【あの人の生き方】後編:つねにいきいきと、楽しく、まわりを明るくする。そう生きようと思った

編集スタッフ 津田

特集「あの人の生き方」では、人生100年時代と言われる今、自分らしく生きていくためのヒントを探して、さまざまな方の「今まで」と「これから」をお聞きしています。

今回は、文筆家でポルトガル料理研究家の馬田草織(ばだ・さおり)さんにご登場いただき、全2話でお届けします。

前編はこちら

 

38〜40歳くらいは、かなり迷っていました

馬田さんが、はじめての著書『ようこそポルトガル食堂へ』を出版したのが2008年のこと。翌年、38歳で第一子となる女の子を出産し、その後は離婚も経験しました。

馬田さん:
「幼い子どもを育てることは、本当に宝物のような時間でした。それは間違いなくそうなのですが、同時に、乳幼児の育児ってこんなにも孤独で辛いものなのかとも心底思いました。

命を預かることの重責もあるし、パートナーと別々になり、フリーランスとして仕事をしていかねばならなくて、いつも睡眠不足で体力面でもきつかったです。

大好きなポルトガルにも行けなくて、私このままでいいのかなという不安もありました。2〜3年間くらい、かなり悶々と悩んでいましたね」

 

「人間は自分の生命を生きるのだ。いきいきと、楽しく生きるのだ。」

そんな馬田さんの突破口になったのは、思想家松田道雄氏の「定本 育児の百科」(岩波文庫)に出会ったこと。

1967年から版を重ね、改訂版が出されてきた育児書のベストセラーで、2009年からは上中下3冊の文庫になっています。

何度も開かれた表紙はくたびれて、ページのあちこちに赤線が引かれていました。

馬田さん:
「松田先生は、医学者であり思想家でした。だからでしょうか。育児書というよりは哲学書のようなんです。子どもを育てていない人にもおすすめしたいくらい、人生の示唆に富み、なにより命というものを温かく包み込んでくれる。私はこの本に出会って、すごく励まされました」

とりわけ心を打たれたのは、中巻の『誕生日ばんざい』に書かれていた言葉。

人間は自分の生命を生きるのだ。いきいきと、楽しく生きるのだ。
(略)赤ちゃんとともに生きる母親が、その全生命をつねに新鮮に、つねに楽しく生きることが、赤ちゃんのまわりをつねに明るくする。
(略)長い間かけて自分流に成功しているのを、初対面の医者に何がわかる。「なんじはなんじの道をすすめ。人びとをしていうにまかせよ」(ダンテ)

馬田さん:
「『ああ、そうだ』と、思いました。特に母親に向けて書かれているところがグッときて、つねに新鮮に、つねに楽しく、そんなふうに生きたいなと思いました。

人生には、辛いことも、悲しいことも、思い通りにいかないこともあります。というより、トータルで見たらうまくいかないことの方が断然多い。それでも、人間は何のために生まれてくるのかと言えば、やっぱりいきいきと楽しむため。子どもにも、そんなふうに生きていってほしいです」

 

私が、私のための仕事をつくろう

「いきいきと、楽しく生きよう」と心に誓った馬田さん。それと前後して、『ようこそポルトガル食堂へ』の文庫化が決まったり、WEBで新しい連載が始まったり、今のポルトガル食堂につながる転機が、40代前半で続きます。

馬田さん:
「1年ほど経つと、ポルトガルに興味を持ってくれる人が増えてきた、という肌感覚がありました。

連載に感想が届いたり、知り合いから『ポルトガル料理を教えてほしい』『食べてみたい』とリクエストをもらったり。どうすればできるだろう、せっかくなら長く続けられる仕事としてやりたいな、と思ったんです。

同じ頃、私の料理を食べたママ友から『馬田さん、料理教室とかやったら?』と言ってもらったんです。『え?』と思ったけれど、それがつながりました。自宅なら負担はないし、私にもできるのかなぁと」

 

とにかく毎月1回、ちゃんと続けることを目標に

馬田さんが取り出した2冊のノートには、これまで開催したポルトガル食堂のメニューが残っています。

1ページ目に書かれた日付は2013年7月。最初は5人くらいの少人数で、品数も少ないところからのスタート。

メニュー構成や、盛り付けのイメージ、参加者さんの名前と連絡先、買い出しする食材の量、試作時の反省などが、あちこちに書かれている10年分の記録は、手にするとずっしりと持ち重りします。

馬田さん:
「とにかく毎月1回、ちゃんと続けるのが目標でした。結局、今振り返ると、それがいちばん強いなぁと思います。

私がやっていいのかなという不安が、ずっとどこかあったような気がするんだけれど、『でも自分はこれだけやってきたしな』と。

せっかく来てくださるのだから、ちゃんとしたことをお伝えしたいと、英語で書かれたポルトガルの郷土料理のレシピを読み解いて試作したり、ワインも勉強して毎回同じにならないようにしたり、少しずつブラッシュアップさせて。食材の買い出しやら、事務作業やら、大変なこともあるんですけど、それはそれ。仕事として、無理なく楽しめる範囲で一生懸命やろうって」

