢もキャリアも大先輩ですが、お話していると、とてものびのびと自由に生きてらっしゃるなあと感じて、気持ちがいいのです。

栗田さんはこれまで、どんなことを感じながら生きてきたのでしょうか? まずは若い頃の自分探しのエピソードから伺ってみました。

 

好きなことを7年間やってみたけれど、自由にはなれなかった?

栗田さんが庭師の仕事を始めたのは、25歳のとき。それまで7年間ほどフリーターをしていたのだとか。

栗田さん:
「高校を卒業したとき、とにかくヨーロッパに行ってみたかったんです。2年間ほどアルバイトをしながらお金をためて、デンマーク、アムステルダム、ロンドン、パリ、マドリッドと気のむくままに旅をしていました。

向こうは短い期間でもアパートを借りられるので、1ヶ月ほど暮らしてみて、どこへ行くわけでもなく好きなパン屋を見つけたり、安くて美味しい食堂を探したり、まあ遊びながら暮らしていたわけです」

帰国後も絵や音楽に芝居など、自分を表現できる場所を探していたといいます。

そんな暮らしを7年ほどおくったあと、気ままな生活にとうとう終止符を打つことに。

栗田さん:
「いま思えば黄金時代みたいな7年間でしたし、今の自分を形づくっている部分も大きいとは思いますが、当時は表現することにも自分にも限界を感じていて。25歳になった頃、結婚を機に定職に就こうと決心したんです。

それでハローワークなんかに行ったりして。たまたま出会った庭師の方で、話がすごく面白い人がいて、その人のもとで働くことになりました」

 

仕事選びのヒントになったのは「木登り」

そもそも庭師の仕事に興味を持ったのは、フリーター時代のアルバイトがきっかけ。区役所が管理している保存樹林の、枯れてしまった枝を切り落とすというシンプルな仕事でした。

栗田さん:
「20メートルくらいあるケヤキの木に登って、枯れ枝を切る仕事だったんですけど。高いところは大好きだったし、木の上に登ってしまえば、下の世界のことはあまり聞こえてこない。木の上で働いて、お弁当を食べて、ゴロリと昼寝をする。一連の流れが、すごく気持ちよかった。単純なきっかけですよ」

いざやってみたら、ただ性に合っていた。それだけのことと栗田さんは言うけれど、直感にしたがって自分がいいと思った方に進むのは、勇気もいることな気がします。それでも気持ちいいと思った先で、少しずつ世界がひらいていきました。

 

庭に1本、木を植えただけなのに……

木登りの気持ちよさを信じて就いた庭師の仕事を、ここまで続けられた理由も伺ってみました。

栗田さん:
「当時働いていた会社は、街路樹の剪定や公園づくりなど公共の仕事が多かったんですが、あるとき親方が個人宅の庭をつくる仕事を頼まれて、それを手伝ったことがあったんです。

今でも忘れられないのは、庭に木を1本植えただけなのに、空間がガラリと変わってしまう。当時の私にとって、すごくショッキングな出来事でした。

それで家の庭づくりに一気に興味が向いてしまって。個人住宅の庭をつくっている会社に転職して、5年間ほど働かせてもらいました」

 

まわりと比べたら遅いスタートでも。辞めたいと思わずにやってこれたのは

当時は庭師になるために10代で修行をはじめる人も多かった時代。まわりと比べて技術の吸収力や、成長するスピードなど、随分と差を感じることもあったそう。

遅いスタートで苦労がなかったわけではないけれど、不思議と辞めたいと思ったことはなかったのだとか。

栗田さん:
「いくらまわりと比べたって、それなりにしか進めませんから。なんとか独立して自分で庭をつくりはじめると、住宅の設計士とも打ち合わせをしながら『この空間だったら、こうしたら心地いいんじゃないか』と、自分のイメージを共有する機会が増えていきました。

それと同時に施主からも『住んでみたらすごく気持ちがいいです』とリアクションをもらえることも出てきて、だんだん自分の感覚を、他者に認めてもらえる機会が増えていくわけですよ」

栗田さん:
「そうすると、自分の思いつきを否定せず、どんどん出しても大丈夫なんだというルートが出来てきて、ふと『これは若いときに自分がやりたかったことかもしれない』と気づくわけです。

手段はなんであれ、自分の体を通して感じたことを、形にすることがしたかったんですね。

もちろん施主の希望ありきの仕事ですし、失敗だってたくさんしてきた訳ですけれど、経験を重ねるなかで少しずつ自信と評価が重なるようになって、ようやくちょっとだけ自由になったような気がしました」

そう感じたのは、栗田さんがちょうど50歳を迎えたころ。独立して20年が経ち、子どもたちも手を離れはじめて、家のローンも目処が立ち、仕事でも少しずつ手応えを感じはじめたときだったと振り返ります。

さて、つづく後編では、70代を迎えたご本人いわく「いまはもう、自由を通り越してのんきです」と語る人生後半のエピソードを伺っていきます。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

栗田信三

1951生まれ。有限会社「彩苑」(https://saien.net/)を主宰。庭づくりを続行中

 


 


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