【クラシック探訪】後編:ホテルはもう自分の家みたい。だから、お客さんに居心地よくいてほしくて

編集スタッフ 藤波

「ずっとそこにある」と思える歴史ある存在に出合うと、自然と心惹かれてしまいます。

箱根・宮ノ下にある富士屋ホテルは、1878年に開業したクラシックホテル。その長い歴史を紡いできた裏にはいつも、「営繕(えいぜん)さん」と呼ばれる施設の修繕と維持管理を専門に担う方々がいました。

建物が在り続けるのは大切に手入れしてきた人たちがいるからこそ。そのことにハッと気がついて、ぜひお話を聞いてみたいと思いました。

この特集では、館内を巡りながらそんな営繕さんの仕事を覗かせてもらっています。前編に引き続き、敷地内を歩きながらお話を伺いました。
前編から読む

 

毎朝10時に、料理人がハーブを摘みにくるんです

続いてお話を聞いたのは、庭園担当の南場さん。約5000坪の庭園内にあるハーブガーデンの管理を任されています。

実は営繕スタッフで一番の古株だという南場さんは、必要とあらば大工や左官の仕事も手伝う頼れる存在なのだそう。この日は自慢のハーブ・ガーデンを案内してくれました。

▲クリスマスに向けて南場さんが剪定したというもみの木

光がいっぱいに降り注ぐハウスの中では、新鮮なハーブが元気に育っています。

南場さん:
「このハウスは元々温室でしたが、ホテルリニューアルの際にレストランで使うハーブや食用花を育てる『ハーブ・ガーデン』に生まれ変わりました。

毎朝10時くらいに、料理人が必要な分だけハーブを摘みにくるんですよ。季節によって色んなハーブを植えていますが、チャービルや食用菊、レモンバジルなんかがあります

南場さん:
「季節の新鮮なハーブはお客さんにも喜んでもらってるみたいで、それがすごく嬉しいんです。厨房からリクエストがあったので、来週もまた違うハーブの苗を市場で買う予定です。

私は植木屋さんになってからもう26年。富士屋ホテルに入ってからはまだ13年だけどその前からこの庭に出入りしていたから、長い間世話をしてきたこの庭は大切な存在ですね」

 

元々の存在も大事にしながら、今に合う形をさがします

敷地内を移動する途中で、左官の脇坂さんが手がけた壁塗りも見せてもらいました。

脇坂さん:
「この右側の壁なんかは、補修工事が終わった直後はコンクリートの打ちっぱなしだったんだけど、本館の雰囲気に合うように後から塗装したんです。

やっぱり、お客さんが第一だからね。元々の壁とまるっきり一緒にするとしたら大谷石というのを使うんだけど、それだと剥がれた時にお客さんが怪我をしてしまうかもしれない。

見た目も大事だけど、一番はやっぱり安全。やり方は柔軟に変えるようにしていますよ」

▲ぐるっと回った本館の裏にも「なまこ壁」と呼ばれる伝統的な壁塗りが施されていました

取材をしなければ知らなかった美しい壁を見ながら、どの営繕さんからも自然と「お客さんのために」という言葉が出てくることに気がつきます。

伝統を守りながらも、今に合った形を探す。営繕さんたちの仕事に共通している姿勢が見えてきました。

 

新しいものを作るより、なるべく循環させたい

敷地内を巡り、再び館内に戻ってきました。

宿泊のお客さんがチェックアウトしたタイミングを見計らい、赤木さんが手がけた館内の家具を見せてもらいます。

赤木さん:
「2020年のリニューアルオープン直前には、あれが足りないこれも足りないと多くの依頼がきました。メインダイニング前のメニュー台もその一つ。

特に指定がなかったのでデザインも一から自分で考えたものですが、側面は床材の裏の凹をそのままデザインとして使いました。空間に馴染ませるために周りの調度品としっかり色を揃えることはいつも意識しています」

