【おべんとうの向こう側】後編:お弁当の時間が辛かった過去。それでも肯定したかったもの
ライター 嶌陽子
ANAの『翼の王国』の人気連載である「おべんとうの時間」。文を担当する阿部直美(あべ なおみ)さんにお話を伺っています。前編では夫である写真家、阿部了さんの発案から始まった企画だったこと、家族3人で取材に行くうち、その面白さに魅了されていったことなどを伺いました。
後編では取材を通じて考えてきたこと、そして「昔はお弁当が嫌いだった」と語る阿部さん自身のお弁当との向き合い方について伺います。
自分たちだからこそ、出会える人がいるはず
これまでに47都道府県全てを訪れ、300人近い人のお弁当を取材してきたという阿部さん。20年ほど取材を続けてきましたが、取材させてくれる相手の探し方はずっと変わらないといいます。
阿部さん:
「取材させてくれる “お弁当を食べる人” は夫と二人で探して、電話で依頼しています。見つけるのはすごく大変で、常に切羽詰まっている感じです。
ラジオなどで『こんな仕事があるんだ』と知って問い合わせてみたこともあるし、取材先で情報を得ることも。各都道府県の産業や名産品を調べて『こんな仕事をしている人はどうだろう』って考えたり、ありとあらゆる手を使います。そんな中で、その時に出会える人たちっていうのがいるんですよね。
阿部さん:
「今はSNSで自分が作ったお弁当を発信している人も多いですが、私たちが会いたいのは『なんで自分の弁当なんか見に来るの?』っていうような人たち。
普通ならおそらく表に出てこないであろう無名の人々を取材するのは、ある意味すごく冒険です。会うまではどんな人か想像もつかないわけですから。でも、私たちだからこそ出会える人が必ずいるはずっていう気持ちがあるんです」
一つの面だけで、その人を決めつけたくないんです
20年間、苦労しながら “お弁当の人” を探し当て、一人ひとりの話をじっくりと聞いてきた阿部さん。「この先も取材を続けたい」と話します。その思いはどこから来るのでしょう?
阿部さん:
「取材する一人ひとりがとにかく面白くて魅力的。こういう人たちにもっと会いたいという気持ちがあるんですよね。
私は子どもの頃から父や母とうまく行かなくて、家庭環境がしんどかったんです。でもそんな中で学校の先生や友達、高校時代のホームステイ先の家族など、いい出会いに恵まれた。いろんな人たちに出会ったことで今の自分がいるなと思っています。人の力ってすごいなって。
人って一筋縄ではいかないし、ひとりの人の中にいろんな面がある。自分の両親もすごく独特だけれど、やっぱりいろんな顔を持っていて、単に “嫌だ” だけじゃない、複雑な気持ちが入り混じっているんです。
一つの面だけ見てその人を決めつけたくないし、嫌な部分がある人にも何かしらいい面はあると信じたい。いろいろな人を取材することで、人を肯定したい気持ちがあるのかもしれません」
辛かった親との関係も、「お弁当」を通じて言葉にできた
4年前、阿部さんは『おべんとうの時間がきらいだった』(岩波書店)という本を上梓しました。
こだわりが強く威圧的な父や、父に不満を抱えていつも不機嫌だった母。そんな両親との関係がうまくいかず、辛い子ども時代を過ごしたこと。高校生の時に留学したアメリカでの日々、夫の了さんとの出会い、そして弁当取材を続けるうちに、両親のことも客観的に見られるようになってきたこと。阿部さんのこれまでが率直に綴られた1冊です。
中高時代、母親に作ってもらった弁当を開けると、前日の家庭の暗い雰囲気を突きつけられたようでとても辛かった。本のタイトルにはそんな意味が込められています。
阿部さん:
「お弁当の時間が嫌でたまらなかった自分が、まさかこんなに毎日『弁当弁当』って言っている人生を送るとは、思ってもみませんでした」
阿部さん:
「私、ずっと自分の生まれ育った家庭のことを書きたかったんです。もっと前に書こうとしたこともあったんですが、現実と向き合うのが難しくて、途中で具合が悪くなって書けなくなってしまった。読む人も、こんな暗い話を読みたくないだろうなと思っていました。
それが “弁当” というものを切り口として置いてみたら、それが自分の人生のいろんな部分とうまく組み合わさったんですよね。自分の中で腑に落ちたというか……。
弁当を通して、自分の生きづらかった時代も文章にすることでまとめて考えることができた。本当にたまたまですが、そうなったことが面白いなあと思います」
娘のお弁当には一言メッセージを入れてました
阿部さん:
「娘が高校生の時は、私も毎日お弁当を作ってました。保育園や小学校の頃もたまに作りましたね。
嫌だなとか面倒くさいなと思うと、その気持ちがお弁当に乗っかってしまうと思っていたので、気持ちはなるべく明るくいられるように、辛くないと思う程度にぱぱっと作っていました。
その際、それまでのお弁当取材が参考になったかというと………。作り方とかを特に聞いたことはなかったですね。卵焼きを切ってハート型にしているのを見て素敵とは思っても、どうやって切るとそうなるか、いまだに分からないままで(笑)。
ただ、保育園や小学生の頃はお弁当にちょっとした手紙を入れてました。付箋に “今日はどんな1日だった?“ とか、本当に一言書くだけですけど。お弁当の中身というより、コメント派だったのかもしれません。娘も時々返事をくれたりしていました」
四角い箱から、その人らしさが見えてくる
阿部さん:
「お弁当の取材を始めた頃、『普通の人のお弁当なんか誰が興味を持つの?』って言われたこともあります。『いや、すごく面白いのにな』って思ってたんですけどね。
でも、その後時代が変わってきて、お弁当の写真を撮る人も増えて、みんなが興味を持つようになった。それも驚きではあります。
やっぱり人のお弁当って気になるものなんだなあと思います。お弁当って特別なものじゃなく、本当に日常生活の延長線上にあるもの。でも、そこからその人らしさや暮らしなど、いろんなものが見える。だからある意味特別なものでもあると思うんです。
普通のお皿におかずが盛られているのとは違って、あの四角い箱だからこそ、そこに何かが詰まってる。面白いことに、そこから何かが見えてきちゃうものなんですよね」
「一人ひとりの、お弁当箱の蓋を開ける瞬間の表情がすごく好き」と話してくれた阿部さん。人へのまっすぐな好奇心や、人を肯定したいという気持ちが、あんなに多様で生き生きとした話を引き出す土台になっているのだと、取材を終えて思いました。
それぞれの人が目の前の日常を一生懸命過ごしている。阿部さんがすくい取ってくれた、お弁当の向こう側に見えるその姿にずっと励まされてきたのだなあ、とも。
私も、あと何年か後に子どものお弁当を作る日々がやってきそうです。その時、おかずやごはんと一緒に、どんな日常や気持ちがお弁当箱に入るのでしょう。全国各地の「お弁当の人たち」を時々思い出しながら、気負わず、なるべく楽しく作っていけたらと思います。
【写真】馬場わかな
もくじ
阿部 直美(あべ なおみ)
会社員を経てフリーランスのライターに。写真家の夫・阿部了とともに、日本全国をまわってお弁当を取材、2007年よりANA機内誌『翼の王国』にて「おべんとうの時間」を連載。著書に『おべんとうの時間がきらいだった』(岩波書店)、『おべんとうの時間』(1~4巻、木楽舎)、『手仕事のはなし』(河出書房新社、いすれも阿部了との共著)、『里の時間』(岩波新書、芥川仁との共著)など
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