【のびやかな人】前編:失敗を恐れず、動いてみる。その積み重ねが私らしさを作るから
ライター 嶌陽子
落ち込んでなかなか立ち直れなかったり、今の自分のままでいいのかなとふと思ったり。そんなふうに後ろ向きな気持ちになることが、時々あります。
それが一概に悪いとは決して思わないけれど、できれば気持ちを切り替えて、また前に進みたい。そして、「いろいろあるけど、人生ってなかなか面白い」って思えるのが理想です。
生き生きと歳を重ねている人に、そのためのヒントをもらえたら。そこで訪ねたのが、バッグブランド「アトリエペネロープ」の代表兼デザイナー、唐澤明日香(からさわ・あすか)さんです。時折メディアで見かける姿は、見るたびにのびやかでチャーミングになっているように思えます。
ブランドを立ち上げてから26年。これまでどのように歩んできたのか、歳を重ねることで見えてきたこととは? たくさんの勇気をもらったお話を、全2回に渡ってお届けします。
運転中に見たトラックの幌が、バッグ作りのきっかけに
都心にあるアトリエのドアを開けて出迎えてくれた唐澤さん。その場の空気が一瞬で明るくなるような、晴れやかな笑顔が印象的です。
張りのある帆布の質感やきれいな色味。根強い人気を持つアトリエペネロープ のバッグを26年前から作り続けています。
窓から六本木の街が見えるこのアトリエを借りたのは3年前。ここを新たな拠点に、バッグ作りと並行して洋服のブランド「ボンジュール・ビキ・ボンジュール」をスタートさせました。まずは、これまでの歩み、そして50代にして新たな挑戦をした理由について聞いてみました。
唐澤さん:
「昔から布が好き。子どもの頃から母親が編み物を教えてくれたんですが、糸が編まれて布になっていくのが不思議だし、楽しかったんですよね。そういう経験もあったからなのか、布というものにとても惹かれるんです」
服飾専門学校を卒業後、インテリアを扱う会社に就職。けれど「組織の中でなかなか自分を出せず、会社勤めに向いていないと感じて」、数年で退職します。その後は独立し、エプロンやクッションカバーといったインテリア小物などを作っては小売店に卸していました。そんなある日、唐澤さんの進む道を決める出来事が起こります。
唐澤さん:
「車で高速道路を走っていたら、軍のトラックを見かけたんです。後ろの荷台にかかっている幌(ほろ)が光や風を受けるたびに、あせた帆布の表情が変わっていく、その様子にすごく惹かれて。こういう素材、かっこいいなと思ったんです。帆布を使って何かもの作りをしたい、そう考えた結果がバッグでした」
そうして1996年、代官山の小さなマンションの一室を借りてスタートさせたバッグ作り。今は工場で生産しているバッグも、最初の5〜6年は注文を受けて一つずつ手作業で作っていたといいます。
唐澤さん:
「朝から夜中までミシンを踏んでいましたね。その頃はとにかくやらなきゃって必死で、嫌だとか、大変だと思ったことは一度もありませんでした。
少しずつですが、作ったバッグをお店に置いてもらって、それが売れていく、その喜びや楽しさの方が勝っていたのかもしれません」
布が好きだから、ついサイズが大きくなっちゃうんです
初めはテントや幌で使う資材用の生地を業者に分けてもらい、さまざまな形のバッグを作っていた唐澤さん。しばらくはトラックの幌の色のグリーン1色でしたが、次第にオリジナルの色で染めた生地を使うように。今も唐澤さんが絵の具で色を作り、それを布に染み込ませて色見本を作っています。
背筋が自然とのびるような美しい色は、どうやって生まれたのでしょう?
