【57577の宝箱】神様へ小さな私を見守って 願いごとなら自分で叶える
文筆家 土門蘭
毎年、近所の神社に初詣に行く。
お正月の神社の、あの清々しさは何なんだろう。境内の冷たい空気に洗われて、自分の心まですっきり磨かれるようだ。
ある初詣のときのこと、参拝の列に並んでいると、後ろにいた母子がこんなことを話していた。
「初詣はね、神様にお願いごとをするために来てるんじゃないの。『いつも見守ってくださってありがとうございます』ってお礼を言うために来てるんだよ」
「へえー」と言う小さな息子さんとともに、わたしも「へえー」と思っていた。列に並んでいる最中、何をお願いしようかと頭をフル回転させていたからだ。商売繁盛、家庭円満、無病息災、それから金運も何卒……そんなふうに忙しなくあれこれ考えていた自分が少し恥ずかしくなった。
順番が来たのでお賽銭を投げ、手を合わせる。
「いつも見守ってくださって、ありがとうございます」
後ろに並ぶお母さんの言いつけを守り、思い切って今年はお願いごとはなしにしようかと思ったが、やっぱりどうも欲が出て、
「今後もどうぞ見守っていてください……」
と、そっとそれだけお願いした。
こんなに無欲な初詣は初めてで、例年よりずっと軽やかな気持ちだったのを覚えている。
それ以来、わたしにとって初詣は、神様にお礼を言う機会となった。
§
昨年、仕事もプライベートもどうもうまくいかない時期があった。鬱々とした気持ちが晴れず、なぜか全然やる気が起きない。
春先のことだったのだが、ふと「そうだ、今から初詣に行こう」と思いついた。なぜかと言うと、その日が1日だったからだ。初詣がお正月だけとは限らない。いや、限るかもしれないのだけど、気持ち的な初詣は1年に何度あったっていいじゃないか。
「これから仕切り直しだ」と思った。今から新しい年を迎えてやる、と。
そう思うとなんだか鼓舞されて、財布とスマートフォンだけ持って、つっかけを履いて自転車に乗った。氏神様のところへ行くためだ。
春先の神社には、ほとんど誰もいなかった。初詣やお祭りのときとはまったくちがう、しんと静かな境内。誰の足跡もついていない、掃除されたばかりの砂利道の上で、自分の足音だけがざっざっと鳴る。
拝殿にたどり着くと、果物が積まれているのが見えた。毎月1日は月次祭が行われているらしい。お賽銭を投げ、二礼二拍手、それから両手を胸の前で合わせた。
「いつも見守ってくださって、ありがとうございます」
最初はそれだけにしようと思っていた。でも手を合わせているうちに、いろいろな願いごとが溢れてきて、わたしはたくさん神様に話しかけた。
仕事がうまくいきますように、もっと良いものが書けますように、家族や友人と仲良く過ごせますように、心身ともに元気に過ごせますように、もっと優しい人間になれますように……。
願いごとがどんどん出てきて、「ほかに何か言い残していないかな」と焦る。後ろを振り返ると、並んでいる人は誰もいない。それなら今のうちにと、わたしはさらに願いごとをした。お金が貯まりますように、きれいになりますように、最近胃腸が弱いので治りますように、あとぐっすり眠れるようにもなりたいです……。
眉間にシワを寄せて熱心に願いごとをしていたら、ふと笑いが込み上げてきた。どれだけ欲張りなんだろうと。神様もどこかで苦笑いしているだろう。でももしかしたら、今日はわたししかいないから、何かひとつは叶えてくれるかもしれない。
叶えてくれなかったとしても、それはそれで別にいいなと思った。自分の願いごとがわかったから。
今日からはそれを実現するために動くことができる。仕事がないなら作ればいい、良いものが書きたいならとにかく書けばいい、みんなと仲良くしたいなら自分から優しくすればいい。
「というわけで、今後もどうぞ見守っていてください。がんばります!」
最後に礼をしてくるっと振り返り、わたしは境内を早足で歩いた。鳥居をくぐって、再び自転車に跨る。
行かなくちゃ、これからやることがたくさんある。
そんなふうにしてわたしは無事、仕切り直しをすることができたのだった。
§
以来、毎月1日には、「気持ち的な初詣」をひとり執り行っている。
時には意気消沈しながら、また時には鼻歌をうたいながら、鳥居をくぐり境内を歩く。
「先月のお願いごとって何だったっけ」
そう思い出しつつ、この1か月を振り返る時間でもある。先月はすごく落ち込んでいたけど、今月はなんだか元気だな、とか。
前回した願いごとが叶っていなくても、自分の受け取り方が変わって、今回は願いごとではなくなっていることもある。神様に願うのではなく、自分で変えていけばいい。なぜかいつもここに来ると、帰るときにはそう思っているのだ。
「いつも見守ってくださって、ありがとうございます。今月の願いごとはですね……」
そんなふうに神様に本音をこぼす、大事な時間。神様ももしかしたらどこかで、話半分に聞いてくれているのかもしれない。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
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