【あの人の生き方】後編:あたらしい物語にわくわくしながら、他人と比べず、おもしろがっていきたい

ライター 藤沢あかり

転勤族の妻として各地を転々としながら、行く先々で新しい出会いや楽しみ方を見つけてきた、書店員の森田めぐみさん。

これまでの出会いや書店員になったきっかけなどをうかがいながら、自分らしく、楽しく生きるためのヒントについてをお聞きしています。前後編でお届けします。

前編から読む

 

役割を演じる、「別の自分」の真ん中にあったもの

飛び乗った船は、予想外の行き先へ。カフェのつもりが併設の本屋さんで書店員として働くことになった森田さんでしたが、本を売る想像以上の楽しさを知ることになりました。

森田さん:
「好きなものを売るって、こんなに楽しいんだ!って思ったんです。好きな本なら臆することなく伝えられるし、自信をもっておすすめできるのも新しい発見でした。

今でこそカジュアルな服を着ていますが、大学生でいわゆるコンサバなスタイルになり、その後も企業の受付や秘書、OA機器の営業事務など、きれいめの服を着るような仕事をしていたんです。

結婚後は『転勤族の妻』という役割で周囲と関わって……、別の自分としてのスイッチを入れたような感覚でいました」

森田さん:
「どの仕事も自分に向いていると思っていたし、スイッチを入れた自分も嫌いではないけれど、どこか取り繕っているというか、コスプレして演じているみたいな気持ちがあったのかもしれません。

でも本屋では、みんな本好きで、それに囲まれてイキイキと仕事をしていました。それぞれが好きな服と好きな髪型で生きていて、自分の好きなものを持っている。すごく自由に見えたんです。ああ、ここなら髪を巻かなくてもいいんだ、って思いました(笑)」

 

「もものかんづめ」を読んだ日

ではコスプレ衣装の内側、ほんとうの森田さん自身って何なのでしょう。ずっと変わらず真ん中にあったのは、「本が好き」「文章を書くことが好き」「雑貨やインテリアが好き」ということでした。

森田さん:
「本は小さいときから、ずっと好きだったんです。

幼稚園のときには園内の本を読み尽くしてしまい、読んでもらうのはもう退屈だったんでしょうね。読み聞かせの時間に『わたし、やります!』って先生に代わって読む側にまわっていました。

読みたいものがないから、家にある本を取り帰るため園から脱走を試みたこともあったくらいです」

本のおもしろさに、あらためて気がついたのは小学4年生。母親の本棚にあった東野圭吾さんのミステリーが、読書のあたらしい扉を開いてくれました。

森田さん:
「そこから一気に読む本が広がりました。5、6年生のときには、さくらももこさんのエッセイ『もものかんづめ』で、衝撃を受けました。

文章って自由なんだ!って、カミナリが落ちた感じ。こういうのを大人になっても書いていいんだ、って思ったのを覚えています。

その頃から書くことが好きで、頼まれてもいないのに『先生、作文が書けました』って提出したりして(笑)。文章を書くのが楽しかったんですよね」

 

好きなことを続けていたら、エッセイを書く人になっていた

小学生の森田さんが、卒業アルバムに書いた将来の夢は「エッセイスト」でした。

森田さん:
「エッセイストという言葉自体、さくらももこさんの本で知りました。だからといって、実際になろうとしていたかと言われるとなにもしていないんです。なれるとも思っていませんでした」

大学進学のときには文学部に憧れながらも、飲食業を営む親の『資格を』というすすめで家政科へ。そのあたりから、「コンサバな自分」のスイッチを入れるようになったというわけです。

森田さん:
「見た目は髪を巻いていても、部屋の中は古いものがいっぱいで、海で拾った流木が転がっているみたいな感じで、ギャップにびっくりされることもありました(笑)。

ただそんな時期も、本を読んだり、インテリアをを整えたり、日記やブログを書いたり……。そういう好きなことはずっと続けてきた気がします」

福岡で暮らしていたころに始めたブログ。このいきさつは、前編でお伝えしたとおりです。これがきっかけで、森田さんの暮らしは編集者の目に留まり、これまで各地の家はさまざまな媒体でも取り上げられてきました。

エッセイの執筆も、思わぬ縁から始まっています。インテリア取材で自宅にきた雑誌『サンキュ!』の編集者と、雑談していたときのこと。何の気なしに、本屋さんでのエピソードを話していたところ、「おもしろい!」と興味をもたれ、連載がスタートしたのです。

森田さん:
「思い返してみると、なにかを目指すためとか目的を持つというよりは、好きでやっていたことばかりです。それが、その時々でいい人と出会い、かたちになっていったのかもしれません」