▲コロナ禍で急遽必要になった消毒置きも赤木さんの作品。こちらも周囲にしっくり馴染んでいます

赤木さん:
「何か必要になった時に、その場所にぴったりの大きさとデザインのものをすぐに作れるのは営繕だからこそですよね。

その時に、なるべく昔どこかで使われていた材料を再利用するというのは、親方の代から変わっていません。

新しいものをどんどん生み出すというよりは、なるべくホテル内で循環させたいというか。いつか使えるかもしれないので、リニューアル工事で出た端材などもとってあるんです」

多くを手がけた中でも印象的だったものを尋ねたら、大浴場の水風呂に案内してくれました。

赤木さん:
「実はサウナのオープン時には水風呂を設置してなくて、シャワーだけがある状態だったんです。だけどお客さまからの希望の声が多く出たので、急遽作ろうとなりまして。

購入した瓶(かめ)が届いて次の日にはもうオープンしようというスピード感だったので、石材を扱うのも初めてでしたがこの水の出口を含めて作りました。

初めてのオーダーが来ても、まずはやってみます。それがお客さんが一番早く楽しめる方法だったら、『無理』とは言わないようにしていますね」

▲ブライダルサロン前にある、大工の山本さんが手がけたキャビネット

案内してもらって驚いたのが、館内を見渡すとそこかしこに歴代の営繕さんたちの作品があること。あの棚も、この看板も、本当に多くが手作りされているのです。

作られた時代はさまざまなのに磨かれた統一感があるのは、従業員としての職人である営繕さんにしかできない仕事。

その仕事ぶりが調度品に残されているからこそ、言葉でのマニュアルは必要ないのかもしれません。

 

ホテルはもう、家みたいな場所です

赤木さん:
「営繕になった時、親方には職人になれと言われていたんです。だけど長く働き自分の立場がチームをまとめる側へと変わる中で、職人である前にこのホテルの従業員なんだと、今はそう思っています。

昔は早く技術を身につけたい気持ちばかりが先行していて、親方に黙って依頼を受けてこっそり自分で作業をしてしまったこともあったのですが、今思えば自分勝手だったなあと。

重要文化財となっている建物も多く、大切に扱っていかなければならないと日々の仕事を通して実感しています」

赤木さん:
「やっぱり、一番はお客さんなんです。これは何かきっかけがあったというより、23年働く中で段々変わってきた気持ちの部分ですが。

当たり前ですが、小さな作業でもお客さんがいる時間には臭いや音、埃なんかにすごく気を使います。もし滞在中の部屋で何かあったら、その時にできる限りのことをします。

ホテルの従業員として営繕がいる意味っていうのは、そういう些細な部分にあると思うので。技術だけじゃなくて気持ちの部分も次の世代に繋げていけたら嬉しいですね」

「ホテルはもう、家みたいな場所ですね」取材の最後に、赤木さんからこんな言葉が出ました。

館内を回る中でも、どこを修繕したか覚えていないくらいと話していたほど。23年という月日はそれほど長いということでしょう。

今日できる仕事を淡々とやっていく。歴代の営繕さんたちの当たり前の積み重ねがあって、美しい建物は守られてきたのだと分かりました。

取材中、屋根の上に現れた1羽のサギ。取材陣はわ〜っと声をあげましたが、営繕さんたちからすると隙あらば庭の鯉を狙うサギは嬉しい相手ではないのだとか。

そんなふうに当たり前に「そこに在ること」を守る人がいるから建物は存在し続け、私たちはその美しさに目をみはることができます。

街で見かけるあの建物も、そうやって残ってきたのかもしれない。そう想像するようになったら、毎朝の通勤の景色すら少し変わってきた気がします。

 

(おわり)

 

【写真】土田凌


もくじ

 

富士屋ホテル 施設管理課

ホテルの施設を管理・維持している部署。定期的なメンテナンス業務に加えて、何か不具合が発生した際には迅速に対応し、改善を行うことが主な役割。大工や左官、造園などを専門とするメンバーから成る。


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