【57577の宝箱】一枚のビニール袋が宙に舞う 地球(ほし)の動きと戯れながら

文筆家 土門蘭


「もしよかったら、ダンススタジオで一緒に体を動かしませんか?」

年末に、そんなメッセージをいただいた。

送り主は、以前インタビューしたことがあるダンサー兼振付師の女性。「年末年始に京都に行くので会いませんか」というお誘いを受け、喜んで「ぜひお茶でも」と返信をしたら、冒頭のメッセージをいただいたのだ。

彼女とは、インタビュー以外でお話したことはほとんどない。
だけどとても魅力的な方で、前々から個人的にもぜひ仲良くなりたいと思っていたので、彼女ならではのお誘いが嬉しく、また光栄だった。「ぜひ!」と元気よく返信した。

急いでジャージを上下セットで買いに行く。ダンスはおろか、体を動かすことすら最近はほとんどしていない。そんな自分がダンスのプロである彼女と一緒に体を動かすなんてとても想像できないけれど、そこからどんな発見があるのかに興味があった。

約束の日は、1月3日の朝10時。
新しい年の始まりに、新しい挑戦。

なんだか幸先がいい気がするなと思いつつ、冷たい風が吹く京都の朝の街を、自転車で走った。

§

年始の朝のスタジオは、静かでしんとしている。
「寒いですね」と言い合いながら更衣室で着替え、壁一面の鏡の前で二人で座る。

「一緒に体を動かす」というのが、どんなことなのかよくわからなかったけれど、彼女がストレッチを始めたので、私もその体の動きの真似をした。お正月休みで凝り固まった体がほぐされていき気持ちがいい。そうしていると、彼女がなぜ私を誘ってくれたのかを教えてくれた。

「インタビューの後に、土門さんの本を読んだんです。そうしたら、ああもっと話がしてみたいなと思って。一緒に体を動かしてみたら、土門さんはそれをどんなふうに言葉にするのかなって、興味が湧いてお誘いしてみました」

以前は「言葉」の領域でのコミュニケーションだったけど、今回は「体」の領域でのコミュニケーションなのだな、と思う。ほとんど足を踏み入れたことがないその領域に、私は少しドキドキしながら身を置いた。

§

「じゃあ、ちょっとここに仰向けになってもらえますか」

そう言われて、私は床の上に仰向けになる。すると彼女が私の足を持ち上げ、ぶらぶらと揺さぶった。彼女の手のひらを直に感じて、急に緊張する。

「全身の力を抜いてみてください」
と言われたけれど、なかなかそれができない。触られたところが気になって、ぎゅっと足や脚に力が入ったままなのがわかる。体が戸惑っているのだ。

そういえば、人に触られることってあんまりないな、と思った。長年付き合いのある仲の良い友達でも、体に触ったことがない人って実は多いよな、とも。

彼女が突然、私の足から手を離した。当然、私の足は落ちていく。
「あっ」と思った瞬間にちゃんとキャッチしてくれたのだけど、私はドキっとした。

また手を離された時にも同じだった。「彼女はキャッチしてくれるはずだ」と頭ではわかっていても、落ちないように無意識に力が入ってしまう。彼女の動きを予測して、自分が先回りして動く感じ。

だけどそれを繰り返すうち、次第に彼女の動きは予測できないものになった。いろんなタイミングで、いろんな方向に動かされ、手を離されてはキャッチされる。それを何度もされるうちに、少しずつ頭がついていかなくなってきた。

するとあるタイミングで、ふっと力が抜けたのだ。彼女がそれを感じ取り、「うんうん」とうなずく。

「おもしろい」と私は寝そべったまま言った。
「おもしろいですね、これ」

でも、何がおもしろいのかちゃんと言語化できない。焦って言葉を探そうとしたら、彼女はそれを待たずに
「よかった!」
と笑った。

§

「じゃあ、大の字のまま力を抜いていてくださいね」

次に彼女は、仰向けになっている私を裏返しにした。手を引っ張られ、私はずるずるとうつ伏せにされる。まるで、せんべい布団みたいに。
「この体の動きを覚えていてくださいね」
と彼女が言う。

うつ伏せになったら、今度はまた仰向けにさせられた。だらんと力を抜いたまま、私は最初と同じポーズに戻る。

「その動きを、今度は一人でやってみてください」
えっ、と戸惑ったが、やるしかない。

私は彼女の手の動きを思い出し、手を浮かせた。ぐいーんと引っ張られ、ゴロンと転がるあの感じ。体が記憶している感覚を搔き集め、ひとつひとつ再現していく。

すると、自然に体が動いた。鏡の中の私は脱力したまま、まるで誰かに動かされているように見える。私は、こんな自分の動きを見たことがなかったので驚いた。

すると彼女が「ねっ」と言った。
「自分で動こうとすると『よいしょ!』って力が入るけど、誰かに動かされるイメージをすると力が入らないでしょう?」

本当だ。おもしろい。
そう思いながら、もう一度同じ動きを繰り返してみる。仰向けからうつ伏せへ、力を抜いたまま動く自分の体。自分に、こんな動き方ができるなんて。

思わず、「おもしろい」とまたつぶやいた。「すごくおもしろいですね」
彼女がまた、嬉しそうに笑った。

§

冷たい床にうつ伏せになりながら、
(ああ、私はこんなふうにものが書きたいんだ)
唐突に、そんなことを思った。それで、彼女にそのまま伝えてみた。

「自分の意思で『よいしょ!』って書くんじゃなくて、誰かに書かされるのでもなくて、その間でものを書きたいんです。うまく言えないんだけど……」

うまく言葉にできずもどかしく感じていると、彼女が
「わかる気がします。私も同じだから」
と言った。
そして、彼女もまるで誰かの手に動かされるように、仰向けからうつ伏せに、うつ伏せから仰向けになった。とても滑らかに、とても柔らかに。

私はその時、昔観た映画のワンシーンを思い出した。それは、白いビニール袋が風に舞うシーンだった。
映画の登場人物は、風に吹かれるビニール袋を「ダンスしているみたいだ」と思い、ビデオカメラで録画したのだ。「この世には美しいものがいっぱいあるんだ」と驚きながら。

綺麗だな、と思う。
彼女の動きには、自我がない。「こういうふうに動こう」としているのではなく、「自然と動いている」のが伝わってくる。
だから彼女の動きを見ていると、そこにある体よりも、もっと大きなものの力を感じるのだ。一枚のビニール袋が生命を吹き込まれ、美しい生き物になったように。

§

自分の内側よりも、自分の外側の方が、ずっとずっと大きい。
その当たり前の事実を、彼女から教わった。
そして、言葉よりも言葉の外の方が、ずっとずっと大きいのだということも。

私は、その大きな力を小さな体全体で味わっていたい。そんなふうに、ものを書いていたい。「ああ、うまく言えないな」と私は言う。
「でも、すごくおもしろいです」

すると彼女が、
「また一緒に体を動かしましょう」
と言ってくれた。

伝わったのかどうかはわからない。でも、ちゃんと届いたのだとは思う。
それが私は嬉しくて、「はい!」と元気よく返事した。

 

“ 一枚のビニール袋が宙に舞う地球(ほし)の動きと戯れながら ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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