【自分だけのスイッチ】前編:どこにも居場所がなかったあの頃。気がついたら、古本屋になっていた

編集スタッフ 藤波

社会人5年目の私。今でもふとした瞬間によぎるのが「働くってなんだろう?」というぼんやりとした疑問です。

やりがいのため、お金を稼ぐため、単純に好きなことだから……。

きっと正解はなくて、大切なのは自分がどうしたいかなはずだけれど、気がつけばキラキラして見える誰かと比べてしまうことも。

人生の先輩方は、どうやって自分と仕事の折り合いをつけてきたんだろう。そう思ったときに浮かんだのが、江古田にある古本屋『snowdrop』の南由紀(みなみ ゆき)さんでした。

江古田駅を出て、こぢんまりとした商店街を抜けた先。ある雨の日に友人に連れられて訪れた、4坪ほどの小さな小さなお店。

コンパクトな店内ながら、日本文学から児童文学、絵本、昔母が持っていたようなレトロな料理本まで。いろんなジャンルの古本がぴっちりと美しく並んでいて、思わず見入ってしまいます。

その空間も、店主の南さんとのたわいないおしゃべりも、はじめてだったのに不思議なくらい居心地がよくて、あの場所を作り上げた方のお話をぜひ聞いてみたいと思いました。

 

どこにいても何かが違う。もがき続けた20代

まず気になるのが、いつから本屋さんになろうと思っていたのかということ。やはり幼少期から本がお好きだったのでしょうか。

南さん:
「いいえ、実は全然そんなことないんです。本は一応読むけれど、自分が好きな作家さんの作品や、モデルさんが載っているような生活雑誌くらい。決して読書家ではありませんでした。

仕事は、短大を卒業してから20代のうちに6つほど転々としました。不動産屋の営業事務や、子ども向け英語教室のチューターを目指したことも。

どこに行っても何かが違う、しっくりこない……今思うと、学生時代も、新卒のOL時代もずっともがいていましたね。

最終的にはドライフラワーを扱うアトリエでの販売や教室をする仕事に落ち着き、そこには結婚するまで勤めました

何かを始めるのも、辞めるのも、すごくエネルギーのいることです。

南さん:
「1日の中で仕事をしている時間はとても長いので、若い頃はここにいても意味がないって少しでも思ったら辞めてしまっていました。

面接に落ち続けて、一日中部屋の隅っこで膝を抱えて落ち込むような時期もありましたが、それでもしばらくしたらまた働き口を探して、その繰り返し。

26歳で結婚していったん専業主婦になりましたが、下の子が小学校にあがったタイミングでやっぱりまた働きたくて。近所にあった大手アパレル会社のパートとして働いたら、今度は体調を崩してしまいました。

そこでやっと、かっちりとマニュアルのある仕事は向いていないんだなあと気がついたんです。それが分かるまでにすごく時間がかかってしまいました

 

たまたま飛び込んだ、古本の世界

迷い続けていた南さんに、ある出会いが訪れます。

南さん:
「体調が戻ったあとまた仕事を探したのですが、今度は街のはんこ屋さんも飲食店も、全部だめで。
主婦だから? 年齢的に私はもうだめなの?って、そのときはすごく悲しかったです。

そんなある日、駅前を歩いていたらお店の移転工事をしていて、何屋さんかもよく分からなかったけれど、とりあえずオープンしたら見に行ってみようと思いました。それが、大泉学園にあった『ポラン書房』という古本屋さんだったんです。

きっと家族経営だよなと思いつつ仕事がないか聞きにいったら、店主夫婦の奥さんに履歴書を持ってくるよう言っていただけて、まさかの採用。

それまでの人生には古本のふの字もなかったのですが、縁あって古本屋さんのパートとして働くようになりました」

 

はじめは、作者の名前も読めないところから

南さん:
「『ポラン書房』は歴史のある古本屋だったので、同僚は古本屋を目指して修行のつもりで入ってくる方ばかり。

だからもう、とにかく場違いというか。最初は、著者の名前も分からないんですよ。漢字も正しく読めない、お客さんにこの本ありますかと聞かれてもどこの棚を探したらいいかも分からないんです。

やっと職が見つかったと呑気に喜んでいたけど、大変なところにきちゃったなと思いましたね。恥ずかしいし、何より、分からないことが寂しかったです」

偶然はじまった、古本屋さんでの仕事。もし自分が南さんだったらと想像すると、周りとの温度差に耐えられなくてすぐに辞めてしまうかもしれません。

それでも続けられた理由が気になりました。

南さん:
「それが自分でも本当に不思議で、振り返ると仕事が嫌だと思ったことは一度もなかったんですよね。

古本屋の仕事ってけっこうたくさんあって。買い付けして、一冊ずつ値付けをして、棚に並べたら終わりじゃないんです。本棚の入れ替えだったり、裏にたくさんある本の整理、インターネット販売の入力……。

