【根をはる暮らし】01:居心地は暮らしながら見つけていく。東京から埼玉へ、小さな”移住”の物語
「引越し」と「移住」の違いは何でしょうか。引越しが住まいを変えることなら、移住は、暮らしを変えること。そこには生き方そのものを見つめ直す姿勢が含まれているように思います。
埼玉県の小川町。都内から電車で1時間の距離にあるこの町で、「PEOPLE」という喫茶を営むのが、柳瀬菜摘(やなせ なつみ)さん。
はじめてお会いしたとき、柳瀬さんは週末だけ「PEOPLE」の店主で、平日は東京で過ごす、二拠点暮らしを送っていました。その数年後、本格的にここ小川町に住まいを移します。
東京と埼玉、ともすれば “引越し” の感覚に近い距離の移動ですが、それはまさに移住。この町に来たことで、確かな価値観の変化があったといいます。
今回はそんな彼女の住まいと暮らしのお話を、全2話でお届けします。1話目ではこの町に移り住んだ経緯から、家づくりのお話までを伺いました。
縁もゆかりもない町に、移住を決めたきっかけ
夫の武彦(たけひこ)さんと、4歳の娘と3人暮らしの菜摘さん。2LDKのマンションに暮らしています。
柳瀬さんは北海道で、武彦さんは東京出身。もともと、小川町という街には縁もゆかりもありませんでした。
柳瀬さん:
「私自身は国内外のいろいろな場所で暮らしてきた経験がありましたが、夫は東京生まれ、東京育ち。いつか別の場所で暮らしてみたいという気持ちがあって、私もそれに共感していました。
都内にも通える距離で、自分たちが根をはりたいと思える場所はどこだろうと。休日のたびドライブをしながら、関東近郊を巡っていました」
小川町との出会いは偶然。夫が仕事でここを訪れたことがきっかけでした。町の雰囲気が気に入り、歩いているうちに、たまたま入った店で出会ったのが、町づくりのNPOを運営する女性。
彼女の昔の住まいが、当時東京で暮らしていた柳瀬夫妻の家のすぐ近くだったことがわかり、意気投合。それから町に縁を感じ、繰り返し足を運ぶようになります。
柳瀬さん:
「私は北海道の大自然で生まれ育ったので、小川町に通ううち、里山があり、緑の多い町の風景が肌に合っていると感じるようになりました。
それに、ここに暮らす人たちがとてもおもしろかったんです。衣食住に関わるさまざまなものづくりをしていて、コンパクトな町の中に、豊かな価値観が詰まっていました」
やがて紹介されたのが、今のPEOPLEがある古い蔵。歴史的価値のある建造物でしたが、借り手がいなければ取り壊されてしまうかもしれないという話を聞いて、これはきっとご縁だと。周囲の方の後押しもあり、その一部を借りることに決めました。
▲築130年以上、国の登録有形文化財にも指定されている建物「玉成舎(ぎょくせいしゃ)」の中にPEOPLEはあります
当時、お店をやる構想はなかったといいます。それでも、この町が好きになっていたこと、ここに人が集まるきっかけになるような場所を作れたらという思いから、「PEOPLE」を開くことに。
まずは週末に店を開け、平日は東京に戻る二拠点暮らしをスタート。数年後、東京の自宅を引き払い、本格的に移住。暮らしの大きな舵を切りました。
「町の風景」を取り入れた、住まいのデザイン
はじめて柳瀬さんの家を訪ねたとき、カラフルな色合いに目を奪われました。グリーンを基調に、赤や黄色の差し色があり、そこにいるだけで気持ちが明るくなるような空間。けれどどこか落ち着く、不思議な心地よさがありました。
柳瀬さん:
「グリーンは、小川町の自然をテーマにした色なんです。このまちの空気を、暮らしながらも身近に感じていられるようにというのは、設計をしてくれた友人の提案です。
色だけでなく、この家のあちこちに、町の要素が取り入れられているんですよ」
▲個性的な鏡は、柳瀬家の3人をモチーフに作られたもの。夫婦の背の高さに合わせた2つの丸と、娘さんを表す小さな丸
例えば洗面所に取り付けられた赤い棚は、小川町に昔からある町民会館の外壁の色に着想を得たもの。
歴史ある建物の、経年に合わせてなじんだやさしい赤を、アクセントに取り入れました。
リビングの一角にある壁の格子模様は、近所にある古民家の、生垣のデザインをモチーフにしたデザイン。
リビングのフローリングは、小川町のあちこちにある暗渠(あんきょ)の、コンクリートブロックをヒントにデザインしたもの。
家を作るなにげない要素のひとつひとつに、町の風景が隠れています。
柳瀬さん:
「設計は東京にいた頃からの友人の設計士に依頼しました。自分たちが小川町に移り住み、店をはじめた経緯を知っていた彼が、『この町に "根をはる” イメージで、町の要素を家の中にも取り入れたらおもしろんじゃないか』と言ってくれたんです」
彼自身が何度も小川町に足を運び、自転車で町を巡っては、印象的だった風景を設計に落とし込む。そうやって少しずつ、町とリンクする今の住まいができあがりました。
そして実は設計を担当した友人自身も、繰り返し通ううちに小川町が好きになり、家族で移住をすることに。今や同じ町に暮らす仲間になりました。
心地いい居場所は、住みながら見つけていく
広さ85平米の住まいは、寝室とバスルームをのぞき、ひと続きの空間。細々した仕切りがなく、だからこそスペースが自由に使えます。
たとえばキッチンの作業台は、適度な奥行きがあるので、腰掛けて何かの作業をしたり、食事を食べるのにもちょうどいいスペース。
ささっと手早く済ませたい日にはここで朝食をとったり、コーヒーブレイクをしたり。子どもが寝た夜には、ここで映画を見ながらお酒を飲むことも。ひとり時間を過ごす心地いい場所のひとつです。
ベランダに面した出窓は、柳瀬さんの好きなスペース。奥行きがあるので、ここにベンチのように腰を掛けることもあるとか。
部屋の中にはちょっとした腰をおろせるスペースがあちこちに。その時々に合わせて、居場所を変えることが、ささやかな気分転換になっています。
柳瀬さん:
「使い方を絞らず、自由に過ごせる住まいにしたいと考えていました。子どもの成長や、暮らしの変化に合わせて、柔軟にアレンジできる余白があってほしいと。
今は仕切りのない空間が心地いいですが、いずれ娘が大きくなったら個室が必要になるかもしれません。そのときには、また壁を作ってもいいとすら思っています。
そうやって変化も楽しみながら、暮らしていきたいです」
住みはじめてみなければ、心地よさがどこにあるのかはわからない。だから、最初から決めきらず、暮らしてみながら居心地を探る。柳瀬さんの考え方には、住まいを楽しむひけつが詰まっています。
それは住まいだけでなく、町という単位においても同じ。移住を決めた経緯にも通じているように感じました。
つづく後編は、柳瀬さんの住まいの心地よさをつくる、収納や物選びの工夫を伺います。
もくじ
第1話(5月12日)
居心地は暮らしながら見つけていく。東京から埼玉へ、小さな”移住”の物語
第2話(5月13日)
体はいっこだから、大切なものだけを周りに置いて、暮らしていたい

柳瀬菜摘
料理家・デザイナー。広告制作会社、アパレルブランドなどを経て、カフェとプロダクトを展開するオーストラリア・メルボルンの会社でデザインを担当。東京から埼玉県小川町に移住し、夫と共同で喫茶店「PEOPLE」を営む。Instagram @people.jp。
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