【57577の宝箱】魔法でも偶然でもない 意味のある行為はいつか自信となって

文筆家 土門蘭


昔から、料理が苦手だった。
できることならしたくないなぁと、ずっと思っていた。

でも、一人暮らし時代には自分のために、子供が生まれてからは家族のために、料理しなくてはいけない。
誰か代わりにやってくれないかなぁ……そんなことを夢見つつ、気づいたら自炊歴は18年。それでもまったく得意にならないのが、我ながら不思議だった。

料理がどうして苦手かというと、レシピが覚えられないのだ。
もちろん、レシピが覚えられないのなら見ればいい。だけど、これまでに何度も作ってきたカレーライスや豚肉の生姜焼きですら、毎回レシピを見ないと作れない。

なぜかというと、よくわからないからだ。
もちろん、作り方を読めばその通りにできる。でも、なぜここで酒とみりんを入れるのか、なぜここで小麦粉をまぶすのか、その理由や目的がよくわからない。

因果関係がわからないから、レシピの一言一句を凝視しながら作ることになる。勉強で言うと、「公式や文法がわからないから、書かれていることを丸暗記しないといけない」状況と同じだ。
だからレシピの途中で家にない調味料や具材が出てきたりすると不安に襲われて、「もう作れない」とストップしてしまう。論理がわからないから、代替案も思い浮かばないのだ。

そんなふうによくわからないまま作っているから、自信がないのだろう。私は自分の料理を「おいしい」と思ったことがない。毎日することなのに、それってちょっと悲しすぎるよなぁと、いつも思っていた。

§

さて、そんな私に転機が訪れた。
料理家の友人がSNSで、料理の初心者や料理が苦手な人向けのレッスンを行います、と投稿しているのを見かけたのだ。オンラインによる、全3回のプライベートレッスンだという。

それまでは、料理レッスンは料理好きな人がさらにうまくなるために受けるものだと思っていた。でも、彼女は「料理に苦手意識がある人にこそ受けてほしい」と言う。

これはチャンスだ、と思った。
人生80年だと考えると、そろそろ私も後半に差し掛かる。ここでレッスンを受けてみて料理に対する苦手意識を克服できたら、人生後半を楽しく過ごせるようになるんじゃないだろうか。毎日行うものだからこそ、「料理」を好きになれたらどんなに素敵だろう。

そう考えて、思い切って彼女にレッスンを申し込んだ。

§

初めてのレッスンは「豚肉の生姜焼き」だった。私がこれまで一番作ってきた料理だ。

最初に私がいつものやり方で作って、その後に彼女に教わりながら作る。いつも作っているものだからこそ、発見もきっと多いだろうと思う。

だけど先にも書いた通り、私は「豚肉の生姜焼き」をレシピを見ないで作ることができない。これまでに優に100回以上は作ってきたはずだけど、それくらい料理に自信がないのだ。「最初は何も見ないで作ってみてください」と言われて、急に心細くなる。

この順番でいいんだっけ? 調味料は何をどれくらい入れるんだっけ? スマートフォン越しに彼女の視線を感じつつ、おどおどしながら料理する。まるで、ルールのわからないスポーツを見様見真似でやっているようだ。

できあがった料理を味見する。
感想を求められたが、やっぱりおいしいかどうかよくわからない。私は首を捻りながら箸を置いた。

§

次に、彼女に教わりながら同じものを作った。私が作ったのとほとんど同じ工程だけど、ところどころでコツのようなものが入る。

「まずは豚肉を、酒とすりおろし生姜で漬け込んでください」
そう言われて、生姜をすりおろす。すると彼女が、
「どうしてそうするか、わかりますか?」
と尋ねてきた。私は正直に「わかりません」と答える。

「生姜に含まれている酵素には、肉を柔らかくする働きがあるんです。そして酒は、火にかけるとアルコールが飛びますよね。それと一緒に、臭みをとってくれるんですよ」

それを聞いて、「へえ!」と思わず声が出た。これまではレシピ通りにただ酒や生姜を使っていたけれど、それぞれの意味を知ったのは初めてだった。

「お肉に酒と生姜が染みたら、小麦粉を軽くまぶしてください。そうすると、その後に使う調味料がしっかりお肉につきます」
「玉ねぎは繊維に逆らう方向で切ると、甘くて柔らかい歯応えになりますよ」

次の作業に移るたび、そんなふうに彼女が説明をしてくれる。
「だから、この調味料を使うのか」「だから、こんなふうに切るのか」
レシピの文面だけではわからなかった「なぜ」が一気に解決していくようで、まるで脳細胞に染み込むようにレシピが頭に入っていった。

「料理って、ロジックなんですね。全部に意味がある」
そう言うと彼女が、「そうです。だから、誰でもおいしくできるようになるものなんですよ」と笑った。

そうしてできあがった2つ目の「豚肉の生姜焼き」は、とてもおいしかった。
自分が作ったものを「おいしい」と感じたのは、この時が初めてかもしれない。

§

その日の夕飯には、私が作った方と、彼女が教えてくれた方、2つの「豚肉の生姜焼き」が並ぶことになった。

「絶対みんなも、2つ目の方をおいしいって言うと思います」
そう言うと彼女は首を傾げて、そうですかね?と返事した。

そして、こんな言葉を教えてくれた。
「おいしさの大半は、安心感でできている」
彼女が好きな言葉だそうだ。

「人は、いつもの味、慣れ親しんでいる味をおいしいと感じやすいんだそうです。だから、もしかしたらお子さんたちは、何度も食べてきたお母さんの生姜焼きの方を『おいしい』って思うかもしれませんよ」

それを聞きながら、「ああ、そうか」と腑に落ちた。
私が2つ目の「豚肉の生姜焼き」をおいしいと感じたのは、「安心感」ができたからなんだ。そしてその「安心感」の正体とは、彼女に教わったロジックなんだな、と。

これまでは言われるがままだったけど、レシピのひとつひとつの工程の意味がちゃんとわかれば、自分の行動に自信を持つことができる。ちゃんと意味のあることをしたのだという確信が「安心感」に繋がって、初めて「おいしい」と思えたのだろう。

ロジックを学ぶこと。意味を考えながら行動すること。
それが安心感や自信を生み出すんだなぁと、大きな発見をした気分になった。

§

夕食の時間になり、2種類の豚の生姜焼きを子供たちが味比べした。

長男に「どっちがおいしい?」と聞いてみる。すると長男は「うーん、どっちもおいしいけど、こっちかなぁ」と、なんと私の作った方を指さした。次男が「ぼくも!」と続けて言う。

「えっ、ほんと? なんで?」と驚いて聞くと、「だって、いつもの味やから」と言う。
「いつもの味やと、なんか安心するやん」

その時私は、自分がこの子たちの中に「安心感」を作れていたのだと知った。
ずっと苦手だったけど、自信なく料理していたけど、100回以上作り続けた事実は消えない。子供たちの中にはその味が、「いつもの味」の記憶としてちゃんと残っている。

私は、おどおどしながら作った方の生姜焼きをもう一度食べてみた。
おいしいかどうかよくわからなかった、いつもの味。

「確かに、おいしいかもね」
そう言うと、口いっぱいに頬張った子供たちがにっこり笑った。

 

“ 魔法でも偶然でもない意味のある行為はいつか自信となって ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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