体力勝負だし、最初は分からないことだらけなんだけれど、そのどれもが嫌じゃないんです。

仕事人間ってわけじゃないけれど、そういう没頭できる時間があるのは自分にとって大切だったのかなとは思っています」

 

自分の “スイッチ” を磨いて

そうして、南さんは古本の世界にぐんぐん引き込まれていきました。

南さん:
「古本屋って面白いなと思うのが、全部が自分の “スイッチ” 、つまり価値観に委ねられているところなんです。

どんな本を買い付けるか、いくらで値付けするか、全部がそうです。最初に任されたとき、どうやるんですか?って店主に聞いたら『自分で考えるんだよ』と言われました。

本が入荷したらまず奥付からどんな年代のどんな人が書いた本かを知って、目次を読んで、中身を読んで。相場もチェックするけれど、古ければわるい、新しければいいということではなくて、必ず本の価値を自分なりに考えます。

もちろん私が正しいとも限らないですし、たとえば絶版になってしまった本など世の中的に希少価値が高い本があるのは間違いありません。

でも、 “スイッチ” が人によって違うから、同じ本でも100円、1000円と変わってくるんです。それが楽しい部分のひとつです」

南さん:
「一冊、一冊と経験を積んで、文中に出てきた人名を調べたり、同じジャンルの本が気になったり、地図を開くようにどんどん本の世界が広がっていきました。日本文学の棚をまるごと任せてもらったときは嬉しかったですね。

結局『ポラン書房』では14年ほどお世話になったのですが、その間に少しずつ自分の古本に対する “スイッチ” が磨かれていったんだと思います」

 

ふくらんでいく夢と、しぼんじゃう夢

南さん:
「どうして古本屋だけはこんなに続けられたのか考えたとき、一つ思い出したことがあります。

20代で採用面接に落ち続けて、それでも英文科卒だからって英語を使う職業にこだわっていた時期があったんですけれど、そのとき職業相談所のおじさんに言われた言葉です。

『ふくらんでいく夢と、しぼんでいく夢がある。ふくらんでいく夢は、努力を厭わない夢。だから気がついたらどんどん広がっていくんだよ』……一言一句合ってはないと思うけど、それを聞いたときの衝撃をいまだに覚えていて。

今思うと、この仕事がそうだったのもしれませんね」

人から見たらまわり道に見えるかもしれないけれど、そんなふうに思える仕事に出会えたこと。巡り巡って、答え合わせをしているようだなと思いました。

 

人生のしんどい時期を支えてくれたのも、この仕事

お話を伺っていると、ふと店内のレジ横に額装された詩に目がとまりました。つたない字で書かれた、シンプルで力強い言葉。

「あしたへ 走ろう」

未来のために

今日はつらいけど

明日は晴れる。

南さん:
「これは、姪っ子が小学1年生の時に書いてくれた詩です。

実は、長らく家庭がうまくいっていなかった時期があって。当時妹によく相談していたので、きっと深刻そうな顔をしている私たちを見て『今ゆきちゃんはしんどいんだな』って思ってくれたのでしょうね。

明日は晴れるっていう最後の一文にすごく救われて、ずっと自宅の冷蔵庫に貼っていたものです。

人生がしんどかった時期は、古本屋の仕事にも相当救われました。悩みがあると毎日悶々としてしまうけれど、値付けをするために本を開くと一気にその世界に集中して、頭の中にあるモヤモヤが掻き出されていくんです。

そうやって没頭できる時間があるのは、今思えばとてもありがたかったのかも。人間関係はそう簡単にいい方向へ向かないけど、仕事は頑張った分だけ片付くので、心が救われていたんだと思います」

お話の中で「あの時はんこ屋さんに受かっていたら、今はんこ屋さんだったのかな?とか思うんです」と笑っていた南さん。もしそうなっていたとしても、きっと心の声に耳を傾けてしなやかに舵を切るのでしょう。

自分の方を向いて小さな選択を積み重ねたからこそ、辛いときも心の支えになるような仕事に出会えたのかもしれないと、お話を聞きながら感じました。

第2話では、突然決まった独立からお店をオープンするまでのこと、今考えていることをお伺いします。

 

【写真】土田凌


もくじ

 

南由紀

古本屋店主。大泉学園にあった古本屋『ポラン書房』(※現在はインターネット通販専門)で経験を積んだのち独立。2021年春に練馬区江古田で『snowdrop』を開く。Instagramsnowdrop_bookから。


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