【暮らしと利他】第2話:子育てや介護、電車で席を譲るとき……。利他の考えってどう生かせる?

ライター 嶌陽子

政治学者の中島岳志(なかじま たけし)さんと一緒に「利他」について考える特集。第1話では、中島さんの子ども時代や学生時代にヒンディー語を勉強したこと、その際、利他の考察へとつながる大きな気づきがあったことなどについて聞きました。

第2話では、利他の考え方を私たちの日常にどう具体的に生かせばいいのかについて聞いていきます。

第一話から読む

 

私が「その人であった可能性」もあるのだから

政治学者としての道を歩み始めた中島さんが、なぜ「利他」というテーマに辿り着いたのか。その背景には、近年の世間の風潮があったといいます。

中島さん:
「政治学者として具体的な政策を考えるうち、日本のさまざまな問題は政策だけでは解決しない、私たち日本人の人間観を問い直すべきなんじゃないかと思いました。

日本ではここ20年ほど、自己責任論が強まってきました。すべて個人が自分の責任で行い、結果が悪くてもそれはその人の責任だという考えです。

でも果たして本当にそうなのか。人間がいつも合理的な選択をするわけがないし、そもそも ”私” が “私” であることは “たまたま”のこと。たとえば僕が大阪で生まれたのも、日本語を話すのも、自分の意思によるものではなく、全て偶然。いろいろな縁が重なり合い、偶然手にしているのが “私の境遇” なのです。

私の存在の偶然性を見つめることで、大変な状況にある人を見たときに、 “自分がその人であったかもしれない” 可能性を考えるようになる。そのことが、利他が共有される土台となり、自己責任論を乗り越えられるのではと思ったんです」

 

すでにたくさんのものを受け取っている、と気づくこと

中島さんの著書『思いがけず利他』の中ではっと気づかされたことがあります。それまでは「利他」というと、「他人のためを思って尽くすこと」というイメージがありました。でも、中島さんはいうのです。

いくら他者のことを思って行ったことでも、その受け手にとって「ありがたくないこと」だったり、「迷惑なこと」だったりすることは、十分ありえます。
(中略)
つまり、「利他」は与えたときに発生するのではなく、それが受け取られたときにこそ発生するのです。自分の行為の結果は、所有できません。あらゆる未来は不確実です。
(中略)
あくまでも、その行為が「利他的なもの」として受け取られたときにこそ、「利他」が生まれるのです。

『思いがけず利他』P.122より

中島さん:
「中学時代に上級生と喧嘩した時、担任の先生に『君はしっかりと勉強して、知性によって解決できる方法を身につけなさい』と言われました。その時は言われたことの意味をしっかりと理解できていませんでしたが、10年以上経ったとき、この一言が研究者としての自分の原点だったと気づき、ありがたいと感じた。利他は、時間を超えて届くものなんです。

もうすでに受け取っていることに気づくことも大切だと思います。僕たちは太陽や大地の恵みに暮らしを支えられているし、先人たちが築いてきた建物や道路などに日常を支えられている。そのことに気づくことで、利他が循環していくんです」

 

電車で席を譲るときの2つのパターンって?

利他は時間を超えて受け取られるもの。そう考えると、急いで結果を求めなくても、長いスパンで考えればいいのだと、少し気が楽になってきます。

一方、自分が利他だと思っていても、相手にはそう受け取られていないかもしれないと考え始めると、何だか身動きがとれなくなりそうな気も。私たちは毎日の生活の中に、利他の考えをどうやって生かしていけばいいのでしょう?

