【センス・オブ・ワンダーのかけら】前編:なぜ、私たちはふと自然に触れたくなるのだろう?

ライター 花沢亜衣

「自然に触れたいな……」そんな感情がときどき湧き上がってきます。自然の中で暮らした原風景があるわけでもないのに、不思議と求めたくなるときがあるのです。

最近は、猛暑や災害、そしてこれからの未来を考える上でも、自然環境に思いを巡らせることが多くなりました。だけど、そういった頭で考える部分とは違う“何か”が私をかき立てているような気もするのです。

自然ってなんだろう? 森ってなんだろう? なんで森に行きたくなるんだろう?
そんなとりとめのない問いの答えを探るべく森の案内人、三浦豊(みうら・ゆたか)さんと一緒に森を歩いてみました。

 

森の案内人 三浦豊さんと一緒に歩いてみました

この日、訪れたのは、港区にある国立科学博物館附属 自然教育園。東京ドーム4個分の敷地全体が国の天然記念物になっています。敷地に入った瞬間からなんだか空気が変わったような気がする都心とは思えない場所。

「今日はよろしくお願いします! 自然教育園は、僕も大好きな森なんです。この森はほんとに最高です」と笑顔で登場した三浦さん。森のガイドを体験しながら、お話を聞いていきます。

三浦さん:
「僕が森に興味を持ったのも大人になってからなんですよ。23歳まで桜とヒマワリしか知らなかったくらい!

だから、森ってなに?、木の名前なんて全然知らないよ?、というような人の気持ちも僕はすごくよくわかります。今日は森や木のいいところをいろいろお伝えしていければと思うので、不思議に感じたことはなんでも聞いてくださいね」

 

「木も生き物だ」と思うと印象が変わった

日本の自然を知りたいという興味から、“半強制的に” 日本中の森を歩きはじめたという三浦さんですが、森歩きの楽しさを感じたきっかけはなんだったのでしょうか?

三浦さん:
「森を歩き始めた頃はずっと1人で歩いていました。さみしくて仕方なかったです。

だけど、1年半ぐらいたった頃、森も木も生き物だっていうことに気づいたんです。そこから、単なる植物がいっぱい生えている場所ではなく、生き物たちの物語と捉えられるようになり、すごく楽しくなっていきました。

昔は、森に生活のための薪を刈りに行ったり、そこにいる動物の命をいただいていたりと、森と人とのやり取りがあった。だけど、今はそういう直接的なやり取りがないので、森も生き物なんだと実感することが減ってしまったんだと思うんです。

森も生き物だって感じると、“あ、なるほどね”と見えてくるものが変わったような気がします」

 

いい光を分け合って、落ち葉を栄養にし合って

この日は、雨が降ったり晴れて日差しが差したりと不思議な天気。晴れた瞬間に空を見上げてみたら、眼前がさまざまな緑に染まっていました。

すると「葉っぱがなんで緑色なのか知っていますか?」と三浦さん。普段、あまりにも当然のものとして見ていて、考えたことのない質問に言葉をつまらせていると……

三浦さん:
「木たちは光を分け合ってるんですよ。

太陽光は七色と言われていて、その中で一番多い色が緑色です。私たちの目に緑色が見えているということは、緑色の光を反射しているということでもあります。いい光である緑色の光を周りの葉っぱにパスして、分け合ってるんです。めちゃくちゃ最高ですよね」

意外な答えに思わず感動していると、森の中にはそうやって分け合って共存していることが多いということも教えてくれました。

三浦さん:
「肥料も同じです。植物というのは、不思議なことですけど、自分の落ち葉だけでは自分の肥料にならないんです。自分以外のいろんな植物がいて、その落ち葉がたまって、そこにたくさんの菌類や微生物が住むようになり、そうして植物が生きやすい豊かな土になっていく。

例えば、笹はかなり独占欲が強い植物で、勢力を拡大させますが、だからといって完全に独占することはない。もっと強い植物がいるし、笹だけでは豊かな土にはならないので他の植物が必要なんです。

強きものが生き残る戦国時代のような関係性はありつつも、緑を反射し合ったり、肥料になったりすることで共存している部分もある。それが森のたまらないところでもあります」

 

豊かな森に生える“森の王者”

