【行ってみたい、あのお店】断られても反対されても、自分の直感を信じた(岡山・belk)
編集スタッフ 野村
旅の醍醐味のひとつに、素敵なお店との出会いがあると思います。
ハッとするような内装に居心地の良さを感じたり、忘れられないほど美味しい食事ができたり、見慣れぬ景色に感動したり。そして、そんなことがきっかけとなって、店主さんやお客さんたちとふとした会話が生まれることもありました。
そうした会話の中で聞くことができたお店の成り立ちや苦労話に耳を傾けるあの時間は、旅の中でも特に大事にしたい瞬間になって、自分の中にいつまでも残り続けているなぁと感じます。
旅行が以前より身近なものではなくなってしまって、そんな時間のことが恋しくなることもしばしば。
そこで今回の特集では、全く違う土地にある3つのお店の方達にお話を伺い、店主さん達と実際にお話をしているような時間をお届けできればと思います。
今回お話を伺ったお店は、岡山県の丘の上にあるカフェ「belk(ベルク)」です。
ディジュリドゥ奏者から、カフェ店主へ
岡山県玉野市と倉敷市の間にそびえる標高235mの王子が岳(おうじがたけ)。その山頂付近は瀬戸内海を一望できる絶景が広がる場所です。そんな丘に佇むのが、カフェ「belk」。
2017年のオープンから5年が経ち、県内外から多くの人が訪れるお店です。
お店を営むのは、玉野市で生まれ育った北村健太郎(きたむら けんたろう)さん。
カフェを始めるまでは、オーストラリアの先住民アボリジニの民族楽器であるディジュリドゥの奏者として活動していたという北村さんは、これまでお店を営んだ経験がありませんでした。
そんな彼が、市の公共施設だった場所を借り受け、カフェの営業を始めたところからbelkの歩みは始まっていきます。
北村さん:
「この山の麓に実家があり、小さい頃からよく登っていて、すごく好きな場所でした。ディジュリドゥ奏者として各地を回っていたのでしばらく地元を離れていましたが、久しぶりに実家に戻ってこの山に再び登った時、瀬戸内の海が一望できるこの景色と自然が美しくて素晴らしいなぁと感じたんです。
その時に目に入ったのが、今のbelkがある建物でした。市の公共施設で、山登りをしてきた人たちの休憩所として開かれた場所だったのですが、その当時は使われずほぼ廃墟のような状態。
でもその建物を見た時に、自分の中でビビビと電気が走ったんです。この場所で何かをしたい、そんな思いが湧き上がってきました」
猛反対にあったカフェの開店だったけれど
▲王子が岳の山頂付近にある施設「王子が岳パークセンター」内にbelkがあります
北村さん:
「ここで何をしようと考えた時、届けたかったのはこの場所での時間や体験で。それならばカフェや喫茶店という形がいいと思って、市役所にあの場所でお店をやりたいと相談しに行きました。
お店の経営もしたことがない個人がいきなり押しかけてきたようなものなので、もちろん最初は断られたんです。
でも断られた後でも、ビビビときた電気はずっと残って諦めきれずにいて。それからもしつこく市役所に通い続けて、自分がやりたいお店の形のこと、訪れた人に楽しんでもらいたい時間のことを伝え続けていきました」
北村さん:
「そうして話をし続けていると、市役所の中でも『面白いんじゃないか』と言ってくださる方が増えてきて。
念願かなってこの場所を借りることができたのですが、実は友人など大部分の人からは反対されていました。簡単に歩いて行けるような場所ではないし、有名な観光地でもないし、商売として成り立たないよと。
それでも、この場所から見える自然の美しさに感動したあの瞬間の気持ちを信じていたので、怖さはありませんでした。こんなに良い景色が広がっているんだから、なんとかなるんじゃないかって思えたんです」
belk=山。自然との架け橋のような場所に
「belk」という店名は、ドイツ語で山の意味。自然にまつわる世界各地の言葉の中から、北村さんがピンときたものをお店の名前として選んだそうです。
