【レシート、拝見】ゴーヤー、豆腐、豚ばら肉。レシートの中の青い海

ライター 藤沢あかり

レシートを見るのが好きだ。

店名に日付と品名、金額が書かれただけのレシートに、人となりが詰まっているといったら笑われるだろうか。

印象に残っているレシートがある。確か2015年、「ダイソーの洗濯ばさみ5点」という一枚を数年後にたまたま見返し、ふいに泣きそうになったのを覚えている。

1点10個入り、トータル50個のキッチュでカラフルな洗濯ばさみ。「洗濯ばさみをつまむ動作は指の発育によく、創造力を育むおもちゃになります」。そんな話を取材で聞き、張り切って当時2歳だった娘に買い与えたのだった。

その後、洗濯ばさみは長くつないでヘビになり、アクセサリーになり、おままごとのごはんになり、とにかくたくさん活躍した。
まもなく8歳になろうとする娘に、もう洗濯ばさみの出番はない。5歳離れた弟には、おもちゃ選びへの気負いもなくなった。今のわたしが「洗濯ばさみを知育おもちゃに」と聞いても、買いに走ることはないだろう。
大量の洗濯ばさみのレシートは、はじめての子育てのがむしゃらさや、試行錯誤の象徴みたいに見えたのだった。

 

その人らしさを、レシートが教えてくれる

さてそんなことを思い出していると、レシートにはその人の考えや、暮らしのクセみたいなものが染み込んでいると考えるようになった。

仕事柄、確定申告の時期に1年分のレシートを振り返る。すると、行った場所や食べたもの、買ったもの、出会った人、そこで話したこと……1年分のわたしが、たちまちリアルに立ちのぼるのだ。

そうだ、いろんな人にレシートを見せてもらうのはどうだろう。
「あなたの暮らしと考えを教えてください」と突然たずねても、答えに困らせてしまうかもしれないけれど、レシートなら見せてもらえるかもしれない。そこには、その人にとっての大切ななにかや、チャーミングな一面が隠れている気がするのだ。

 


ツレヅレハナコさんの
レシート、拝見


 

「子どものころ、外食に行くと『同じもので』が禁句だったんです。父や母、お兄ちゃんが頼んだものに、『わたしもそれがいい』っていうこと、あるじゃないですか。あれが絶対にダメ。『4人いたら4つの料理の味をみんなで楽しめるのに、なんでそんなオーダーをするんだ、そんなつまらない人間に育てた覚えはない!』って(笑)」。

そう話すのは、編集者のツレヅレハナコさん。「今だったら、好きなものこそ一人前食べたいってときもありますけど。でも、せっかくお店に行ったのなら、いろいろ食べてみたいっていう親の気持ちもわかりますよね」と笑う。筋金入りの、おいしいもの好きだ。

食べることに真剣勝負の両親のもとで育ったハナコさんは、「外食3軒はしごは当たり前、新しいニットより外食を選び、平日の夜においしいものを食べに金沢まで行っちゃうくらい」という貪欲な20代を過ごしながら、料理誌の編集者として20年近いキャリアを積んだ。今はフリーの編集者として、「寝ても覚めてもおいしい料理とお酒のことを考え」、レシピやエッセイ本などの自著を次々と世に送り出している。

そんなツレヅレハナコさんの、ある日のレシートを、拝見。

 

2020/5/22(金)

・塩味茶豆 198円
・真いわし 264円
・国産やまと豚ばらうす切 363円
・みょうが 158円
・作り手の顔が見えるたまご 198円
・日の出 佐賀大豆木綿 198円
・コツのいらない天ぷら粉 268円
・ゴーヤー 238円
・トマトLばら 98円
・大葉(10枚袋) 98円

 

「普通」に隠れた熱いこだわり

おや、意外と普通……? 失礼ながら、そう思ってしまった。冷凍の枝豆に豚ばら肉、卵に豆腐にトマト。聞けば、このうちの半分くらいは「冷蔵庫入っていないと不安なもの」なのだという。

「まず卵でしょ(ハナコさんは『卵に貴賎なし』の名言を持つ、無類の卵好き)、冷凍枝豆は、これからの時期は生の楽しみもありますが、必要な量だけ出せて便利だし、なにも作りたくない日には、これだけむしゃむしゃ食べられるから常備してますね。あと天ぷら粉。天ぷら粉がないと不安になるっていう……(笑)」

