【57577の宝箱】転がってゆく球体と戯れる 小さな子どもに還る瞬間

文筆家 土門蘭


中学、高校と、バスケットボール部に所属していた。

きっかけは、小学生の頃に始まったアニメ「スラムダンク」。あまりに話がおもしろく大ファンになり、自分も部活が始まったら絶対バスケ部に入ろうと決めていた。

中学に入り、体育館までバスケ部の見学に行った。そうしたら先輩たちが次々と近づいてきて「大きいね。背はいくつある?」と尋ねてきた。「167センチです」と答えると、「いいねえ」と言われる。「うちのチームは、背が高い子が少ないから」と。
最後に顧問の先生がやってきて、私の全身をさっと見たあと、
「あともう少し伸びるな。バレー部には行くなよ」
と言った(実際、そのあとバレー部からも勧誘を受けたし、身長も3cm伸びた)。
初心者にも関わらず、こんなに歓迎されるなんて思ってもいなかったものだから、とても嬉しかったのを覚えている。私はそのチームで、一番背の高いプレイヤーになった。

入部してからは、期待に応えたい一心で熱心に練習した。市内では優勝常連のチームだったのだが、そのうちそんな先輩たちに混じって試合に出させてもらえるようになった。足を引っ張らないよう、憧れの先輩たちの役に立てるよう、ますます練習に励むようになった。朝練、夜練を繰り返し、なんとか先輩についていこうと必死だった。

先輩たちが引退してしまうと、私が部長になった。
私の代で優勝を逃してはいけないと、プレッシャーを強く感じていた。もっとうまく、もっと強くならなくちゃ。先輩たちから引き継いだ優勝旗を、他校に明け渡さぬよう努力しなくちゃ。そう思って、一所懸命練習を続けた。チームのみんなも、同じ気持ちだと思っていた。

でも、本当はそうじゃなかった。そんなふうに熱くなっていたのは、もしかしたら私だけだったのかもしれない。

ある時、チームメイトに練習をボイコットされた。部室にこもって、数名が出てこない。様子を見に行くと、彼女たちは椅子に座って雑談をしていた。
「どうして練習しないの?」
と聞くと、
「だって、楽しくないんだもん。練習、きついし」
と言う。
私はそう言われて困惑した。勝つために厳しい練習をするのは当然のことじゃないか。すると、彼女たちは口々にこう言った。
「1年の時から試合に出ている蘭ちゃんにはわからない」
「『勝ち』にこだわる蘭ちゃんにはついていけない」
「私たちはもっと楽しくバスケがしたい」

私は、うまく返事ができなかった。だって、勝つから楽しいんじゃないか。負けたら悔しいから頑張るんじゃないか。すると一人がこう言った。
「そうじゃない楽しみ方もあるんだよ」

それは小さな諍いだったかもしれない。その後の試合で、私たちはちゃんと優勝できたけれど、「楽しくないんだもん」という言葉はずっと心に棘のように残っていた。楽しいのは、私だけだったのかもしれないな、と。

高校のバスケ部では、幸いなことに私よりも負けん気の強いチームメイトばかりだったので、同じことで悩むことはなかった。おかげで楽しいバスケット生活を過ごすことができたのだけど、中学時代のあの日のことは忘れられなかった。

§

それから20年近く経った今、再びバスケットとの縁ができた。
仕事で、スポーツ施設の取材をすることになったのだ。代表の方が元バスケットボール選手で、施設には広々としたバスケットコートがあった。

社会人になってからなかなかバスケができる場所が見つからなかったので、初めてコートを見た時には感動した。「ちょっとシュートを打ってもいいですか?」とお願いしたくらいだ。懐かしいバスケットボールの感触、ネットをくぐる気持ちのいい音。ああ、いいなぁ、としみじみ思う。

休みの日、子供たちに「バスケしに行かない?」と誘ってみた。子供たちにも、私の好きなバスケを教えてあげたかった。
車に乗って、そのスポーツ施設へ向かい、お客さんとしてバスケットコートをレンタルした。準備運動をしてからコートに立つと、練習前のうずうずした感じが蘇ってくる。私はバスケが好きだったんだなと、改めて知った。

ドリブルをついて、レイアップシュートを決める。現役の頃よりもちろん腕は落ちているが、何度かやるうちに少しずつ感覚が戻ってきた。「おおー」と子供たちが歓声を上げ、「お母さん、うまいな」と褒めてくれる。

それからしばらく、シューティングに夢中になった。リング下から打ってみたり、スリーポイントシュートを打ってみたり。子供たちも、新鮮な環境に喜んで遊んでいた。それを傍目に、私も一人練習に励む。

§

だけど30分くらい経った時に、子供たちが退屈し始めた。コートの隅にうずくまって、なんだかぼんやりしている。
「どうしてやらないの?」
と聞くと、
「だって、楽しくないんだもん」
と言う。

それを聞いて、少し心がちくんとした。また私だけ楽しんでしまったのだろうか。そんなふうに思い、反省する。

そうしたら、長男がこんなことを言った。
「シュート、全然入らへんし」
あっそうか、と私は思った。シュートが入らないから、楽しくないんだ。
「ちょっと来て。シュートが入るようにしてあげる」
私は長男をリングのすぐ下に連れてきて、ここから打ってごらん、と言った。
「あの角を目掛けて、胸のところから押し出すように、高く放ってみて」
長男はしぶしぶといったていで、言われた通りにする。すると、ボールがちゃんとリングの中を通った。

「やった!」
私が歓声を上げると、長男は嬉しそうな顔をして、「入った」と笑った。そして、ボールを拾ってまた同じところからシュートを打った。私の言った通りのやり方で。

同じくつまらなそうにしている次男にも声を掛ける。
「こっち来てごらん、ママとボール投げ合いこしよう」
そう言って柔らかくパスをする。すると、次男も笑顔になって立ち上がった。

その様子を見ながら、かつてチームメイトが私に言った、
「そうじゃない楽しみ方もあるんだよ」
という言葉を思い出した。

私が私なりにバスケを好きなように、彼女たちも彼女たちなりにバスケが好きだったんだろうな、と思う。
シュートが決まる時の気持ちよさ、チームメイトと談笑する楽しさ、汗を流す気持ち良さ。
勝つこと以外の楽しみ方を、もっと彼女たちから教われば良かった。

「またしたいな、バスケ」
帰るときに長男がそう言った。私はそれが嬉しくて、最後にもう一本シュートを決めた。

 

“ 転がってゆく球体と戯れる小さな子どもに還る瞬間 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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