【ポケットに詩を】第二話:人はみんな、詩をひとつ持って生まれてくるんです

編集スタッフ 津田

自分が自分のままでいることを喜べたら、人生は大成功。そう話すのは、絵本と詩集の出版社「童話屋」の田中和雄(たなか・かずお)さんです。

田中さんが詩のトビラをひらいてから、たっぷり15年の月日をかけて、60代で出版したのが『ポケット詩集』でした。

そのまえがきで「いい詩はみな、生きる歓びにあふれています。(略)読み返すたびに、階段をおりてゆくように、真実の底にたどりつくでしょう。生きていてよかった、と思う時が、かならず、きます」と、読者に語りかけます。

好きな詩を見つけることは、自分を見つけることかもしれない。そんな思いを胸に、ある冬の日にお会いしてきました。たっぷり全三話でお届けしています。

第一話から読む

 

70代の半ばから始めた「詩の授業」

これまでに200冊近い本を手がけてきた田中さんが、70代の半ばから始めたのが、小学校での詩の授業でした。コロナ禍では休んでいましたが、編集業務のかたわらで年間20〜30回ほど、各地で出張授業を行っています。

田中さん:
「詩の授業はすっごく面白い。あまりに楽しくて、こればっかりやりたいくらい。お話をいただくと嬉しくて、子どもたちが待っていると思うと、仕事をほっぽらかして行っちゃうんです(笑)」

ほんとうに、心から楽しそうに朗らかに話す田中さん。その笑顔から、どれほど詩の授業を楽しみにしているか、そして大切にしているかが、こちらにまで伝わってくるようです。

 

人はみんな、詩をひとつ持って生まれてくる

詩の授業は、いつも自分の名前について知ることから始めます。たとえば「田中和雄」なら、「平和の和に英雄の雄で、平和の英雄」という具合に、一文字ごとに込められた意味を調べていきます。

田中さん:
「名前というのは詩の始まりです。

なぜなら名前には、みんなそれぞれ意味があるでしょう。名付け親の思いがたくさん入っていて、そこに詩の一行一行のような深い意味がある。言霊のかたまりなんです。人はみんな、生まれながらに詩をひとつ持っているんです」

だから知っている漢字でも必ず辞書を引くのだそう。すると、なるほど、そういうことで付けたのかと発見があり、子どもたちにそれを教えます。

田中さん:
「たとえば子という字なら、『子っていうのは一(いち)に了(りょう)って書くんだ。了には、しまうとかおしまいの意味がある。一でおしまい。はじまりでおわり。無限みたいなことかな、大きな海みたいなものかもしれないな。すごいなあ。子がつく名前はすごいぞ!』ってね。

自分の名前を好きになれるとしたら、それはすごいこと。人生の半分を成功したのと同じくらいのことです」

 

まっさらなノートが自分だけの詩集になる

続いて、子どもたちは一冊ずつ真新しいノートを渡されます。このノートは、銀座の文具店「伊東屋」で先生たちがわざわざ買い揃えてくれた、大人が短歌や俳句をつくるような立派なものです。

田中さん:
「『まだ何も書かれていないけど、今日からこれが世界にたった一冊の詩集になるんだぞ』って声をかけるんです。

それで詩集を何冊か見せて『これが表紙だ。谷川俊太郎というのが詩人の名前で、こっちが詩集の名前。じゃあ君たちも、まずは表紙に名前を書いてみよう』というふうに始めていきます。

『詩集の名前は、なんでもいいぞ、パッと思いついたものを書いてごらん』というと、みんな一生懸命に考える。なかには『愛』と書く子がいたりします。ともだち、空、てんとう虫とか……。すごいでしょう。

それを見ているだけで、僕は胸がいっぱいになっちゃう。今すぐ、詩の授業に飛んで行きたいくらいです(笑)」

 

自分が自分でいることを喜べるのは、とても素晴らしいこと

そして必ず取り組むのが、有名な童謡詩『ぞうさん』(まど・みちお)。詩人の阪田寛夫の著書『まどさん』を読んで、この詩が存在の詩だと知ったと振り返ります。

田中さん:
「『ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね/そうよ/かあさんも ながいのよ』という、幼稚園の子どもたちでも知っているあの童謡です。

この詩は、象の子どもが『お前は鼻が長くておかしいや』とみんなにからかわれたときに、『そうだよ、だって僕の大好きなお母さんも長いんだもん』と誇らしげに答えた歌なんです。

つまり象の子どもが、象に生まれてきてよかったな、と幸せに思う詩です」

田中さん:
「普通に考えると、みんなと違うことをからかわれたら、しょんぼりと落ち込むものでしょう。でも、そうじゃないんです。

『象の子どもがこのように答えることができたのは、象として生かされていることを、常日頃から嬉しいことだと思えているからだ』と、まどさんは話したそうです。

象に限ったことではありません。どんな生き物でも、それぞれの個性を持って生かされていることは素晴らしい。けものも、虫も、草木もそうで、もちろん人間もそう。そこに生きる歓びがあるんです。

僕は、本で読むまで『ぞうさん』というのは子ども向けの童謡で、自分や他者の存在について、根本から考えるきっかけをくれる詩だとは、つゆも知りませんでした。

でも今は、この詩を読むたびに、いかにも誇らしげに鼻を高々とかかげる象の子どもが浮かんでくる。自分が自分でいることを喜べるようになります」

 

身体が喜んだことは、細胞がちゃんと憶えてるから大丈夫です

田中さん:
「『ぞうさん』の歌を知っている人も、歌わないで詩として朗読すると、また全然違うんです。自分の声が、そのまま耳から入ってきますから、体が喜んで60兆個の細胞が反応するんです。

読むほうに力が入って頭が空っぽになってしまっても、それでいいんです。

細胞が全部覚えているから何の心配もいりません。頭じゃなくて体に覚えさせる。ノートに書き写して、何度も読む。それが詩の朗読なんです」

§

自分が自分でいることを喜べたらどんなに素晴らしいか。生きていて、それ以上のことはそんなにないなあと思います。

取材後に、私も声に出して『ぞうさん』を読んでみました。たしかに文字を目で追っていた時とは、ぜんぜん違います。ああ、そうか、身体が喜ぶってこういうことなのか、と理解しました。

心の深いところにある、言葉にならない何かがぽかぽかしてくるようで、まるで自分の中の「やさしい気持ち」にやわらかな光が向けられたようでもありました。お話は第三話に続きます。

(つづく)

 

【写真】キッチンミノル


もくじ

 

田中和雄(たなか・かずお)

1935年生まれ。大学卒業後、広告代理店を経て、1977年に童話屋書店を開く。子ども図書館(イトーヨーカ堂)の企画・運営に携わり、小学校での詩の教室も行う。安野光雅の絵本『魔法使いのABC』で出版を始め、くどうなおこの詩集『のはらうた』、詞華集『ポケット詩集』、絵本『葉っぱのフレディ──いのちの旅──』など、子どもの本の編集に力を注いでいる。

 


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