なるほど、『ツレヅレハナコの揚げもの天国』という著書ももつハナコさん、天ぷらは日常的な料理らしい。ちなみに天ぷら粉は、この『コツのいらない天ぷら粉』一択で、「ほかも使ったけど全然違う!」のだそう。粉の混ぜ具合や、冷水のタイミング、たまごは入れるか否か。そんな難しさについ遠のきがちな天ぷらも、失敗いらずの粉を使うだけで、するりとクリアできる。これ、料理が苦手な人にとったら、100のコツを教わるよりうれしい情報かもしれない。レシートはさらに続く。

「大葉にみょうが、このあたりは、家にないと本当に不安です。青ネギと生姜もそうで、たとえば、納豆にしらすとおろし生姜をちょっと入れるだけで、一気においしくなるんです。薬味って偉大なんですよ。なんてことない食材も、少し手をかけるだけで華やかになるし、ちゃんと喜びを味わえるものにしてくれる。薬味のおかげで、1日に3回も喜びを味わえるって最高ですよね」

スーパーに行くときは、この常備したい定番アイテムの補充に加え、目があった旬のものを買う、というのがハナコさんの買い物スタイルだそう。

「イワシはね、これからどんどんおいしくなるシーズンで、きれいに太ったのを買ったんですよ。一本は塩で焼いて、一本は酢締め、あとは大葉で巻いて天ぷらもいいなぁと思ってたんだった。

あとゴーヤーが出てたんです、この日は。

この“日の出 佐賀大豆堅い木綿豆腐”っていうのが、水切りしないで手でちぎれて、沖縄の島豆腐みたいな感じにつかえるんです。これと豚バラ肉を買って、この日はゴーヤーチャンプルーを作ったんですよ。わたし、ゴーヤーチャンプルーがすごく大好きで。いつもだったら、ゴーヤーは一本98円にならないと買わないんですけどね。ちょうど今ごろ、本当だったら3週間くらい石垣島に行っていたはずなんです。きっと島への思いが募ってたんですね……高級なゴーヤーに手を出しちゃいました(笑)」

レシートに記された食材名が一気に物語を帯び、ただの食材からハナコさんの思いにすり替わった瞬間だった。

 

レシートに浮かぶ石垣島

取材が行われたのは5月下旬。2ヶ月近くに及ぶ緊急事態宣言がようやく解除されたものの、まだまだ不安のもやで社会が不透明だった時期である。

いわゆるリゾートもビーチアクティビティも興味がないというハナコさんが、石垣島の豊かなおいしいものとお酒や人に魅せられてかれこれ10年以上。年に1度のペースで暮らすように滞在し、島のおいしい記憶をSNSで綴ってきた。スーパーのレシートの行間に、わたしまで石垣の青い海や空が見える。行ったこともないのに。

「いつになったら、飛行機とか電車とか、なにも気にせず乗れるんでしょうね」と、互いに言い合う。この取材も、画面越しだったのだ。

もうひとつ、今回ハナコさんが見せてくれたレシートがある。短い期間の中で10枚近く集まったレシートは、どれもなじみの飲食店のものばかり。

「全部、テイクアウトですね。こんな短期間で外食のレシートがたくさんあるって、自分ではちょっと特殊な時期だったんだな、って思います。普段は多くても週に2回くらい。ましてや、テイクアウトを買うためだけにお店に行くなんて、ありません。

お店って、行かないと本当になくなっちゃう。どれも、普段よく行っている店で、レシートの見た目はいつもと変わらないけれど、中身はテイクアウト。全然、意味が違いますね」

レシートは、その人の大切にしたいものを教えてくれる。
お金を払って受け取るその一枚は、「どんなお店で、何にお金を使っているか」の証だからだ。
どんなものを食べたいか、どんな服を身にまとって、どんな部屋に暮らしたいか。ずっとあり続けて欲しいのはどんなお店か。わたしには、ハナコさんのレシートが「こんな世界で生きていきたい」という決意表明に見えた。

最後に、ハナコさんが笑いながら教えてくれた。
「最近、家を建てたばかりなので、都内最大と言われる園芸ショップに行ったレシートもあるんですけどね。植木も、レモンと山椒とパクチーっていう……全部食べ物でした(笑)」

 

【写真】吉森 慎之介

 

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ツレヅレハナコ

寝ても覚めても、おいしい料理とお酒のことばかり考えている編集者。東京都中野区生まれ。お酒とつまみと台所道具がある場所なら、日本各地から世界各国まで旅をし続ける。著書に『女ひとりの夜つまみ』(幻冬舎)、『ツレヅレハナコの食いしん坊な台所』(河出文庫)など。最新刊は『ツレヅレハナコの南の島へ呑みに行こうよ!』(光文社)。食や日常を綴るInstagram(@turehana1)も更新中。

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

 


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