 

「本屋さん、もういつ辞めてもいいんだなぁ」

エッセイの連載は、約5年。その間にも転勤を重ね、働く本屋が変わりながらも、毎月楽しく書いていたと言います。でも、連載終了の知らせをもらったとき、森田さんはほんの少しだけホッとした自分に気がつきました。

もう、「書店員」という肩書きを背負うこともない。これで本屋の仕事は、いつ辞めても大丈夫。そう思ったのです。

森田さん:
「自由を感じたというんでしょうか、燃え尽きちゃったんでしょうね。フルタイムで働いて、帰宅後ごはんを作って、子どもたちと夕飯を囲むのは21時くらい。さらに年老いた犬の介護も始まって、このままでいいのかな、もう無理かもなあと思い始めていました」

しかし、最終回まで残すところ2話となったとき、森田さんにとっての大事件が起こります。

▲フェイクの引き出しをつけた収納扉はDIYで。もとは押入れだった場所を生かしています。

森田さん:
「よく来てくれる男子高校生が、不登校の幼なじみに渡すための本を探しに来てくれたことを書いたんです。そのときわたしが紹介したのが、辻村深月先生の『かがみの孤城』。

そうしたら出版社を通じて、辻村先生ご本人からお手紙が。たまたま雑誌でわたしの連載を読んでくださったそうで……」

『かがみの孤城』といえば、学校に通えない7人の中学生たちの交流や心の機微を描いた作品です。森田さんのエッセイも、男子高校生の少しぶっきらぼうなやさしさや明るい予感に、じんわりと温かな余韻が残るものでした。

森田さん:
「娘もすごく喜んでくれました。まったく本が読めない子だったのに、この作品がきっかけで読書好きになり、中3になった今は図書委員を務めているくらい。だから、わたしたち親子にとっても大切な本だったんです。

こんな奇跡が起こるなら、もう少し書店員を続けようかな、続けてもいいのかなって、思い直しました」

 

物語の新しい章は、いつだって想定外

転勤族として全国を転々とする暮らしも、予想外の書店員採用も、親に進路を反対されたことも。一見すると、森田さんの人生は「山あり谷あり」にも思えます。でも実は、自分ではまったくそうは感じていないのだと教えてくれました。

森田さん:
「樹木希林さんの『一切なりゆき』という本に、こんな言葉があります。

『おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きればいい』。これを読んだとき、すごく共感しました。

人生って、みんなそれなりにいろいろあると思うんです。でも、おもしろがっていたら、ただ電車に乗っているだけでもきっと何かが見つかります。

転勤や引っ越しそのものは大変だし、友だちと別れるのも寂しいですが、関係がなくなるわけではないですしね。だから、また転勤だと言われても意外と『そっか』と受け入れてきました。

わたしにとっては、物語の新しい章が始まるとか、ゲームの面が変わるとか、そういうイメージ。次の場所で、きっとまた、なにかが始まるんです」

最後にひとつ、森田さんにお願いをしました。
「自分らしく、楽しく生きる」というテーマで、当店の読者に向けて一冊選んでいただけませんか?

森田さん:
「『自分らしく、楽しく』と考えたときに、やっぱり『おもしろがる』だなあと思い選んだのが、この『国道沿いで、だいじょうぶ100回』。

作者の岸田奈美さんって、『こんなこと、ある!?』ということばかり起こるんです。お父さんを早くに病気で亡くされて、弟さんはダウン症、お母さんも車椅子ユーザーになり、見方によってはすごく大変そうだけれど、おもしろがって世の中を見ているし、なにより自分らしく生きている気がします」

▲『国道沿いで、だいじょうぶ100回』岸田奈美著(小学館)

人生には、思いがけないことが起こります。ときには嬉しくないことだってあるし、自分の意思ではどうにもならないこともあります。

それでも、森田さんみたいに「そっか」と受け入れ、おもしろがったり、身近なことや人を大切にしていけば、人生という航海は、自然と楽しいほうへ流れていくのでしょうか。

いや、楽しい方を目指さなくたっていい。波に揺られる時間そのものが、楽しくなっていくのかも。そのくり返しの先に、ふと振り返れば航跡が「自分らしい」かたちを描いていたらいいなとも思います。

未来はいつも、新しい章の始まりです。

 

【写真】木村文平


もくじ

 

森田めぐみ

書店員。茨城県生まれ。転勤族の夫とともに引越しをくり返している。現在は東京郊外の古い一軒家で、夫、大学生の息子、中学生の娘、犬1匹、猫4匹と暮らす。著書に『書店員は見た!本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)
Instagram:@marguerite289

 


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