【金曜エッセイ】自分の「めんどうくささ」を忘れてしまう(文筆家・大平一枝)
文筆家 大平一枝
第七話:自分のめんどうくささを忘れる
独身の女友達が、ある日ポツリと呟いた。
「恋愛って、相手と向き合うんじゃない。自分のめんどうくささと向き合う作業なんですよね。それがいちばん難しい」
そういう感覚を忘れていたので、はっとした。
もっと会いたい。本当はそう言いたいけれど、嫌われるのが怖くて「お仕事頑張ってね。私は大丈夫だから」と強がってしまう。そのあとで落ち込んで、もう少し甘えればよかった、ああいえば、こういえばよかったと、くよくよする。ああ、なんて自分はめんどくさいんだろう。もっと素直に、取り繕わずに自分の気持ちを伝えられたら、どんなに楽か……。
それが恋です、と偉そうに語れるほど経験がない。でも、自分のエゴやわがままをなだめ、すかし、なんとか折り合いをつけ、相手の心に寄り添ってゆく。めんどうだけど、その小さな積み重ねが自分を成長させてくれる。泣いたり笑ったり、気持ちが上がり下がりするその営みこそ、恋愛の醍醐味なんだろう。
ふと、育児も似ているなと思った。子どもを育てながら、自分の弱さと向き合う。子どもを通して、自分が通ってきた道を振り返る。すると、蓋をして避けてきた自分の課題が、不意に見えたりする。
たとえば、私は褒めるのが上手ではない。他人だといくらでも褒めることができるのに、我が子が「テストで90点とったよ!」と言っても、「良かったね」の前に「次は100点目指そうね」と、ついよけいな一言を付け加えてしまう。本当はとても嬉しいのに、ここで褒めたら調子に乗ってしまうのではないか、上には上があると教えるのが親ではないかという野暮な考えが邪魔して、素直に喜べないのだ。
自分の母がそうだった。子どもの悲しそうな顔を見て、ああ私も子どもの頃これにへこんだのだったと思い出す。
次こそは手放しで喜ぼうと自分に誓うのに、何度も同じ過ちをおかし、褒め忘れた末にやがて気づく。
がんばったら、ともに喜びあう。素直に努力を讃える。そのほうがどれほど、次のやる気につながることか。親に認めてもらうことが、どれほど嬉しく、また自信になることだろう。
ようやく素直に喜べるようになった頃には、子どもはもうなにも報告しなくなったりする。
子どもの心に寄り添っていたら、どう言うのがよいかなどすぐわかるはずなのに、結局どこかで、親としての正しい振る舞いを気にするほうが先に立っているからそうなるのだろう。
育児も恋愛も、相手のことを思っているようで、ときに「もっと愛して」「もっとがんばって」と、身勝手な自分がひょっこり顔を出す。誰かを愛するということは、そういうめんどうくさいだめな自分に出会うことでもあるんだな。
とすれば、そんな機会がある人生はけっこうありがたいものかもしれない。キラキラした素敵なことばかりじゃないけれど、恋愛も育児もたしかに人を成長させてくれる。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。失われつつある、失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『dancyu』『Discover Japan』『東京人』等。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)などがある。朝日新聞デジタル&Wに、『東京の台所』(写真・文)連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)、二児の母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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