中島さん:
「たとえば電車に乗っていて、席を譲るにしても2パターンあると思うんです。ひとつはすごく考えてから譲るパターン。あそこにお年寄りがいる、でも自分も疲れているしなあ、でも譲らないと周りにどう思われるかな。そんなことを5秒くらい考えてからどうぞって譲ったら、その後自分の中でもちょっとわだかまりが残るんですよ。

もう一つは見た瞬間に立つパターン。何も考えずにどうぞって譲る。そんな時は意外とすっきりした気分になるんです。 “身が動く” というんでしょうか、考えちゃいけないんですよね。

無理に利他的になろうとすると、相手が感謝したり、何か自分に返してくれないと腹が立っちゃうと思うんです。利己的な利他になっちゃう。逆にとっさの行動をとる時って、自分の意思を超えた何かがある感じで、何の見返りも求めてない。そこに利他の本質があるんじゃないかと思います」

 

子育てに利他を当てはめてみると

育児や介護、日々の人間関係など、暮らしの中の利他について、もっと考えてみたくなりました。たとえば子育て。

子どものためにできるだけのことをしたい、子どもの将来のために可能性や選択肢を広げたい。そう思って習い事をさせたり塾に行かせたりすることも利己的な利他になるのでしょうか。小学4年生の子どもがいるという中島さんに聞いてみました。

中島さん:
「僕も子育てに関して何の自信もなく、おろおろしている毎日。正解なんて分かりません。ただ、 “何かのために” って相手に何かをさせようとすることは、お互いに苦しくなっちゃうんじゃないかと思っていて。

その人の中から湧き出してくるもの、その人の潜在能力を引き出していくことのほうが、僕は利他的だなと思っています。

僕も子どもの頃、親にピアノや習字をやらされました。よかった面もあるとは思いますが、ほとんど自分の人生には生きていない。それよりも小学2年生のときにたまたま遺跡を見に行って、火おこし器の動きを見つめていたことのほうに僕の人生は左右されているんです。

うちの子は今、漫画や絵を描いたりするのが大好き。それは自分で興味を持ってやり始めていることだから、応援しようと思っています。

そういう興味や意欲っていつ、どこで生まれるか分からない。それに対して心を開いていることが重要な気がするんです」

 

『のど自慢』のバックミュージシャンのように

中島さん:
「NHKの『のど自慢』っていう番組がありますよね。素人の方が出てきて歌う番組で、今は伴奏がカラオケに変わっちゃったんですが、それまでは僕、あの番組の本当の主役は伴奏するバックミュージシャンだと思ってたんです。

イントロを無視して突然歌い出したり音程を外したりするおじいちゃんがいても、ミュージシャンたちは矯正しようとするのではなく、その人に見事に合わせていくんです。そうすると、おじいちゃんは歌いやすいので乗ってくる。そのうちおじいちゃんの人柄が見えてきて、お客さんも感動して泣いたりするんです。

これはミュージシャンたちが、おじいちゃんの潜在能力を引き出したっていうことになるんだろうなと思ったんですね」

中島さん:
「潜在能力を引き出すために大事なのは、相手をコントロールしようするのではなく、相手に沿うこと。

僕が親に対してありがたかったのは、僕が歴史に興味を持った小学生のときに遺跡巡りなんかに付き合ってくれたことです。明日香村とか近松門左衛門のお墓に行ってみたいって言うと、変わった子やなあなんて言いながら、仕事の合間にちゃんと連れて行ってくれたり。そうやって僕に沿ってくれたんですよね。

だけど、びっちり1日のスケジュールが埋まっていると、潜在能力を引き出す時間や心の余裕がお互いになくなってしまう。暇でやることがないな、何をしようかなって思ってるときのほうが、きっと創造的でしょう。

利他を受け取るにも、相手の潜在能力を引き出すにも、自分の中のスペース=余白が必要。余白がないと、目の前の相手や世界に向かって自分が開かれないと思うんです」

取材中、中島さんの話に度々出てきた「余白」という言葉。第3話では、その大切さについてじっくり考えます。

 

【写真】神ノ川智早


 

もくじ

中島 岳志

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究。2005年『中村屋のボース』(白水社)で大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。著書に『思いがけず利他』、『料理と利他』(土井善晴さんとの共著)、『自分ごとの政治学』、『秋葉原事件』、『血盟団事件』、『親鸞と日本主義』など多数。

 


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