 

子どものいない夕飯が増えたことで「これから」を想う

人生に迷っていた数年間と、ポルトガル食堂を続けてきた10年間。それは馬田さんが母として生きた時間とも重なります。

最近のインスタグラムには、中学生の娘に作るごはんの投稿が「塾前ごはん」と「塾前じゃないごはん」というタイトルで載せられていて、その美味しそうな写真と描写に釘付けの人も多いはず。かく言う私もその一人です。

馬田さん:
「午後6時に仕事を終えて、ワインを開けてちびちび飲みながら作るのが日課です。作るのと一緒に飲みたいんですよね(笑)

塾の日はダッシュで支度をするので、クイックメニューになりがちですが、日々のごはんはマンネリ上等。こちらが喜ぶかなとちょっと期待して作るものほど、子どもって喜ばなくて、焼きそばやナポリタンのほうがテンションが上がるみたい。品数もそれほどいらないし、毎日の食事は一汁一菜でいいんだな、とつくづく感じます。

私たちが、自分とか家族とか周りの人のために作るものって、プロがお店で出すものと全く別のもの。毎日でも飽きなくて、普通に美味しいものがいいじゃないですか。ポルトガルのごはんもそういうものが多いんです」

馬田さん:
「最近は塾や模試などが遅くまであって、娘が家で食べない日も増えてきました。『あれ、今日もいないのか。そっか、私一人か』と、すこし寂しくなる。それで、ここからは子どもが出ていく前提の心構えをしなくちゃな、と思うようになりました。

ポルトガル食堂は、できるだけ楽しく続けていきたいから、変化があってもいいなと思いますね。もっと平日の開催を増やしたり、地方に出かけていったり、あるいはポルトガルに “ちょい住み” してみるのも、面白いかもしれない。こんなこと言っておいて、どれもやらないかもですけど(笑)

若い頃より二日酔いが治りにくいとか、年齢を感じることもたくさんありますよ。でも、まだまだ体力も意欲もあるので、子どもが独立した後の人生について、ちょっと早めに考えるチャンスが今来ているんだな、と捉えています」

 

いま目の前にあるものが、どれほど魅力的か

この日、馬田さんにお願いして、お料理を一品作っていただきました。レンコンとクミンの炒め物。これがまた美味しくて!

作り方を聞くと「レンコンは繊維を残してシャクっと歯応えよく食べたいから、縦方向に乱切り」「焦げ目が美味しいから。フライパンに入れたらしばらくは触らないで」と次から次にコツが出てきます。

馬田さん:
「ワインも料理も、ただただ、自分が好きなものを追求したいだけなんです。

取材するときも、この人が作ったこれが、どうおいしいのか。それがいちばん大事。星の数とか、修業したレストランとか、肩書きとかじゃなくて、今の目の前にあるものがどれほど魅力的かということに尽きるんじゃないでしょうか。

昔、料理研究家のケンタロウさんとよくお仕事をしました。彼がいつだったか『カツ代もオレも、うちは代々無免許なんで(笑)』と言ったのが、いまだに忘れられなくて。すごく格好いいと思いました。

あれこれ気にしても、長い目で見れば、他人はそんなにあなたを見てない。成功も見てなければ、失敗はもっと見ていない。なんなら失敗なんてちょっと面白い思い出になりますよね。だから、やらない理由を作るより、自分を楽しませるようにして、あれこれ試してみようと思うんです」

 

人生をいきいきと楽しく生かすほうへ

私はつい、あれが足りない、これができない、まだタイミングじゃない、と考えがちです。でも、そうやって意志を押さえつけていると身動きがとれなくなります。

馬田さんが見せてくれた松田先生の本には、こんな一節がありました。

生命をくみたてる個々の特徴、たとえば小食、たとえばたんがたまりやすい、がどうあろうと、生命をいきいきと楽しく生かすことに支障がなければ、意に介することはない。
(略)赤ちゃんの意志と活動力とは、もっと大きな、全生命のためについやされるべきだ。赤ちゃんの楽しみは、常に全生命の活動のなかにある。

大人もそうだ、と励まされます。自分のままでいいと受け入れるのは簡単ではないけど、たとえば今日の夕飯に、何をどう作れば私は喜ぶかなと考える。そんな一歩なら踏み出せそうな気がします。

人生をいきいきと楽しく生かすほうへ。馬田さんとたっぷりお話した帰り道、「楽しい」というのは向かうべき方向を照らしてくれる灯台なのだなぁと、しみじみ感じました。

 

(おわり)

【写真】メグミ


もくじ

 

馬田 草織

文筆家・編集者・ポルトガル料理研究家。取材先の酒場で地酒を飲むのが至福のひととき。著書に「ようこそポルトガル食堂へ」(産業編集センター・幻冬舎文庫)、「ポルトガルのごはんとおつまみ」(大和書房)、「ムイトボン! ポルトガルを食べる旅」(産業編集センター)。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰。開催日などはインスタグラムから。

インスタグラム @badasaori

 


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