 三浦さん:
「実は日本国建国以来、こんなに森が茂っている時代ってないんですよ。

かつては、みんな薪ライフをしていました。煮炊きをするにも、暖をとるにも、薪や小枝を集めて燃やす必要があった。落ち葉は主に田畑の肥料にするために採取をした。そうすると落ち葉がたまっていかない。住処にする菌類や微生物が増えず、土地は痩せていってしまい、木が育たなくなります。だから、人が住んでるところの周りは、基本的に原っぱでした。

今のほうが自然破壊してるみたいなイメージがあるかもしれないですけどね。薪を集める必要がなくなったことで、森が手つかずの状態になる。今の日本は、卑弥呼もびっくりというくらい、森が茂っています」

三浦さん:
「このタブノキはまさに土が肥沃じゃないと生きていけない木。タブノキが生えているということは、いよいよ森が豊かになってきたということでもあるんです。この木もきっとまだまだ大きくなりますよ。

“タブ”というのは、大和言葉で“魂”という意味。縄文人は、タブノキが育つということは、この地がいい土で、たくさんの落ち葉がたまる豊かな場所だということを知っていたんだと思います。同時に畏敬の念も持ち、“魂”と名付けたのかなって」

 

“生やす” 林、 “盛り上がる” 森

「ちなみに森と林の違いはご存じですか?」と三浦さん。

三浦さん:
「林は“生やす”が語源。私たち人間が求める機能を叶えてくれる木を選んで、植えて、ときには競合種を刈り取り、育てる。林は人が作るものなんです。

森は“盛り上がり”が語源。自然の営みそのもの。森を見ると植物たちの生命力を感じますし、林を見れば、ここで生きていた人たちの尊さが感じられる。

もちろん林がないと人間は生きてこれなかったわけですから、どちらがいい、悪いではないんです。手入れされた林もやっぱりすごくきれいですしね。

先ほど言ったように、今の日本は、森も林も盛り上がりまくってるので、めちゃくちゃ面白い。それぞれと今後どう向き合っていったらいいかを考えて、それをみんなで共有していったら、素敵なことがいっぱい起こるんじゃないかなと僕は思っています」

 

圧倒的な生と死が隣り合わせにある

途中、台風で倒れたイヌザクラの巨木に出会いました。よく観察すると、周りから小さな草木がぐんぐんと伸び、苔が生えています。

三浦さん:
「これこそが森なんですよね。身も蓋もないですけど、森というのは大前提が圧倒的な死なんです。たまに生き残って、どうやって生きつなぐかということをしている。この木はここまで大きくなれただけでも、ものすごいラッキーなことなんです。

以前は、ここ一帯はもっと暗い場所でした。だけど、この木が倒れたことで、日差しが入るようになった。今は、周りの若い木にしたらチャンス到来です。明らかに活き活きと茂っていますよね。またここから盛り上がってきますよ」

 

森には過去と未来がある

三浦さん:
「こうやって若い木を見ていくのもおもしろくて、今、自然に生えてきてる木は、もともとこの土地にいた種類が多いんです。自然教育園には、タブノキの若手も生えてきています。いよいよ森のあるべき姿に近づいているのかもしれない。昔に回帰しているんです。

森に自然に生えている植物を見れば、森の物語が見えてきます。若い植物を見れば、これからこの森がどうなろうとしているかが読めてくるし、老木を見れば過去がわかる。森を歩くということは時間旅行でもあるんです」

§

一緒に歩きながら、「たまらないですね」「これが森のいいところなんですよねえ」という感嘆の言葉がたびたびこぼれている三浦さん。

「たまらないですね」と見つめるまなざしの先を追ってみると、そこにはたしかに「たまらない」としか言いようのない圧倒的に美しく、パワフルな自然が広がっていました。

今まで頭の中にあった“森”とは違う森に出会えそう。そんなワクワクを抱えて、森歩きは続きます。

中編では、森の木や植物たちに注目して、お話を伺っていきます。

 

【写真】キッチンミノル


もくじ

 

三浦 豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。日本大学で建築を学んだ後、庭師になるために京都へ帰郷。2年間の修行を経て、日本中を巡る長い旅に出た。2010年より「森の案内人」として活動をはじめる。

https://www.niwatomori.com/


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