【金曜エッセイ】生活とグラスのサイズの、深い関係(文筆家・大平一枝)

文筆家 大平一枝


第十七話:「薄いグラスが欲しいのです」


 

 我が家のグラスやマグはすべて大きくて、どちらかというと分厚い。たっぷりサイズは、冷蔵庫にちょこちょこ麦茶や牛乳を注ぎ足しに行かなくてもいいように。厚いのは、子どもが割らないためにである。

 乱暴に洗っても丈夫で、デザインが好きなものを追い求めたら、アメリカの50年代のミルクガラスに行き着いた。ロードサイドの大衆レストランやノベルティに使われていた安価なもので、現在はコレクターが多い。私は乳濁色の分厚いガラスの風合いや、店やガソリンスタンドのロゴが入ったデザインの多様性に惹かれた。
 グラスは、再生ガラスや琉球ガラスのような手作りの風合いが伝わるものを好んで使っている。

 ところが最近、薄くて華奢で小さなサイズのものに目がいってしょうがない。もう十分足りているのに、夜、ウイスキーなどを飲むときに、流麗で、はかなさが漂うようなグラスがほしいなあと憧れてしまう。

 好みが変化したからだろうか。
 いや、どうも違う。
 自分に前よりは、時間や気持ちの余裕ができたからだ。それは小さな生活の変化による。子どもが大きくなり、家でゆっくりお酒を楽しむ時間がいくらか増えた。以前は、手早く喉を潤すため、缶ビールが多かったが、今はちびちびと、香りや後味を楽しむウイスキーの美味しさに目覚めた。そして、こまめに冷蔵庫にいくのをいとわなくなった。傍らに目を離せない幼子がいないからだ。

 あるか、なきかのような薄いガラスの口当たりに、日本の工芸技術の高さを実感する。感心しながら飲むお酒がまた、とりわけ美味しく感じられる。

 だからといって、厚くて大きなグラスばかりを使っていたあの日々は、それはそれで愛おしい。否定も、肯定もない。そのときどきで、必要なものがそれだった。あのとき、私は限られた時間の中で、好きな道具を選び、それなりに精一杯、軽やかな気持ちで暮らしていた。

 生活とグラスのサイズの、深い関係。たまに、過ぎた日々を懐かしく思いながら、薄いグラスをネットで探す。手元で琥珀色の液体が揺れる。そんな夜が週に1〜2度あれば、気分上々なのである。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。

▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」

▼本連載の過去記事はこちら

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