【57577の宝箱】好きだったアイスクリームをかじったら ひとりの頃の私に戻る

文筆家 土門蘭


先月は半分くらい、家にこもりっきりだった。

コロナ禍で保育園が休園した翌日、次男が発熱して陽性が発覚。さらに数日後、家庭内感染が始まって、あれよあれよと全員が熱を出した。

熱を出したのなんていつぶりだろう。
子供を産んでからは、ほとんど体調を崩していない。だからと言って体が強いわけではなく、どちらかというと体力がなくてすぐに疲れてしまう方だ。それでも病気をしなかったのは、自分が寝込んだら家事育児がまわらなくなるのでは、と気が張っていたのもあるのだろうと思う。

久々の発熱は体にこたえた。夫も子供たちもすぐにけろりとしていたが、私は数日スッキリしなかった。
加齢のせいもありそうだけど、熱が下がってすぐ家で仕事をしてしまったからかもしれない。もう少しゆっくりするべきなのはわかっていたけれど、仕事が立て込んでいてそうはできなかった。いや、本当は休めたのかもしれないけれど、私がそうしたくなかったのだ。休んで仕事に穴をあけるのが怖い、迷惑をかけるのが怖い。それなら無理をした方がマシ。

良くない考え方だなぁと我ながら思う。案の定、病み上がり3日目にまた寝込んでしまった。ベッドに寝そべりながら、「無理をしちゃったな」と反省する。

§

思えば最近、ずっと無理をしっぱなしだった。

「無理をする」というのは、体力以上に頑張ってしまうことばかりではない。
自分の形を自分以外の物事に無理矢理合わせること全般を、そう表現する気がする。

本当は体がしんどくて休んでいたいのに、「熱はもうないから」「忙しいから」と仕事をする。本当は違うものが食べたいのに、「冷蔵庫の中のものを始末しないと」と気分ではないものを作る。本当は何も話したくないのに、「待たせたら申し訳ないから」とLINEやメッセージを返す。本当はソファでゆっくり過ごしていたいのに、お皿を洗ったり洗濯物を畳んだりする。

ひとつひとつの「無理」は、大したことのないものだろうし、むしろ褒められるべきことかもしれない。
だけどそれらが積もり積もった時、心と体が疲れ切って急に動かなくなる。自分の形がぎゅうぎゅうに型にハマって、抜け出せなくなるみたいに。

自宅療養期間中は一人になれず、ますますその「無理」をしてしまったように思う。病み上がり3日目の体調不良は、それを表現しているようだった。

「無理しちゃだめだよ」
と言われるたびに、「休めということかな」と思っていたけれど、もしかしたら「本来の自分の形に戻りなさいよ」ということなのかなぁと思った。自分の心身がどうしたがっているのかを、ちゃんと聞き取りなさいってことなのかもな、と。

そんなことを考えながら、ベッドの中で存分に寝た。家事育児は元気になった夫に任せて、アラームもかけないで、もう十分と思うまでずっと。

目が覚めた時にはすでに夕方近くだった。
起き上がると少し元気になっていて、
「アイスが食べたいな」
と思った。

食欲が湧いたのは久しぶりで、それが嬉しかった。

§

翌日も本調子ではなかったので、もう仕事をしないと決めて、好きなことをすることにした。

ソファに深く腰掛けて、ドラマを観る。いつもなら子供の趣味に合わせてチャンネルを譲ったり、仕事に関係するものを観たりするのだが、今回はそういう「自分以外の物事」に一切合わせず、自分が観たいものを観ることにした。

最初はちょっと苦労した。自分が何を観たいのか、よくわからなかったのだ。それで、過去に初回だけ観ていた作品を思い出し、とりあえずその続きを観ることにした。

そうしたらそのドラマの展開がものすごくおもしろくて、私は夢中になって観続けた。「おもしろい」「おもしろい」と言いながら次々観る。そう言えば以前中断したのは、内容的に子供に向いていなかったから仕方なく諦めたのだった。
途中でまたアイスクリームを食べたくなったので、ソファの上で食べながら観る。子供が真似をしてはいけないからとずっと我慢していたが、この際やってしまおう。子供がいいなあと言うのを、「君たちはこぼすから向こうで食べなさい」と理不尽な言葉で諭す。

それからゆっくりお風呂に入ってみたり、良い匂いのするハンドクリームを手にぬって楽しんでみたり、昔大好きだった漫画や本を読み返して涙したりもした。自分の欲望の赴くままに、自宅でできるあらゆることをしてみた。

そうするうちにだんだんと、自分が自分の形を取り戻していくのがわかった。自分の心が何を望んでいるのか、自分の体がどうしたがっているのか、感覚が戻ってきたのだ。
それと同時に、少しずつ体調が良くなっていっているのがわかった。なるほど、回復するということは、やっぱり「本来の自分の形に戻る」ことなのだ。

「外に出られるようになったら、パフェ食べに行きたいなぁ」
思わずそんなことを言うと、子供たちが「行こう行こう!」と歓声を上げた。今、冷凍庫の中には、私のお気に入りのアイスクリームが詰まっている。

 

“ 好きだったアイスクリームをかじったらひとりの頃の私に戻る ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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