【おべんとうの向こう側】前編:20年間、全国の人々のお弁当を取材。「とにかく楽しい」と思える理由
ライター 嶌陽子
「おべんとうの時間」を知っていますか?
ANAの機内誌『翼の王国』で15年以上続いている「お弁当を食べる人」を取材する連載。毎回、全国各地のさまざまな年齢や職業の人が登場します。ページいっぱいのお弁当の写真と、その持ち主のポートレートに目を奪われたことのある人はきっと少なくないはずです。
それと同じくらい、時にはそれ以上に心惹かれるのが、温かな筆致で綴られるお弁当の持ち主の話。時には土地の言葉を交えて語られる仕事や家族、子どもの頃の話が本当に生き生きとしていて、まるでその場でその人の声を聞いているような気持ちになるのです。
世の中にはこんなにいろんな仕事や生き方があって、一人ひとりがそれぞれの毎日を生きているんだな。毎回、本来なら知りえなかった人々の話を読みながら、何だか自分の日常も肯定してもらったような気持ちになります。
こんなに心に響く文章を書いている人はどんな人なんだろう? お弁当の取材を始めたきっかけや、取材相手の探し方は? ずっと気になっていたことを聞いてみたくて、文を担当している阿部直美(あべ なおみ)さんに会いに行きました。インタビューを前後編でお届けします。
「お弁当の取材」なんて、最初は他人事だった
「おべんとうの時間」は夫婦による企画。写真を夫の阿部了(あべ さとる)さんが、文を妻の直美さんが担当しています。そもそも企画を発案したのは夫の了さんでした。
阿部さん:
「夫は元々弁当の話ばかりしているような人だったんです。『お昼何食べたの?』っていつも聞かれていたし、市販の弁当を食べた日でも『おかずは何だった?』って聞いてくる。
そのうち弁当に関する新聞記事の切り抜きなんかを集めるようになって。そうやって、自分の中で構想を練ってたみたいです。
ある日『弁当を撮るんだ』って聞かされて。それが2003年、娘がお腹の中にいる頃でしたね」
▲連載を書籍化した『おべんとうの時間』(木楽舎)。現在シリーズ4冊目まで出版されている。登場する人々は海女、農家、商社マン、馬曳き、教師、ライフセーバーなど、年齢も職業も実にさまざま。
阿部さん:
「最初に話を聞いた時は他人事でした。私はそもそもそんなに弁当に興味がなかったですし。だから最初は夫が一人で取材に行ってたんです。
でもある日『一人であちこち行けてずるいなあ。私も一緒に行きたい』って話したことがあったんです。たいていの人はそう言われても『妻を連れて仕事に行くなんて嫌だよ』って言うと思うんですが、夫はちょっと変わった人で『じゃあ一緒に行こうよ!』って(笑)」
▲昨年、成人した娘と一緒に撮った家族写真。今も時々荷物持ちとして取材に同行してくれるそう。
阿部さん:
「当時1歳だった娘を置いていくわけにもいかず、家族3人で行くことになりました。相手はびっくりしたでしょうね。弁当を撮影させてほしいと言われて承諾したら、妻と子どもまでくっついてきて。私も申し訳ない気持ちがすごくありました。でも、その時はそれしか方法がなくて。
家族での取材はその後何年も続きました。こんな私たちを受け入れてくれた人たちには本当に感謝しています」
お弁当から、こんなにいろんな話が聞けるんだ!
