【レシート、拝見】呼ばれた場所で生きていく
ライター 藤沢あかり
細沼ちえさんの
レシート、拝見
チュニジアの手織りラグに、ドバイの空港で買ったラクダの花瓶、キューバの女性が描かれたスカーフ。生命力にあふれたプリミティブなうつわは与論島で見つけたものだ。
国も時代もバラバラの、けれどどこかチャーミングなものが並ぶその部屋。薄紫色をしたファンシーなスカイツリーのぬいぐるみと、そばにディスプレイした明るい黄緑色の手袋が絶妙にマッチしていた。
スタイリストの細沼ちえさん。パートナーの転居を機に、香川の高松と、ここ東京との2拠点生活をしているらしい。せっかくなので、高松にいるときのレシートを見せてもらうことにした。
「これは、しるの店。いい名前ですよね。定食屋と大衆居酒屋を合わせたようなお店で、お味噌汁がいろいろあるんです。具材は季節によっていろいろ、この日は白子だったかな。たしか、牡蠣もあったけど売り切れていて。ごはんもおひつで出てくるし、お酒を飲まないわたしたちにはありがたいお店です」
相席が当たり前だというこぢんまりした一軒。高松へ行くと、必ず一度は行くお気に入りだという。
「初めて行ったとき、相席のお客さんたちに出したうつわを店員さんが割ってしまったんです。料理に破片が入っているといけないからって、食べ終わりかけのものまで全部、新しくつくり直してくれたんですが、同席のおじさん3人は、『俺たち飲んでるし、今さらイチから食べられへんわ〜』って」
結局、細沼さんたちがご相伴にあずかった。「どこから来たん?」「実は引っ越してきたばかりなんです」。そんなアットホームなやりとりと食べきれぬほどの量のおかずは、今となっては土地との距離をぎゅっと縮めてくれたようにも思える。都会なら、ともすれば心がささくれ立ちそうなアクシデントも、驚きあり笑いあり、お腹も心も満たされたことが話しぶりから伝わってきた。
「西のほうはモーニング文化がありますよね。高松では毎朝、喫茶店に行くのが楽しみなんです。この店は実家にありそうなお皿にサンドイッチが載っていて。地元のお年寄りの社交場なんでしょうね、おじいちゃんがおばあちゃんをナンパしていたりして(笑)。こっちのインドカレーの店もいいお店で。そういえばわたし、インド、行ったことないんですよね。まだ呼ばれないみたいで」
「インドに呼ばれる」とは、作家の三島由紀夫が残したと言われる表現である。人それぞれに行くタイミングが自然と訪れる。インドとはそういう国だというようなニュアンスだったはずだ。
周囲からはちょっとした旅好きとしても知られる細沼さん。これまでに訪れた国は、チュニジア、モロッコ、キューバ、メキシコ……と、彼女の言葉を借りると「土くさい」場所ばかりが連なる。
「たとえばベトナムなら、ハノイからバスで6時間くらい離れた田舎町に行きました。都会はどの国に行っても都会だから、田舎で土地に密着したような生活が知りたいんです」
そんな旅スタイルのきっかけは、25歳のときに行ったカナダだった。
「当時、姉が住んでいたんです。わたしの海外旅行の経験は韓国のみ、それなのに一人でバンクーバーから乗り継いでカルガリーまで姉に会いに行きました。今みたいにGoogleマップどころか、スマホも持っていなかった時代です」
カルガリーでは、姉やその友人たちと一緒に広大な土地をロードトリップした。鏡のような湖に映る切り立った山と針葉樹林。大自然の中の一軒家を借り、クマに気をつけながら過ごすという、日本とは別次元の世界に身を置く2週間は、旅の原風景となった。
「スタイリストになりたいと思いながらも、大学卒業後はチャンスがなく会社員になりました。でも諦めきれずモヤモヤしながら仕事をやめたタイミングだったんです。
姉妹の仲ですか? 特別良かったわけではなくて、むしろ5歳も離れているからそれまでは接点もあまりなくて。でも、姉にいろいろ話をしながら、『25歳なんて、なにも遅くないから大丈夫!』って背中を押してもらい帰国しました。今となっては25歳はこれからだと自分でも思えますが、当時は違ったんですよね」
その後、縁やタイミングが重なり、念願叶ってスタイリストの道を歩みはじめたというが、カナダに「呼ばれた」こともターニングポイントのひとつだろう。
「無駄なことなんて、なにもないんですね。新卒のころは、ファッションの経験がなくてスタイリストへの道が開けなかったけれど、会社員をした経験のおかげで、希望していた師匠のもとで働くことができましたから」
食事は基本的に自炊だという。スーパーのレシートを見せてもらったら、地元産の食材が並んでいた。
ちょうど時季まっさかりの「梅298円」に、スタッフと「安いねぇ」と顔を見合わせる。
「でしょう。だから2袋買って、今年は向こうで梅シロップを漬けました」
2拠点というと、どこか旅気分のような、非日常のような心持ちで話を聞いていたけれど、ハッとした。向こうに暮らしているときには、当たり前だけれど向こうでの日常がある。今の時代、居場所がひとつだとは限らない。
「梅を漬けたら、そこは地元」。ふとそんな言葉が頭をよぎった。誰の言葉でもない、今わたしが思いついた言葉だけれど、「梅を漬ける」という行為は、その場所で暮らしている象徴のような気がしたのだ。
そういえば、あの黄緑色の手袋は?と、帰り際に尋ねてみた。
「オリーブ手袋っていうんです。香川の小豆島はオリーブが有名で、収穫のときに使うんだそうです。300円ぐらいだったんですけど、きれいな色だなぁって」
最近は仕事にも、ファッションだけでなく少しずつ暮らしの要素が加わってきているという。埼玉で生まれ、東京で働いていた細沼さんが、縁もゆかりもなかった香川で生活していることも、なにか意味があって「呼ばれた」のだと思わずにはいられない。
細沼ちえ
スタイリスト。会社員を経て青木寿里加氏に師事ののち、2009年に独立。雑誌や広告など、幅広く活躍している。国内外の手しごとや民族衣装、建築などにも興味を広げ、そのエッセンスを生かした唯一無二のスタイリングが持ち味。
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ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。
写真家 吉森慎之介
1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。
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