唐澤さん:
「20数年前、生地屋さんで帆布の色見本帳を見せてもらったら、イメージしていたような色がなかったんですよね。色の数自体も少ないし、たとえば赤にしても、くすみがかった赤なんです。
この中からは選べない……。だったらリスクもあり簡単なことではないけれど、思い切ってオリジナルカラーを作ろうと考えました。あえて、今までの帆布にはあまりない色にしようと思い、色出しをしました。
最近はいろいろな色の帆布がありますけれど、当時はほとんどなくて。推測ですが、あまり色をはっきり出すと好みが分かれてしまうから、ごくベーシックな色が作られていたのかも。
私は “自分が好きだから、きれいだと思うからこの色にした” というものを作りたかったんです」
その気持ちは、唐澤さんのもの作りに対する姿勢とも重なります。
唐澤さん:
「昔からそうなんですが、これが売れるだろうからと思ってものを作ったことは一度もないんです。何かを企てて作ったことがない。だから今でも、私がデザインするバッグって、長く人気なものがある一方で、売れないものは全く売れないんです(笑)。
布が好きなので、バッグも布をできるだけ生かしたいという気持ちで作っています。そうすると、どうしてもサイズが大きくなってしまうことが多くて。
スタッフに『もう少し小さくしたらきっと売れますよ』って言われて『じゃあ、小さいサイズも作ってみようか』と最近は意見を聞くようになってきました」
失敗の中から、その人らしさが出てくる
今でこそ、まわりの意見を聞いて物事を決めることもありますが、20〜30代の頃はそうしたことはほとんどなかった、と唐澤さんはいいます。
唐澤さん:
「人の話を聞いてそれをそのまま実行するとか、人の意見に従って物事を決断するっていうことはなかったですね。
今は歳を重ねたからなのか、以前よりは人のアドバイスは聞くように。でも、若い頃は頑固だねと言われることもよくありました。
もちろん周りの人の話はひとまず聞くんですけど、やっぱり最終的には自分で決めたいって思っていました。失敗してもいいから自分で実際にやってみて、その上で次に進みたいっていう気持ちがすごく強かったんです」
唐澤さん:
「私は、失敗することは全然悪いことじゃないと思っていて。こうと思ったらとにかく動いてみて、失敗したらそこから何かを感じ取ることで次に行ける。素直な気持ちを持ってそういう経験を繰り返していくことで、その人らしさというか、個性みたいなものが出てくるんじゃないかなと思うんです。
素直さを持てずに、プライドが先に立ってしまうと、失敗したり謝ったりするのが嫌で逃げてばかりになっちゃう。そうすると、変に器用なだけになってしまって、本当のその人が見えてこないというか……。
私は若い頃から今のままの自分じゃ嫌だ、変わりたいって思い続けてきたから、何かを思いついたら “とりあえずやってみよう” と決心して挑戦する、というのを少しずつ繰り返してきたように思います」
今をよりよくするために、視点を変えてみる
唐澤さんが幾度となく繰り返してきた挑戦。そのひとつが、3年前、50代にして始めた服作りです。
唐澤さん:
「アトリエペネロープを始めた頃は、バッグを一つずつ手作業で作っていたのが、やがて工場で量産するようになり、私も経営者としての仕事やそれに伴う悩みが増えてきました。
そんな中、20数年前に小さなアトリエで朝から夜中までミシンを踏んでいた頃のことが、妙に懐かしく感じたんですよね。
あの頃に少しでも帰れたらいいなと思ったことが、新しくアトリエを借りて服作りを始めた理由の一つでもあります」
唐澤さん:
「ずっとバッグを作り続ける中で、慣れてきたり、同じことを繰り返したりする部分もあります。これからも続けていくうえで、“飽きた” と思わないように、少し視点を変えてみたいという気持ちもあるのかもしれません。
服作りをしてみることで、また見えてくるものもあるはず。それをバッグ作りや会社の運営にも生かせたらいいなと思いますね」
「服作りはバッグ作りとはまた全然違うので、まだ楽しさより大変さの方が大きくて。勉強しなくちゃいけないことも山ほどあります」と話す唐澤さん。
失敗を恐れず、自分の素直な気持ちに従って挑戦する姿勢。「これなら皆に好かれるだろう」ではなく、自分自身の好きを貫く気持ち。それらは唐澤さんが作るバッグや服にしかない色味や素材感、そして唐澤さん自身のどこか凛とした佇まいにつながっているように思えました。
後編では唐澤さんのプライベートの過ごし方なども伺いつつ、悩んだ時、不安になった時の乗り越え方についても聞いていきます。
【写真】丸尾和穂
もくじ
唐澤明日香
服飾専門学校を卒業後、「サザビー」のインテリア事業部勤務などを経て1996年、帆布でバッグを製作する「アトリエペネロープ」を立ち上げる。2019年、洋服のブランド「ボンジュール・ビキ・ボンジュール」をスタート。
https://www.atelierspenelope.com/
インスタグラム:@bonjour_biqui_bonjour
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