【レシート、拝見】日々新しく、染まるため

ライター 藤沢あかり


下道千晶さんの
レシート、拝見


 

30cmはありそうな長さの一片を手に、「わが家の名物レシートです」と笑った彼女。家族3人、一週間分の食材である。かぼちゃに小松菜、みかん、柿。たっぷりの野菜に果物。鶏モモ肉に、ラム肉、イナダの刺身。牛乳、豆腐、納豆。

日曜の夕方にまとめて買い出しに。空っぽになった冷蔵庫を旬の食材で満たし、新たな一週間がはじまる。その健やかなサイクルが心地いいのだそうだ。

「近くのスーパーは、鮮度がどれもすばらしいんです。野菜だけでなく、お魚は丸のままをその場でさばいてくれるし、切り身も新鮮。お肉はラムやホルモンまで揃います。夫がステーキにするラムは、息子の大好物です。

この日は何を食べたんだったかな、そうそうイナダを買って。それほどお腹が空いていなかったから、カルパッチョとサラダだけ作って、家族で乾杯しました」

日曜の夜は新鮮な肉や魚を使い、ちょっとしたごちそうを家族で囲むのが定番だ。ちなみに拝見した3枚、つまり3週分のレシートは、買い物の時刻も合計金額もほぼ同じ。これだけでも、家族が大切にしているものが、ほんの少し見えてくる。

モデルの下道千晶さんが、千葉の内房に越してきて5年。自分たちで4代目だという古民家は、長くのびる縁側や立派な柱、細工の美しい欄間がいまも大切に残されており、愛情をもって住み継がれてきたことが伝わってきた。

「ずっと、おばあちゃんの家みたいな田舎で暮らしたいと思っていました。母方の祖母が山形で農業をしていて、夏休みをそこで過ごしていたんです。軽トラの後ろに乗って畑に行き、カゴを背負ってトマトやナスを収穫する、トトロの世界みたいな毎日。行くと青々としていた田んぼが、帰るころには一面金色になっていました」

大人になってからも、仕事で疲れると暇を見つけては祖母を訪ねた。いまは5歳になる息子が畑や海を駆け回り、その様子があのころの自分と重なる。

「ずっと自分の世界のなかだけで生きていたのが、小学校に上がると、突然、時間割やルールがある社会生活が始まりますよね。あっちとこっちのグループはカラーが違うとか、友達の顔色をうかがうとか、人間関係にも暗黙の決まりがあります。そこで上手に立ち回れなくて、どうしよう、わからない!って感じるようになりました」

そんなときでも祖母の家に行くと、そこには圧倒的な存在で、自然が横たわっている。田舎の空気に身を置くと、教室のなかの世界はずいぶんと遠いことのようにも感じられた。

学校で特に大きな問題があったわけではないし、祖母にだけ悩みを打ち明けていたわけでもない。けれど、祖母と生活を共にし、自然のなかで過ごす時間は絡まっていた心をほどいてくれ、帰るころにはすっかり気持ちの整理をつけられるようになっていた。

下道さんにとっての、自分らしくいられる場所。心をリセットし、まっさらに整えてくれる場所が祖母の家であり、田舎の暮らしだったのだ。

「子どもながらに、人目が気になっていたのかな。ちゃんとしなくちゃ、という気持ちが強かったのかもしれません。

もし、街なかで転んだら、恥ずかしい、早く立ち上がらなきゃと、痛み以外の感情でいっぱいになります。でも、自然のなかでは転んでも誰も笑わないし、自分も気にならないんです。残るのは、転んだことと膝の痛みという事実だけ。だから、わたしは自然のなかで過ごすと楽なのだと思います」

その例えに深くうなずきながらも、小さな違和感が頭をよぎる。彼女の職業はモデルだ。それは、人に見られる仕事の最たるものではないのだろうか。

「わたしにとって、モデルは表現手段です。言葉でうまく自分を表せないから、別の手段が欲しかったのかもしれません。自分のからだひとつで表現できるおもしろさに夢中になりました」

学生時代は絵にぶつけ、大人になってからは服飾デザインが自分を表現する術だった。そこから、デザインの世界を通じて声がかかり、いまは「おばあちゃんになっても続けていきたい」と話すほど、この仕事に魅力を感じているらしい。

 

レシートのなかに、新宿駅で買った高速バスチケットの控えを見つけた。撮影がある日は、早朝の高速バスで都内へ向かう。

「いまの仕事に、葛藤や悩みがまったくないわけではありません。都内に住んでいたときは、そういうモヤモヤをくっつけたまま家に入っていたのかも。でもいまは、なにかあっても帰りのバスに乗って海を渡るあたりから、だんだんと心が開いていくのがわかるんです」

東京と千葉を結ぶのは、海を越える長い橋である。都会のビル群を抜け、キラキラ光る海を渡る。やがて出口のトンネルを抜けると、景色は一気に色を変える。

「海は不思議です。今日みたいに晴れた日はもちろん気持ちがいいですが、曇りの日も、荒れている日も、それぞれに心を受け止めてもらえる気がします。窓の向こうの海が田んぼや畑に変わり、玄関に着くころには、すっかりオフの自分に戻れます」

 

下道さんは、モデルのほかに藍染め作家としての顔ももつ。一着を染め直し大切に着続ける精神に惹かれ、自らも手がけるようになった。藍は、綿や麻、絹などの天然素材が、よりきれいに染まると聞く。

原風景である田舎の存在が、いまは千葉のわが家となった。豊かな自然で心を洗い、家族で食卓を囲む時間が、美しく染まる日々を支えているのかもしれない。

 

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下道千晶(したみち・ちあき)

モデル。千葉の古民家で、自然に寄り添う暮らしを実践しながら、農業に従事する夫、息子との3人で暮らす。染色作家として、染め直しのオーダーやワークショップ講師も手がけている。2022年1/8(土)東京・池尻大橋の喫茶店 「drip 」にて藍染ワークショップを開催予定。詳細は染色作家用のインスタグラムアカウント(@meets_BLUE_project)でお知らせ。インスタグラム @chiaki__sh

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。

写真家 長田朋子

北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。


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