【好きな色はなんですか?】バッグを作る日常の先にある、ごほうびのような「赤」(江面旨美さん)
ライター 瀬谷薫子
料理家さんがつける白いエプロン、写真家さんが着る黒い服。日々身にまとう色には仕事柄があらわれるように思います。
自分を鼓舞する日につける赤い口紅、歳を重ねてから好きになったピンク。色は、ただ身につけたいという理由だけでない、そっと背中を押してくれる力を持っているような気がします。
好きな色はなんですか? 色の話から、その人が大切にしていることの話を聞きました。
江面旨美(えづら よしみ)
バッグの作り手。30代の頃、主婦業のかたわら革や帆布でバッグ作りを始める。36歳でバッグブランド「umamibags」を立ち上げ、現在は年に数回、全国で催される個展でバッグを販売する。
ーーー好きな色はなんですか?
「赤、かもしれません。時々、真っ赤なセーターとか、真っ赤な民芸品に無性に心動かされて、手に取ってしまうことがあります」
黒や白の革を使った、シンプルな中に個性のあるバッグを作る江面さん。真っ白なアトリエで、黒い服に身を包みながら、彼女の口から出たのは、少し意外な色でした。
「自分でも特に意識してはいませんでした。好きで赤ばっかり持っている、みたいなわけでもないんです。ただこの間娘が久しぶりに帰ってきて、このインタビューの話をしたら『お母さんは赤に反応するよね』って。この赤は好きだけど、これはあんまりだとか、よく言っているらしいんです。言われてみればそうかもしれないって。
地下鉄の丸の内線が赤い車両になりましたよね? 好きなのはあんな赤。ホームにいるときに電車が入ってくると、ああ嬉しい!って思います。綺麗な色で、気分が高揚するんです。
でも、普段赤はめったに身につけません。手持ちの服は黒、白、紺、グレーが多いですし、自宅のインテリアも、狭いので少しでも圧迫感がないようにと白で統一しています。身の回りにあるのは、ベーシックな色がいい。そんな中でたまにふと目に入る赤が嬉しいんだと思います」
この本の表紙、あのセーターに、あの布地。江面さんが好んで選ぶのは、「THE 赤っていう感じのビビッドな、正統派の赤」。そこには彼女ならではの明確な基準があります。
「絵の世界でいうなら、たとえば植物を描くとき、その緑を美しく表すために、あえて緑ではない、別の色を添えて緑を立たせることがあります。色はそれ単体でできあがるものはなくて、どれもさまざまな色が折り重なることでできるもの。私は下地に深い色が重なっているような、奥行きを感じる赤が好きです」
人に受け入れられるものと、自分の作りたいもの
バッグを作る以前、油絵を描いていたことがありました。結婚後すぐ、通信制の美術大学に通い始めたのが20代の後半。数年間みっちり油絵を学びましたが、その道を離れます。
「思うように描くことができないもどかしさもありましたし、絵は、納得いかなければ本当にただの不要品になってしまう悲しさもありました。個展で50の絵を描いて、20余ってしまったとして、この絵、もらってくれる?と言っても、なかなか壁にかけてくれる人はいないじゃないですか。
対してバッグには『用』の機能があります。たとえ完璧なものでなくても、上質な革で作ったバッグなら、少なくとも友人には、うれしい!って喜んでもらえる。
無駄にならない、用を満たすものだから、続けられてきた部分があると思います」
はじめて個展を開いたのが36歳の時。以来、毎年数回の個展に向けてバッグを作ることを40年近く続けてきました。
「4、50代の頃までは、尖ったデザインのものばかり作っていました。ブランドを知ってもらうため、自分らしい個性をいかにバッグの上にのせるかが大事だと思っていたんです。
でも、バッグは用のもの。デザインを立たせるあまり持ちづらいものを作ると、結局は手にとっていただけません。自分の納得するものが作れればいいと思いながら、やはり売れ残ってしまうのは辛くって。人に受け入れられるものと、自分の作りたいもの。そのはざまで悩みました」
そんな時、イタリアのあるショップオーナーにかけてもらったのが「オリジナリティとクオリティがあるね」という言葉。個性を出そうと恣意的になるのではなく、素材を見て、革の良さを活かすすべをシンプルに考えて手を動かす、その先に自分らしいものづくりがあるのかもしれないと。次第に作るかたちをシフトしていきます。
「シンプルを追求することは難しくて、ともすればありきたりで平凡なものになってしまう。すれすれのところを探っています。うまくいきそうだなと思っていたのに、仕上がってみたらなんだか野暮ったくてがっかり、なんてことも。バッグは軌道修正がききませんから、出来上がってしまえばもう仕方ありません。数日かけて作ったものが納得できなかったときは、疲れがどっと出ることもあります」
