【道端にあるふしぎ】後編:まるで人間みたい。たくましく健気なコケが教えてくれる、自然の話
編集スタッフ 藤波
身近な自然を不思議に思えること。それはとても豊かだなと思います。
「どうして空は青いの? 花は咲くの?」とすべてが新鮮だった子どもの頃の気持ちを少しでも思い出したくて、すぐそばにあるコケの世界をのぞいてみました。
この特集では、コケの研究者である上野健(うえの たけし)さんと一緒に都立野川公園を歩いた「苔旅」のもようをお届けしています。
前編に続き、後編ではさらに多様でたくましいコケの生態について聞いていきます。前編からよむ
コケも人間も、まず頑張ることは同じ
ブロック塀のエリアを歩いたあと、湧き水が水源だというせせらぎへやってきました。
上野さん:
「水辺のコケは、乾燥したところに生えているコケとはまた全然違う暮らし方をしていますよ。
これはカマサワゴケ、葉っぱの先で水玉がキラキラ光ってきれいでしょう? 水玉が見えるということは、つまり水をはじいているということです。
ブロック塀のコケは塊をつくって水を蓄え、乾いたときは紫外線から身を守って生き延びていましたよね。それに比べて水辺のコケは水がたっぷり、恵まれた環境です。
そうすると、次はいかにたくさん光合成をするか、つまり効率的に二酸化炭素を取り込むことを目指すようになるので、葉が水をはじくように進化したのだと思います」
▲水をはじいているカマサワゴケ
同じコケの仲間でも、生育する環境が違えば暮らし方も全然違う。
まずは生き延びて、その次に生産的な活動を目指すところも、まるで人間みたいだなと思いました。
上野さん:
「岩場にベタっと張り付いているのはゼニゴケです。見た通り茎と葉の区別ができず、一枚の葉のように見えるのが特徴で、今までみていたコケとは別のグループに分類されます。
水場だけでなく民家の庭などで一面を覆い尽くすほどはびこってしまうので、時に嫌われてしまうこともあるコケです」
▲葉っぱのように重なっているのがゼニゴケ
上野さん:
「そのはびこることにもやっぱり理由があって、ゼニゴケは生産性が高く、自分のクローンを頻繁につくることができるから。
葉っぱの中央にあるカップのような組織からクローンの元となるかけらを生み出して、どんどん殖えていきます。
花はおしべでつくられた花粉がめしべに受粉しないと種子ができませんね。それと同じように、コケも、精子がメスのつくる卵のところまで泳いでいかないと胞子ができません。
ですが、こうしてクローンで簡単に殖えることもできる。それが面白いですよね」
子孫を残す。それって奇跡みたいなこと
▲ノミハニワゴケの胞子体を観察しているところ
上野さん:
「繁殖の話が出たので、一般的なコケの殖え方についても少しだけ説明しますね。
ほとんどのコケは、胞子体という植物体をつくり、そこでつくった胞子を飛ばして繁殖します。公園でもよくみられるノミハニワゴケの胞子体は、長く伸びた柄が特徴。
ルーペで胞子体の先端をみてみると、ちょっと奇妙なそら豆のようなものが付いていますね。『さく』といいます。
さくがしぼんでいるので、このコケは無事に胞子を飛ばしたあとだとわかります」
▲胞子体が伸びているノミハニワゴケ
上野さん:
「コケは一つ一つがとにかく小さな存在なので、まずは飛んできた胞子がその場にとどまり、発芽して塊をつくれるかが第一関門。
その次に水や養分を蓄える必要がありますが、大きな木の下では落ち葉によって光が遮られてしまったり、時に起こる大雨によって土台である土ごと流されてしまうことだってある。
いろんな条件が合わさって初めて子孫を残せる可能性が出てくるんですね。なので、街中でこのスッと伸びた胞子体を見つけるたびホッとするんです」
ぐーっと近づいたり、見下ろしてみたり。
見える世界はこんなに変わる
ここまでルーペを使ってミクロな世界を楽しみましたが、もっと簡単な観察の仕方も教えてもらいました。
上野さん:
「近づけないような場所にコケが生えていることもありますよね。そんなときは双眼鏡で観察してみると、また全然違った世界が広がっていて面白いですよ」
そう言われて双眼鏡をのぞいてみると……肉眼ではよく分からなかったコケの島が、ジオラマのように隅々まで観察できました。
小さなスペースに何種類ものコケが同居していたり、藻やシダ類がからまっていたり、謎の虫がいたり。じっと見ていると細かな気づきがたくさんあって、時間を忘れてしまいます。
上野さん:
「立って普通に歩いていると気がつかないけれど、身の回りには考えもしなかった新しい景色が隠れていることもあるんですよね。それを知るだけでも、コケの観察には意味があると思っているんです。
小さな沢に降りてみましょうか。木の杭に腰かけると……ほら、ここからの眺めもなかなかかっこよくないですか?」
バランスを崩さないように座ってみると、確かに。立っているときには気づきませんでしたが、木の杭の内側はびっしりとこけむしています。
低い目線で見ると静かな迫力があり、ここまでコケが広がるのにどれくらいの時間がかかったんだろう?と考えてしまいました。
ぐーっと近づいたり、しゃがんだり、見上げたり。コケの観察を通して、視点を変えるだけでこんなにも見える景色が違うことがよくわかりました。
小さなコケから、地球全体が見えてくる
取材の終盤、コケの研究に30年以上たずさわっているという上野さんに、コケの好きなところを聞いてみました。
上野さん:
「やっぱり、みずみずしさかな。水をパンパンに含んだコケをルーペで見たときの、なんとも言えない美しさ。生き物だ!っていう感じがするんです。
こんなに長くやってきても、まだまだ知らないことだらけで。こんなことも知らなかったんだって驚くことの連続ですよ」
上野さん:
「面白いなあと思うのが、“ 固まって拠点を作り、水や養分を集め、胞子を放出する ” というコケのサイクルを観察していると、結局は植物全体、生き物全体を見つめているような感覚になるんです。
もちろん、その中に人間も入りますよね。
ほとんどの人が気にかけない小さな世界だけれど、この中に生命とか大自然の謎がぎゅっと詰まっていると感じていて、それがコケの魅力だと考えています」
実は雨予報だった取材の日。事前に上野さんに相談したところ「雨が降れば雨を楽しみましょう」という素敵な言葉をもらいました。
結局雨は降らず杞憂だったのですが、取材中にコケについて知れば知るほど、たっぷり水をたたえたみずみずしい姿を見てみたい!と、雨を待ち望むようになっていて。それが私にとっては大きな変化でした。
最近、いつものスーパーまでの道にコケが生えているスポットを見つけました。雨が降ったら色や形の変化を観察しようと、密かに楽しみにしています。
【写真】濱津和貴
もくじ
上野健
コケ研究者。専門は植物生態学、日本蘚苔類学会所属。大学の非常勤講師をしながらコケの研究を続け、「苔をみる旅」の案内人や各地でのコケの観察会の講師としても活動中。共著書籍に『コケの手帳』(研成社)、監修書籍に『こけをみつけたよ』(福音館書店)など。
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