【行ってみたい、あのお店】「いち生活者」の僕たちだからこそ提供できることを探して(沖縄・mui たびと風のうつわ)

編集スタッフ 野村

旅の醍醐味のひとつに、素敵なお店との出会いがあると思います。

特にお店の店主さんとの会話の中で聞くことができたお店の成り立ちや苦労話に耳を傾けるあの時間は、旅の中でも特に大事にしたい瞬間になって、自分の中にいつまでも残り続けているなと感じます。

旅行が以前より身近なものではなくなってしまって、そんな時間のことが恋しくなることもしばしば。

そこで今回の特集では、全く違う土地にある3つのお店の方達にお話を伺い、店主さん達と実際にお話をしているような時間をお届けできればと思います。

今回お話を伺ったお店は、沖縄・南城市にある小さな宿屋「mui(むい)たびと風のうつわ」です。

 

沖縄の集落に佇む、夫婦で営む小さな宿屋

沖縄本島南部に位置する南城市。その海辺には沖縄の稲作発祥の地と呼ばれ、多くの歴史と文化が残る「百名(ひゃくな)」という集落があります。

その集落のはずれで、西悠太(にし ゆうた)さんと美冴(みさ)さんご夫婦が始めたのが「mui たびと風のうつわ」という宿。

4棟ある宿泊棟に1組ずつ泊まれ、思い思いに過ごすことができます。

実は私・野村も以前「mui」に宿泊したことがあります。

ここでの滞在では、窓から入ってくる光が作る影の美しさに気づいたり、置かれている本を読む時間が心地よく感じたり。いつも以上にひとつのことを素直に楽しむ気持ちを取り戻せた時間となったのが、新鮮な驚きとして心に残っています。

▲外とつながった宿の共用空間には囲炉裏やベンチが設けられ、日中は宿泊者以外も利用できるカフェとして開放している

 

「暮らしと共にある沖縄」の風景に憧れて

7年前に沖縄に移住してきた西さん夫婦。沖縄の地で宿を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

悠太さん:
「いつか宿をやるんだ、という大きな志があったわけではないんです。

僕は学生の頃からバックパッカーをしていて、妻も旅が好きで。2人でいろんな場所を巡りました。お互い同じ企業に就職し、海外駐在なども経験しながらサラリーマンとして10年ほど働いていました。

その間に子どもも生まれて、これからどんな風に暮らしたいだろうということを考えた時に、自分たちは、子どもとゆっくり向き合える時間が持てるような落ち着いた環境で暮らしたい、という思いが強くなっていきました」

悠太さん:
「僕の姉が結婚して沖縄に住んでいたので遊びに行く機会があって。その時に、いわゆるリゾートではなくて、豊かな自然の中で周りの人たちと関係していくような、暮らしと共にある沖縄の魅力に惹かれて、いつか移住するならこの土地がいいなと思ったんです。

子どものことを考えると好きに旅をするのは難しいし、何を生業に生計を立てていくかを考えた時、『旅先で出会った人との思い出や時間』というのはずっと良い体験として心に残っていました。

だから、いろんな地域や国の人たちが訪れてくれる宿はお店として素敵だなと思って、沖縄で宿をしようと思いました」

 

でも、新しいことを始めるのは怖かった

お店を始めるにあたってノウハウもツテもなかったと話すお二人に、全く新しいことを始めるのは怖くなかったのかと尋ねてみました。

悠太さん:
「今振り返ると、定年まで安心して勤めることができたかもしれない会社を離れるあの瞬間は怖かったです。

でも、同時にこの先のキャリアがどうなっていくのかが見えてしまう怖さも感じていたかもしれません」

美冴さん:
「実は私はあまり怖さを感じていませんでした。夫がやりたいと思うことをやる方が、家族みんなも幸せなんじゃないかと思っていたんです。

どうするか悩んでいた夫に『やりたいことがあるなら家族一緒にやった方がいいし、なんとかなる』と言っていました」

悠太さん:
「そうやって背中を押されながら、一歩を踏み出す経験をしてみたら、もともと自分がどういうものが好きだったのかということに素直に向き合えるようになって。

旅が好きだし、建築が好きだし、ファッションも好きだしと、自分の興味関心に向き合える時間が増えていきました」

 

移住のスタートダッシュは切れなかったけれど

宿を始めるまでには、紆余曲折があったと悠太さんは話します。

悠太さん:
「会社を辞めて、沖縄に移住して購入予定の土地があったのですが、予定通りに進まず購入できなくなってしまいました。

自分は無職で、妻も2人目の子どもを妊娠中。家族で着の身着のまま沖縄に来てしまってどうしようと焦りましたね。

そこで何とか仕事を探して、地域の観光業をしている会社にお世話になることに。

この会社で働けたおかげで、地域のことや人のこと、根付いている文化のことを深く知ることができて、具体的にどんな宿をしたいのかが形になっていきました」

 

何気ない瞬間にまなざしを向けられる場所に

美冴さん:
「訪れてくれるお客さまがチェックアウトの時に、鳥のさえずりが心地よく聞こえたと嬉しそうに伝えてくれることが多いんです。

きっとここじゃなくても、どこにいても鳥の鳴き声は聞こえるもの。でも普段何気なくふれているものの豊かさや魅力は、毎日忙しく過ごしていると流してしまうし、気づきにくいものなんだと私自身も感じます。

宿を始めてから、1年を通して窓から見える月の位置が変わることの面白さや、部屋に差し込む光の角度が違ってくることの美しさに、たくさん気づけました。

だから、muiでの滞在が日常の何気ない瞬間にまなざしを向けることのできる時間になってくれているのだとしたら、一番嬉しい言葉だなぁと」

悠太さん:
「僕たちはずっと『いち生活者』として暮らしてきました。だからこそ提供できる快適さがあるかもしれないと思っています。

毎日の家事・育児・仕事が忙しくて大変とか、いろんな悩みや生きづらさを抱えながら暮らしているといったことは、僕たち自身も感じてきたこと。

だからmuiでは、あれもこれもしなきゃと思い過ぎなくていい、余白の時間を楽しんでいただけたら嬉しいなぁと思うんです」

窓から入る光が美しいと思えたり、置いてあった本を読む時間が豊かに感じられたり。私もそうした余白の時間を過ごせたからこそ、muiでの宿泊が心に残るものとなったのかもしれません。

忙しさに負けてしまいそうな日でも、日常には豊かな時間が溢れているよと、取材を通して西さん夫婦に教えてもらえた気がします。

 

【写真】OOKI JINGU


もくじ

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西 美冴・西 悠太

2015年に沖縄県南城市へ移住。南城市の観光会社に勤務した後、2021年に夫婦で小さな宿屋「mui たびと風のうつわ」をオープン。宿では、南城市で活動する作家の器などの作品販売や、沖縄の食材をふんだんに使用した朝食やカフェメニューも楽しむことができる。HP:https://mui.okinawa/ Instagram:@mui_okinawa


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