【週末エッセイ】暮らしとともに道具も育つ?結婚5年目に買った古道具が教えてくれたこと。
文筆家 大平一枝
第五話:使い手の物語をつなぐ愉しみ
すべては古い帳簿箪笥から
古道具に目覚めたきっかけのはっきりした記憶はないが、おそらく京都で買った帳簿(ちょうぼ)箪笥だ。
結婚5年目で、そのときは狭いアパートに、おもちゃのような間に合わせの家具をとくにこだわりのないまま配置していた。
そんなとき、たまたま『白洲正子の旅』という本を少し手伝うことになった。白洲正子の作品から好きなものをひとつ選び、その足跡を辿りながら紀行文を書くという仕事だった。二〜三作、流し読みしかしていなかった白洲作品をこのとき初めて片端から読んだ。なにせ、ひとりで旅しなければいけないので、どこへ行くべきか、どう追体験ができるのか、読み方にも力がこもる。
読んでいくうちに、古道具や骨董の魅力にとりつかれた人の喜びや興奮が自分の意識の中にもじわじわとしみこんできた。結果的には美濃地方を選んだのが、古道具についての興味は高まるばかりである。なかでも京都・縄手通りに白洲さんが通う骨董店にはどうしても行きたくなった。夫の実家がすぐ近くなのだ。
帰省の折、見物気分で、古道具に全く興味もない夫と共に縄手通りを散策した。白洲正子や小林秀雄、川端康成の愛した由緒正しい骨董店とともに、瀟洒(しょうしゃ)な古い家具を置く店、古伊万里だけを揃えた店など、京都独特の気品が感じられる店が点在していた。人の姿も少なく、水を打ったように静かで、そぞろ歩くだけで気持ちが落ち着く通りだった。
そこで、ふらりと立ち寄ったギャラリーのような小さな家具店で、帳簿箪笥を突然買ってしまったのである。そんな大きな買い物をするつもりなど私たちには微塵もなかった。なのに、気がついたら、なけなしのクレジットカードを使い、商家で帳簿を入れるのに使われていたというその古い箪笥を我が家に迎え入れる手配をしていたのである。
道具は育つ
なぜ、あのときこれを買ったのか。その前年に二人目の子どもが生まれ、家族4人の生活がスタートしたばかりだった。ちょうど、コーポラティブハウスという、住人同士で建設組合を結成して建てる集合住宅づくりに参加したところだった。予算もなく、新しい住まいに家具を買い足す余裕はなかったが、これだけは新しい家に欲しいと強く思った。
大小の引き出しがたくさんあり、滑りがいい。昔の家具職人の技術の高さが素人に私にもわかる。なにもかもが新しいピカピカのマンションに、誰がつけたかわからない古傷があちこちにあるこんな家具があったら、きっと心が和むだろうなあ。今、振り返るとたぶんそんな風に思ったのだろう。
マンションに合う横90×高さ100cmのサイズ感は、幾通りにも使える。
実際、その箪笥がやってくると、まるで前からそこにあったかのように首尾良く収まった。古い家具は緊張をしなくていい。少々乱暴に開け閉めしてもびくともしないし、傷も気にならない。
以来、16年間、乳児用の布巾やミニタオル→小学校の書類や写真→文房具→電球などの日用品のストックや取扱説明書と、子どもの成長とともに収納する中身が移り変わった。ちなみに現在は、保険証・電球や電池・ガムテープなど梱包用品・録画のDVDをしまっている。どれも、家族全員のこまごました共有物だ。それらがちょうどよく収まり、具合がいい。
おもえばこの家具は、いろんなものを入れたり出したりしながら、我が家の暮らしにずっと寄り添ってきた。その前に、どこでどんな人が使っていたのか。引き出しの裏側に鉛筆でテレビアニメのキャラクターの落書きがあったので、もしかしたら商家から、別の小さな子どもがいる家にひきとられたのかもしれない。あるいは稼業が京都の呉服屋で、落書きをした孫は数代目だったりするのかも。想像は無限に拡がる。家から家へ。家族の物語は持ち主とともに引き継がれる。
古道具を使うということは、器でも洋服でも、それまでそれを愛して使ってきた人の歴史に、自分の歴史を足すということだ。箪笥だけが知っている、市井の人たちの営みの歳月に思いを馳せる。
私が今も塩梅よく使えるのは、その人達が大事に使ってきてくれたからだ。どんな人か知るよしもないが、ありがとうの気持ちが加わって、より愛着が増す。
白洲正子の言葉に、次のようなものがある。
──日本の道具は、焼きものでも木工でも、人間の愛情を必要とする。
人との付き合いによって、ものは育つと再三綴っていた。ここでいう“育つ”とは味わいが増すという意味であろう。
とすれば、京都で誰かに愛されてきた名もない小さな古い箪笥は今、東京の我が家で日々育っている。私と古道具の付き合いもまた続く。
今はひな人形を飾っている。我が家は旧暦なので4月3日まで。(撮影:大平一枝)
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「第一話:新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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