【57577の宝箱】欲しいものそんなにないの どこにでも行ける自分でありたいだけで
文筆家 土門蘭
この間テレビを観ていたら、
「お金って、何に一番よく使います?」
という話題で出演者たちが話をしていた。
ひとりの男性は「僕は自炊を一切しないので、外食費が多いかな」と言う。もうひとりの女性は「私は友達とのご飯代、あとは洋服や美容かなぁ」と言い、さらに別の女性は「私は旅行とか、経験することにお金をかける」と答えていた。
そのやりとりを見ながら、はて自分ならどう答えるだろうと考えた。
おそらく彼らが話しているのは、「生きていくことに必要なもの以外で、何に継続的にお金をかけているか」なんだと思う。生活に必要不可欠な食費や家賃や光熱費などをのぞいて、何にお金を使っているか。
ソファに座ったまま考えたが、あまり思い付かなかった。
「なんだろう、貯金かな」
そう独り言を言ってみて、おもしろくない答えだって言われてカットされるかな、と思った。
§
昔の私は、それはもう金遣いが荒かった。
給料が入ってきたら、考えなしにすぐ使ってしまう。特に使っていたのは外食代で、残業で帰りが遅いので、自炊はほとんどしなかった。仕事帰りに友達や同僚と飲みに行っては、ハメを外して飲みすぎて、よく終電を逃してタクシーで帰っていた。
不摂生なものだから肌の調子がいつも悪く、それをどうにかしようと化粧品やサプリメントにもお金をかけていた。また、洋服はたくさんあるのになぜかいつも「着る服がない」と言って、洋服を何着も買っていた。
かと言って、お金がたくさんあったわけではない。貯金は0でいつもカツカツ、単に計画性と堪え性がなかっただけだ。そんな生活が、社会人2年目になるまで続いた。
ある日、近所のレンタルビデオ屋さんで『百万円と苦虫女』という映画作品のDVDを借りた。仕事のない日曜日、私はひとりその映画を観ていた。
主人公は、その頃の私と同年代の女性。アルバイトをしながら暮らしている彼女には「100万円を貯めたら違う場所に引っ越す」という行動癖(?)があった。100万円が貯まるたび、いろんなところに引っ越していくのだ。海とか、山とか、街とか。
「自分探しをしているのか」と尋ねる男性に、彼女はこう答える。
「むしろ、探したくないんです。探さなくたって、嫌でもここにいますから。逃げているんです」
その映画を観ながら、私は自分が何かからずっと逃げ続けていたのだということに気がついた。
うまくいかない仕事のストレスをお酒の力でごまかして、心身の不調をサプリや化粧でごまかして、自信のなさや満たされなさを洋服を買うことでごまかして。
結果どうだろう。私はどこにも行けなくなってしまった。
私は私の頑張りを、私をごまかすために使い続けてしまったのだ。
§
映画を観終わったあと、通帳を取り出して開いてみた。
コンビニのATMで引き落としてばっかりで、通帳記入なんて一切していない。今、自分にはいくらあるのかすらわからない。
その時、携帯電話が鳴った。「今日暇? 飲みにいかない?」という、友達からのメールだった。一瞬揺らいだが、グッと堪えて断りの返事をする。
なぜなら、今から通帳記入をしに行かないといけないからだ。きっと残高はどうしようもない金額だろうけれど、まずはそこから向き合わなくちゃと思った。
「私も、100万円貯めよう」
人生で初めて、貯金を決心した瞬間だった。
それからしばらくして、私は本当に100万円を貯めた。
飲み会に行くのをやめ、自炊をし、洋服は今持っているものだけでやりくりして、少しずつ少しずつ貯めていった。
とうとう「1,000,000」という数字を超えた時、通帳を持ったままガッツポーズをしたのを覚えている。
そして、映画の主人公と同じように引っ越しをした。
就職で出てきた東京から、学生時代に住んでいた京都に舞い戻ってきたのだ。
ごまかさずに自分と向かい合った結果、「やっぱり帰りたい」そう思ったから。
§
お金って、なんだろう。
今でも私にはよくわからない。でも、何かと交換するためのものだということは間違いない。私たちはお金を差し出すことで、もの、時間、経験などと交換している。
あの時私は「自分は一体何が欲しいんだろう」と真剣に考えた。洋服も、化粧品も、お酒も、本当はいらなかったんだと思う。
私が一番欲しかったのは、「自由」だった。どこにでも行ける、何をしてもいい。そうできる「自由」を、自分に与えてあげたかった。
そのことを自覚して以来、欲しいものがそんなになくなってしまった。ただ、いつでもどこにでも行けるような自由は、今でもやっぱり欲しいと思い、そのための貯金をしている。北海道にも沖縄にも、カナダにもケニアにも行ける自分でいたい。昨年手に入れた自動車も、どこにでも行ける自分でいたくて、その貯金から買ったものだ。
だから、冒頭の質問にはこう答えるべきなのだろう。
「『自由』ですかね」
それはそれで、カッコ良すぎる気もするけど。
“ 欲しいものそんなにないのどこにでも行ける自分でありたいだけで ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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