革は硬く、裁断から縫製まで、強い力が必要です。75歳を迎えた今、これからいかに続けていくか。力を抜く部分と抜かない部分のバランスをとれるようになってきたのは、ここ最近のことだと言います。
「昔は個展のたびにバッグのデザインも総入れ替えしていましたが、今は定番をいくつか揃えるようになりました。あの型で作ってほしいとリクエストがあれば、オーダー品として受けることも。
望まれるものを作ることもできるようになったのは、肩の力が抜けてきたからなんだと思います」
本当はポジティブじゃない、自分の背中を押すために
「それでも、個展にはいつもチャレンジングなバッグも加えています。たとえ売れなくても、私としては満足できるものができたからいい!って思えるような、用は満たさないものも。
それが思いがけず手にとってもらえたときは、やっぱりいちばん嬉しくて、生きがいを感じますね。
きっとそんなバッグを持つことで、お客様自身も楽しくなりたいんじゃないかな、と想像しています。
私にとっては赤という色がそんな存在です。引っ込むよりは、出るための色。本当はいつもどこかにいる、ポジティブじゃない自分の背中を押してもらいたいんだと思うんです。
赤いカーディガンも、ブレザーも、気に入っているけれど、実はあまり着ないんです。だって、やっぱり目立つでしょう? ただそれでも、クローゼットに掛けておくことが嬉しいんです」
ただ “バッグを作る人” でありたい
年に2回の展示に向けて、半年で50個以上。休みなく、これまでに数えきれないほどのバッグを、このアトリエで、たった一人で作り上げてきました。
「制作は地味な作業です。でも、ひとりで黙々と作るということが私には合っているみたい。ずっと続けてきて、それが生きる意味のようになってきているから、もはや欠かせない日常の一部です。
作るのは好きですが、値段をつけるのは苦手。作って、人が喜んでくれる。本当はそのふたつだけがあればいいんですよ。お金のことを考えるのが一番向いていない。何個作れば効率がいいとか、どうやったら儲けるかっていうことを考える暇があるなら、より良いものを作っていたい。
私は“バッグ屋さん” ではないんです。でも、作家というのも実はあまりしっくりきていなくて。ただ『バッグを作る人』でありたいだけなんだと思います」
ずっと夢中になれるもののある人生を送りたかったと話します。必死で探し求めて、30代後半でようやく見つけられたのがバッグだった、と。だからなのか、江面さんの口調には迷いを感じません。
「バッグ作りの他にも、興味はいろいろとあります。でも、バッグを作る時間をキープすると他の時間は作れない。だから仕方ないって諦めています。
自分の人生に残された時間をどうデザインするか考えたら、私はやっぱりバッグを優先したい。それ以外に大切にしたいのは、母の介護と、家族との暮らし。それでもう一杯です。
時間には限りがあって、でもそれに気づくと、人って頑張れるものなんですよ」
「今もつぎの個展に向けて作っています。個展って初日が全てなんです。初日にみなさんがきてくれなければ、あとから盛り上がるということはまずありません。だから初日はもう、ドキドキです。その分、たくさんのお客さまが来てくれて『買えました!』なんて言ってくださるのを見たときは、もう本当に嬉しくって。
私、地方でやる個展が好きなんです。なんでかって? その晩、ひとりでホテルに滞在できるから。都内ではどんなに余韻に浸りたくても、家に帰って、今夜のおかずを考えてしまう。日常の自分が戻ってくるんです。
家族がよかったねって言ってくれるのも嬉しいですが、せめてその日だけは、ひとりで喜びを味わいたい。バッグ作りをしていて、一番幸せな瞬間です」
真っ白なアトリエで、モノトーンのバッグを作る日常。その先に待っているごほうびのような個展の舞台は、江面さんにとっての赤という存在に近いのかもしれません。
初日の喜びを話す江面さんの顔は、 赤い色って嬉しい、と話す顔にどこか重なりました。
【写真】吉田周平
もくじ
感想を送る
本日の編集部recommends!
Buyer's selection|新年に新調したいアイテム
かばんの中身や日用品、定番の食器などなど、おすすめのアイテムを集めました。
【1/28(火)10:00AMまで】税込5,000円以上のお買い物で送料無料に!
日頃の感謝を込めて。新しい年の始まりに、ぜひお買い物をお楽しみくださいね。
春のファッションアイテムが入荷中です!
人気のスウェットやトレンチコートなど、これからの季節にぴったりのアイテムを集めました。
【動画】あそびに行きたい家
器は人生のチームメイト。ふたり暮らしになった高山都さんのご自宅訪問