北村さん:
「このお店が、自然と人との架け橋になれたらと思っています。
日々慌ただしく過ごす中で、もっと自然をぼーっと眺めるような時間があってもいいんじゃないかなぁと。そんな時に自然の中で、おいしいコーヒーやお菓子、音楽や人と共に良い時間を届けられたらと思っています」
▲店内で開催された音楽会
belkでは店内やお店のある丘を舞台に、不定期で食事会や音楽会などのイベントを開催する日も。
北村さん:
「自然の中で聴く音楽が好きなんです。料理やワインも自然の中だとよりおいしく感じます。
普段僕たちが接しているものでも、自然の中だと途端に表情を変えることがあって。
そんな自然の中での感覚を皆さんにも届けられたらと、音楽家や料理家の方たちと共にイベントを企画しています」
「心に野が咲く」きっかけになれば
これからのbelkは、どんな道を歩んでいきたいか。そう考える時に大切にしている言葉があります、と北村さんが教えてくれました。
北村さん:
「belkでは、『暮らしに自然を、心に野を。』という言葉を大切なテーマにしたいと思っているんです。
『暮らしに自然を』というのは、日常の中に自然があるということは暮らしを豊かにしてくれる、ということ。
お店に来てくれるお客さんから『まるで非日常な空間で素敵です』と感想をいただけることも多くて、とても嬉しいのですが、自然は日常の中にこそあるべきものだと思うんです。
belkは日常的に来れる身近でオープンな存在でありたいし、誰もがここに来たら、一杯のコーヒーで自然と触れ合えるような場所にしていきたいです」
北村さん:
「『心に野を』という言葉には、僕の原体験も重なっていて。星野道夫さんの著作『旅をする木』(文芸春秋)に、『もうひとつの時間』という個人的に大好きな一編があります。
その一編には、僕たちが都会の中で慌ただしく過ごしている同じ瞬間にも、アラスカの大海原ではクジラがジャンプして海を爆発させていたり、北海道の山奥ではヒグマが悠然と歩いていたりしていて、そうした存在を意識できるかどうかは天と地ほどの差がある、というようなことが書いてあって。
僕はかつてディジュリドゥ奏者として、勉強のためにアボリジニとオーストラリアの豊かな自然の中で共に過ごしていました。その後日本に戻った時に、今いる場所がすごく窮屈に感じて気持ちがしんどくなってしまったことがあったんです。
そんな時に、地元のこの山を登って目の前に広がる瀬戸内の自然を眺めていると、かつてアボリジニと暮らしていた頃の広大なユーカリの森や真っ赤な大地や夕日が、今この瞬間にもつながっているんだと思うことで心がスッと楽になりました。
その瞬間が、僕の心に野が咲いたような経験として感じられていて」
北村さん:
「都会の中で過ごしていると、目の前に自然が広がっていない、なんてこともあると思います。
でもこの瞬間も、belkのある瀬戸内では今日も穏やかな風景が広がっているんだ、と思ってもらうだけで、少し心が楽になったり晴れやかになったり、そんな存在であれたら嬉しいと思っているんです」
北村さんは、まだまだbelkとしてやりたいことはたくさんありますと、ワクワクとした表情をたずさえて話していました。来年の春には、丘の麓に一日一組が泊まれる宿のオープンも予定されているそう。
彼とのお話を通して、belkで過ごす時間を想像していると、瀬戸内の穏やかな海と山とに包み込まれているかのような温かさを感じられた気がしました。
【写真提供】belk
もくじ
北村健太郎
株式会社belk代表。ディジュリドゥ奏者でもあり、アボリジニ・ヨルング族と生活を共にし自然と生きる彼らのライフスタイルを学ぶ。帰国後、「暮らしに自然を、心に野を。」をテーマに瀬戸内の丘の上でbelkを営み活動する。現在、丘の麓に一日一組の宿を準備中。来春完成予定。 Instagram:@_belk__
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