【金曜エッセイ】たった一輪なのにどうしてだろう
文筆家 大平一枝
第七十四話:幸せの可視化について
毎日花屋に立ち寄ると一輪もらえるというサブスクを利用して8ヶ月になる。たまたま友達がインスタで紹介しているのを見て知り、登録をした。
たった一輪なのに、これが本当に嬉しくて、今も飽きずに花屋に日参する自分に、じつは少し驚いている。
近所とはいえ取りに行かねばならないし、しつこいようだが一輪だ。何種かから選べるが、花に疎い私はほとんど毎回知らないものばかり。バラやダリアのように華やかでない、野の花もある。
それがまたいいのである。知っている花だけ買っていたら、もっと早くに飽きているだろう。
吾亦紅(ワレモコウ)、ヒペリカム、千鳥草(チドリソウ)、千日紅(センニチコウ)。バラやカーネーションでも、行くたび知らない品種に出会える。
ガラス瓶を花器に見立てる遊びも楽しい。たとえば、長い藤色のトルコキキョウはイタリアのミネラルウォーターのガラス瓶に。重い花弁が垂れてきたら、短くカットしてミニサイズのジャム瓶に挿し直す。タイミングを見て、元気をなくしきる前に窓辺に吊るし、ドライフラワーにすることもある。
吾亦紅は古道具の徳利と相性が良かった。茎が弱ってきたらカットして、鉄の急須にアレンジを。
一輪でも、花の命に合わせて活け直し、何通りにも楽しめる。
こうして毎日眺めていると、切り花になっても植物は生きているのだなあとあたりまえのことを実感する。マンションの一室でも、季節に寄り添える。
また、背の高いグラスと低いグラスを並べると、一輪のときより空間に表情が出て、ぐっと個性的になる。
花は私にいろんな表情を見せてくれる。
このささやだけれど途切れぬ喜びを表すとしたら、“自分への褒美”という言葉がいちばんしっくりくる。
花に触れ、どうしたら美しく見えるかあれこれ試行錯誤する時間も含めて、自分へのねぎらいであり、プレゼントなのだ。
貧乏性なので、つい仕事を詰め込んではどうしたらもっと休み上手になれるんだろうと、かつて本欄に綴ったことがある*。
仕事と育児で毎日がパンパンに張り詰めていたとき、友達のオルゴールショップに行って聴いていたら自然に涙があふれたという話も**。
しかし、心を癒やしたり繕うことは、特別どこかに行ったり、なにかをしなくても草花がそこにあるだけでずいぶんと救われるものなのだと学んだ。
茶花の世界では、一輪に、命のすべてや季節、風景が宿ると言われる。先人の気高い美意識にあらためて脱帽する。
多くはいらない。創造の心があれば、自分が思っているよりずっと毎日は豊かに彩られ、潤いが得られる。
もうひとつ、一輪挿しを眺めながら最近気づいたこと。可視化できる喜びは、多幸感を増幅させる。自分をねぎらう小さな褒美が毎日そこにあるというのは、じんわりと深く私を幸福にさせてくれる。一輪の命の輝きに想う、徒然である。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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