初めて夫について行った後も、家族3人での取材は続くように。いつしか夫婦で自然と「次はどこへ行く?」と話すようになっていったといいます。
阿部さん:
「行ってみたら、とにかく楽しかったんですよね。話を聞いてみると、弁当の中身だけじゃない。弁当を入り口にして、家族の話や子ども時代の思い出、仕事や趣味の話、とにかくいろんな話が出てくるんだって気づいたんです。
普通なら初対面の人には聞けないようなことも、お弁当があればすうっと入っていける。それがすごく面白くて、もっといろんな人に会いたい!と思うようになりました」
阿部さんが綴る文章はとにかく魅力的。時には「おべんとうの時間」なのにお弁当の話は一切出てこないで、仕事や趣味の話に終始することも。でもそこからその人の普段の暮らしが浮かび上がってきて、何かとても大切なものを共有してもらったような気持ちになるのです。
阿部さん:
「インタビュー後、夫に『弁当の話を全然聞いてなかったね』って言われて『そういえばそうだった』と気づくこともあります。
夫は弁当そのものにものすごく興味があって、『この米粒の感じがいいな』なんて言っている人。私は弁当よりも人に興味があって、相手がどんな人なんだろうということがとにかく知りたいんですよね。弁当そのものは夫の写真で十分に表現できているから、私は私の興味のあることを聞こうと。
始めた当初は『翼の王国』での連載も決まっておらず、取材した内容がどこで発表されるか全く分からない状態。しかも私はそれまでライターや編集者の経験もなかった。もしそういう経験があったら、子どもを連れて行ったりしなかったでしょうね。
でも、そこから出発したのがよかったのかなと思うんです。世の中の常識みたいなものに縛られず、自分たちの会いたい人に会いに行って、聞きたいことを聞けたんだと思います」
この人から出る、この一言のために
1人の弁当取材にかける時間は?と聞くと、基本的には2泊3日という返事が。想像以上に長いことにびっくりしました。
阿部さん:
「相手の仕事場に行って取材に協力してもらうので、仕事の流れをなるべく邪魔しないように、という気持ちが前提としてあります。相手の仕事や天気に合わせて待つことも多いので、これくらいの時間が必要なんです。
時間をかけることで自分たちの体もその土地に馴染んできて、この人はこんな場所で暮らしてきたんだなあということも感じられるようになってきます。
お弁当や仕事風景などの撮影の合間に、最低2時間ほどインタビューをさせてもらいます。皆さん、インタビューに慣れていない方がほとんどです。細かいところを省略して、話がトントントンって進んでいっちゃう人もいたり、寡黙な人もいたり。人によってどんな話になるか、聞いてみるまで全く分からないです。
でも、面白い話を聞かなくてもいいんです。その人の言葉で、その人らしさが出れば。寡黙な人も、その寡黙な感じが文章から伝わればいい。最終的には『この人から出るこの一言のために、今回ここに来たんだな』と思えればいいなって、ずっと思っています」
阿部さんが書く「おべんとうの時間」の文章は、お弁当の持ち主の一人語りスタイル。朴訥な雰囲気の人、陽気でおしゃべりな人、飄々とした人……。どの語りからも確実にその人らしさが伝わってきます。
阿部さん:
「皆さんの話をどうやって文章にしようかと考えた時、私の出る幕はないなって思いました。皆さんが語る言葉に力があるから、そのままぽんって乗せるだけでいいんですよね。
取材した皆さん、一人ひとりが本当に魅力的で、 “生きてる” って感じがすごくするんです」
それまで全く知らなかった人のお弁当。それにこんなにも魅了されるのは、そこに詰まった一人ひとりの思いや暮らし、これまでの人生に、阿部さんがじっくり向き合い、ありのままを文章にしてくれるからなのでしょう。
これまで300人近くのお弁当を取材してきたという阿部さん。後編では、どんな気持ちで取材を続けているのか、そして子ども時代から今まで、阿部さん自身がお弁当とどう向き合ってきたかを伺います。
【写真】馬場わかな
もくじ
阿部 直美(あべ なおみ)
会社員を経てフリーランスのライターに。写真家の夫・阿部了とともに、日本全国をまわってお弁当を取材、2007年よりANA機内誌『翼の王国』にて「おべんとうの時間」を連載。著書に『おべんとうの時間がきらいだった』(岩波書店)、『おべんとうの時間』(1~4巻、木楽舎)、『手仕事のはなし』(河出書房新社、いすれも阿部了との共著)、『里の時間』(岩波新書、芥川仁との共著)など
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