【心にあかりをともす人】後編:70代の「いまある暮らし」を、楽しむために
ライター渡辺尚子
古い道具を組み合わせてとても素敵なあかりを作っている、土屋美津子さんと夫の等一さん。
前回は、お店のことや、あかりづくりについて伺いました。
続いての今回は、二人の関係づくりについてお話をお聞きしたいと思います。
60歳から始まった「新しい家」での暮らし
「黒豆」というユニット名で、古道具のパーツを組み合わせたあかりづくりをおこなっている、土屋さん夫妻。
「みっちゃん」「お父さん」と呼び合うふたりは、中学時代からの長い付き合いです。
これまでにさまざまなことがありましたが、ふたりの醸し出す雰囲気からは、ひとつひとつの出来事を、適当に流したりせず、ともに涙を流したり笑ったりしながら、越えてきたことが伝わってきます。
とくに心に残ったのが、火事の話でした。
じつは10年前、家が全焼して、家族の思い出のものがほとんど燃えてしまったそうです。
美津子さん:
「自宅の隣にあった、古道具の置いてあったギャラリーショップだけが、奇跡的に残ったんです。
その建物を残すことも考えましたが、もともと主人がDIYしながら建てた場所だったので、『お父さんのいいようにしていいからね』って言ったところ、主人が『壊そうよ』って。
それを聞いてわたしも『うん、そうね。そうしよう』って言いました」
残った古道具の行き先についても考えました。
美津子さん:
「これからの仕事のことを考えれば、古道具も手元に置いておくほうがよかったのですが、ものだって『かわいい、かわいい』って言ってもらいながら、また次の人生を歩んだほうがいいでしょう。
使い道が決まるまで倉庫に入れておくよりも、欲しい人に持っていってもらうことに決めました」
等一さんのすすめで加入していた火災保険のおかげで、無事に家を再建するめどがたちました。
新しい家のアイディアは美津子さんが出し、等一さんがそれをもとに簡単な図面をひきました。家づくりもいつものように、二人三脚。
美津子さん:
「すでに60歳になっていたから、残りの人生を考えたら、新しく家を建てるよりも、アパートで暮らした方がいいんですよね。貯金もないし。
それでも、お父さんが『土のあるところに住みたいな』って。私も『うん、そうだね。そうしよう』って。できたのがこの家なんです」
「いま、楽しいことがある」と考えてみて
決して大きくはないマイホーム。けれどもその小ささが、美津子さんの心を穏やかにしたそうです。
美津子さん:
「『小ちゃくてもいいよな』『その方がいいじゃない。これで十分よ』って話し合ってできあがったんですけれど、小さくて大正解。家に包まれているような感じで、ぼーっとできるの。前の家で暮らしていたときは、しょっちゅう出かけていたのに、今はどこにも行かなくても、楽しい」
息子さんは結婚して家を出て、現在は美津子さんと等一さんの2人暮らし。
いえ、インコのシナモンちゃんも含めて、2人と1羽暮らしです。
美津子さんのお話を伺っていると、ものだけでなく、人間関係にも、光を見つけていく姿勢を感じます。
もともと等一さんの実家に嫁いだ美津子さん。20年前に亡くなったお母様との四半世紀にわたる同居については、「夫婦ふたりだけで暮らしていたら、わたしはわがままになっていたかも」と、感謝をもって振り返ります。
「周りに『ありがとう』と言いながら暮らしていくほうが気持ちいいでしょう」とも。
そんな姿勢のきっかけになったのが、例の火事だったとか。
美津子さん:
「あの大きな出来事があったおかげで、自分がどれだけ幸せかわかったんですよ。
家族以外にも、半年間も仮住まいを提供してくれた友人がいたり、火事のあった夜に飼い猫を預かってくれるお隣さんがいたり。見てくれている人、助けてくれる人がいる自分は幸せだって、気がつきました。
それから、与えられた人生に感謝しながら、いまを大事に暮らしていきたいと思うようになりました。
『この先に必ずいいことが待っている』と思っていると、苦しくなるでしょう。それよりも、『いま、楽しいことがある』と考えるんです。
いま、主人といられること。
いま、生きてること。
そのときそのときに、いまできることをやっていくしかない。それがいつか、自分の身になにか起こったときに役立つんですね」
そうは言っても、私はなかなか「いま楽しいこと」を見つけられません。あれもできなかったし、これもできていないし……。
すると美津子さんは「ズルすることも大切よ」と笑いました。
美津子さん:
「ズルって、人間が生きていくのに大切なことだと思いますよ。体も心もちょっとゆるめる、ということ。
ゆるめながら、ゆるめながら、ズルしちゃったなあと思いながらも、楽しい1日1日が過ぎればいいんですよ」
どんなことがあっても、暮らしは楽しめる
今年に入って美津子さんが新しく始めたのは、絵を描くこと。
これまで絵を描いたことのなかった美津子さんですが、今は毎日スケッチブックに絵を描いています。
美津子さんの手は、火事の直後に大病をしたなごりで、少し震えます。震える手で鉛筆を握ると、ユニークな作品のできあがり。
ふつうなら見放されがちな自分の手にも、美津子さんはあかりづくりと同じように、光をあてて、最も輝くような役割を見つけていきます。
一枚描くと「お父さん、どう?」と尋ねます。等一さんは「うん」とか「いいんじゃない」とか、短い返事をします。
「『んー、いいんじゃない』というときは、良いって意味なのよね」と言いながら、美津子さんは、等一さんが褒めてくれた絵を、居間の壁にかけていきます。
美津子さん:
「お父さんは、私以上に私のことをわかっているんですよ。私は自分自身を持ってるけれど、決して頑固な自分ではない。『もしも失敗して、帰る場所がなくなったらどうしよう』と心配していることも、さみしがりやなことも、知っている。
それで、絶妙のタイミングで、言葉の魔法をかけてくれます。『んー、いいんじゃない』って。
だから、私は動けるんです」
美津子さん:
「この歳になってわかってきたのは、つらいことも、ひとつの種だということ。
いまできることをせいいっぱいしていけば、種がまかれて、いつか双葉になって、茎が伸びて、花が咲いて、実がとれるんだって、思うようになりました」
美津子さんのお話を聞いているうちに、私の心にも光が差してくるような気がしました。
【写真】長田朋子
もくじ
「黒豆」土屋美津子・等一
埼玉県東松山で「ギャラリー黒豆」を営んでいる美津子さんと、挽物金属加工を得意とする等一さん。夫妻で協力しながら、古道具やオリジナルのパーツを組み合わせて、ユニークな照明器具を制作している。
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