【自分の道をさがすこと】第2話:人生のトンネル期。先が見えないときこそ、力をつけて待つ時間

ライター 小野民

体力も勢いもあった若者だった時代を経て、中盤にさしかかった人生に必要なものは何だろう。自分の道をすこやかに歩いていくためには、やみくもに前に進むのではなく、自分でしっかり手綱をひくことが大事な気がするけれど……。

じたばたしている日々のなかでもひと呼吸。これからの私に必要な視点を探したい気持ちがあります。そこで訪ねたのはエッセイストの小川奈緒さん。自分の道をいく苦労も、力強さも包み隠さず書いてきた内容からは、芯がありつつもしなやかに人生を切り開いている様子がうかがえます。

第1話では、長年積み重ねたファッション誌の編集者の仕事を辞めた前後のお話を。今回は、名実ともにエッセイストになるために歩き始めた、40代について振り返ってもらいました。

第1話はこちら

 

このトンネルはどこまで続くんだろう?

小川さんの著作を読んでみるまで、「自分で書いた本を次々に出版するなんて、すごいなあ」と思っていました。でも、意外にもエッセイには「辛い40代だった」と打ち明けられていたのです。

小川さん:
「頑張ってはいたけど、いい結果に結びつかない10年でした。 著作を出し始めた頃は、部数は多くなくても、『いい本』を出したいと思ってたんですけど、 今思えば甘かったですね……。

結果というのは、本が売れなかったということ。毎年出し続けるのも、なかなかできることじゃない、と言ってくれる人もいるんだけど、内心では『いやいや、出版社側からの執筆のオファーがあるわけでもなく、自分から企画を持ち込んでいるし、それだって断られたりしているし』と。いわゆるヒットといえるほど、売れた本は一冊もありませんでした。

でも、売れるためだけのタイトルや装丁にはしたくない、とも思っていました。自分の思いを大切に扱いながら、10年ずっとやってこられたのはよかったですけれど、なかなか40代はしんどい時期でした」

 

人生前半の踏ん張りどころ

小川さん:
「でも、本やブログの中では『私の40代は真っ暗で』と言ったりもするんだけど、脅かしたいわけじゃないんですよ(笑)。

誰にだって、トンネルがいつまで続くか分からない時期というのが、人生の中で何回かはあると思うんですよね。

40代がすごく順調で楽しい人ももちろんいるはず。たまたま私は前半の人生では40代が1番もがいていたというだけのことです」

その頃「しない」と決めていたのが、SNS。50歳になる少し前までSNSと距離をとることで、バランスを取っていたと言います。

小川さん:
「人と比べないようにしたかったんです。私よりもハイペースに本を出してる人や、売れている人たちはたくさんいる。自分を見失わないように、SNSからちょっと距離を置いていました。だからInstagramを始めたのも、2019年になってからで結構最近なんです。

トンネルの中にいる時期はつらいものでしたが、SNSがなければ、そんな自分がうまくいっているかのように虚勢をはる必要もなかった。自分は山ごもりしてるつもりで、新刊が出た時だけ山から村にお届けするスタンスだったので、第一線にいない意識でいました」

 

「ソロとして強くなれ」と言い聞かせて

そんな孤独にも思える歩みを続けるにあたって、小川さんを支えたもの。それは、『仕事』(川村元気著)というさまざまなプロフェッショナルに仕事への取り組み方をインタビューした本で、沢木耕太郎さんが話していた内容でした。沢木さんは、深夜特急などの代表作を書かれたノンフィクション作家。広く捉えれば、小川さんの同業者でもある方です。

共に働く仲間を登山における仲間「パーティ」に見立て、「大切なのは『どこにいてもソロで生きられる力をつけろ』ってこと」、「新たなパーティに誘ってくれる人がいるとき、参加できる準備をしておくことが生き方の理想」などと語っていた沢木さん。もがきの時期にいた小川さんはその考えに鼓舞されたと言います。

小川さん:
「仕事が大好きだから一生働いていきたいわけです。パッと瞬間的に売れておしまいではなくて、長く活躍していけるような人になりたい。そういう物書きになりたいと思っていました。

そのためには実力が必要。 自分が納得いくかたちで本を出し続けるのが、40代の課題だと決めたんです。

生きていくためには、どうしたって頑張るときが必要だったんです。そういうときしか育たない筋肉がある。筋トレってしんどいときに1番筋肉が育ってるじゃないですか。

それでいうと、いつもちょっとだけは自分に負荷をかけるように常に意識はし続けています。ストイックとも言われるけど、筋トレで筋肉がついた体なら軽やかに動けるでしょう。現状維持でいいと思ったら、私の場合は後退していっちゃうと思うんです。

心地いい方へ、軽やかにいくためのものなんですよ」

 

「自分で決めること」がすごく大切

小川さん:
「どんな選択をするにせよ、自分で決めることが大事なのかなと思っています。

私の40代もそうでしたが、子育てが大変で思うように働けない時期だったとしても、『子育てに比重を置いた生活を選び取っている』と考えることで、変わってくる。

子どもが、小学校や中学校に上がるタイミングで、仕事のボリュームを増やそうと決めたら、今からこれだけはやっておく、と下準備ができるかもしれません。

それこそが、能動的に人生のその時期その時期を生きてるってことになるんじゃないでしょうか。

同じ数年間でも、踏ん張りどきを抜けたとき、ちゃんと自分で選んできたと思えたら、全く違ってくると思います。

そういう意識の切り替えは、自分の頭の中だけでできること。本1冊、記事ひとつを読んで意識を変える、視点をずらすだけで、いろんな可能性が見えてきますよね。

飲み込まれる前に、自分から体をずらして、目の前の景色を見る角度を変えてみるようにしています」

 

いつでも前向きでいられるように

ソロとしての実力をつけるためにも、自分で決めるためにも、前向きに考えたり悩んだりするには、やはり体力や胆力が必要です。

小川さん:
「私はヨガを続けているので、毎日必ず体を動かして、自分の体を観察することを、長年心がけてきました。いろいろとうまくいかないときも、そうやって向き合って、整えてきました。

振り返ると、それがよかったと思っていて、疲れやすかったり、すぐに風邪引いちゃう体調だと、 お話してきたような前向きな思考が持てないんですよね。

運動は、いきなりハードなものじゃなくてもいいけど、体にガタがきてから鍛え始めるのは結構大変じゃないでしょうか。1日30分の散歩でもいいから、体を動かす習慣があるといいよね、とは思います」

人生には、先が見えないトンネルの時期があって当たり前。そんなときこそ、がんばる時期だと腹をくくって、今まで自分についていなかった筋力を小川さんはつけていきました。

50代には、新しい景色が広がっていたそうです。「エッセイスト」として歩んだ10年から一転、肩書きに縛られない自由な活動を展開している小川さんの「人生後半戦」について、第3話では聞いていきます。

(つづく)

 

【写真】川村恵理


もくじ

 

小川奈緒

エッセイスト・ライフスタイリスト。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)。近著『ただいま見直し中』『直しながら住む家』など。音声プラットフォームVoicyにて『家が好きになるラジオ』も配信中。

 


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