【あの人の本棚】後編:今読みたいのは、世の中をフラットに見るための本(フリーランスPR/編集者・森祐子さん)

ライター 嶌陽子

気になるあの人の本と本棚を見せてもらう特集。フリーランスPR・編集者の森祐子さんの自宅を訪ねています。

前編ではさまざまなジャンルの本をはじめ、旅先や日常で集めたオブジェなど、森さんが好きなエッセンスが並ぶ本棚をじっくり見せてもらいました。

後編では本との関わり方の変遷と、心に響いた本、大切にしている本について聞いていきます。

 

子どもの頃、コロボックルは絶対にいると信じていました

小説や随筆、童話、写真集、ビジュアルブック。森さんの本棚には本当にさまざまなジャンルの本が並んでいます。これまでどんな本を読んできたのか、どんなふうに本と付き合ってきたのかを聞いてみました。

森さん:
「子どもの頃は、とにかく本をたくさん読んでいました。小学生の頃、放課後は友達よりも母親と過ごすことが多くて。母に導かれるままに本を読むようになったんです。

ナルニア国物語などの有名な児童文学は一通り読みました。(前編で紹介した)大草原の小さな家シリーズや佐藤さとるのコロボックル物語を読んだのもこの頃。自分には見えないけれど、コロボックルは絶対にいると信じているような子どもでしたね」

森さん:
「あの頃は本を読むことは “日常” で、ごはんを食べたりするのと同じくらい当たり前のことだったような気がします。

そこからだんだん、難しめの本を読むのがおしゃれ、みたいになっていって。先日、17歳の時の日記が出てきたんですが、それを見ると吉原幸子、安部公房、堀辰雄、茨木のり子なんかを読んでいたみたいです」

森さん:
「大学を卒業して出版社に入ったら、まわりに読書家の先輩たちがいて。『あの作家の新刊、読んだ?』っていうような会話が行き交うような職場でした。

仕事は忙しかったのですが、よく本は読みましたね。吉田修一、吉本ばなな、江國香織……。仕事も兼ねて、その頃話題になっていた作家の本もほとんど読んでいました。

当時、好きだったのは宮本輝です。彼はどんなにダメなところがある人でも、決して批判せず、かといって持ち上げもせず、ただその人の営みを淡々と描いていて。

人間は誰もが難しいものを内部に抱えている、そんな中でどうよりよく生きていくか、ただそれだけのこと。物語を通じてそんなことを教えてくれた人だなと思います」

 

言葉の世界から視覚の世界へ。求める本も変化して

森さん:
「出版社に10年ほどいたあと、30代前半からミナ ペルホネンでプレスの仕事をすることに。さらに忙しい日々になって、手に取る本も少し変化しました。

出版社にいた頃は “言葉” の時代。本を読むことで、仕事の道具でもある言葉を拾っていたのかもしれません。

ミナ ペルホネンに入ったら、言葉に加えてビジュアルのクリエイティブな表現が大事になってきて。言葉や物語の本よりもビジュアルブックを求めていたし、そういう本をたくさん見ては視覚からたくさんの情報を得ていたようにも思います。

この時期、何人ものアートディレクターと仕事をさせていただきました。サイトヲヒデユキさんという装丁家もその一人。彼の本も、何冊も持っています」

▲森さんが編集を担当し、サイトヲヒデユキさんがデザインを手がけたミナ ペルホネンのビジュアルブック『ripples』。

森さん:
「プレスとしてミナ ペルホネンというブランドについて発信する際には、出版社時代に積み上げてきた言葉が生きたと思います。

ふわっとした言葉だけだと、伝えたいことが曖昧になってしまう。かたい言葉で語ることで芯のある物語が生まれると思っていたので、言葉の使い方などはすごく意識していました」

 

最近は、哲学書を読んでみたいと思ってるんです

ミナ ペルホネンで10年あまり働いたあと、数年前、40代半ばでフリーランスに。最近の森さんはどんな本を読んでいるのでしょう?

森さん:
「今は社会情勢も含めてこれからどう生きるか?を考えたい時期。その際、あまり偏らずにフラットな目で、世の中を冷静に見極めていきたいと思っています。

だから今読みたいのは社会の情勢に関する本。それも一つの考え方を押し付けるようなものではなく、対極を見せてくれるような本や、ニュースなどで言われていることとは違う視点を教えてくれる本などを求めています。哲学書を読み通したいっていう願望もあるんです」

森さん:
「最近はいろいろな考えを知りたくて、斎藤幸平や森田真生、中島岳志、伊藤亜紗、千葉雅也などを読みました。電子ブックで読むことも多いです。ビジュアルブックは手に入らなくなることも多いので、いいと思ったものは買います。

仕事以外の家時間はほとんど娘と過ごす時間に当てていることもあって、物語に没入するような小説は、最近読んでいません。今はそういう本は求めていないのかもしれないですね。

また何年か経ったら、そういう時期も来るかもしれません」

▲最近、夜ベッドで読んでいるのは『ははとははの往復書簡』(晶文社)と『ことばのしっぽ』(中央公論新社)。「『ことばのしっぽ』は娘と一緒に読んでいます」

 

小説からビジュアルブックまで、心に届いた本

言葉とアート、それぞれの世界でたくさんのものをすくい上げ、育んできた森さん。今は2つの世界を自由に行き来しながら、さらに視野を広げているように見えます。

最後に、これまで心に深く届いた本、大切にしている本を教えてくださいとお願いすると、たくさんあるから……と迷った末に、ほんの一部を見せてくれました。

 


人と人の心の交わりが
伝わってきた短編集


『体の贈り物』レベッカ・ブラウン/マガジンハウス

森さん:
「翻訳者の柴田元幸さんが昔から好き。 “体の贈り物” という言葉自体も好きです。20年ほど前に出版された本なので、読んだのもずっと昔なのですが、とても心に届いたという記憶があります。

エイズ患者の世話をするホームケアワーカーが語り手で、彼女と患者さんたちの交流を描いているのですが、淡々とした語りから、現実を前にした人同士の心のやり取りを感じて。

思いを届け、受け取る。そういう心のやり取りに感動したし、憧れも感じていたのかもしれません」

 


娘とも一緒に読んだ
大人のための童話


『ちいさなちいさな王様』アクセル・ハッケ/講談社

森さん:
「これは友人から贈られた本です。大人として生まれて歳をとるにつれて小さな子どもになっていく世界の人が、現実の世界にまぎれこんでくるという、大人のための童話。

王様と主人公が対話する中で、人生とは何かということを押し付けがましくなく、ふんわりと語っています」

森さん:
「娘が小学生になった頃、寝る前にこの本を読んであげていました。

いつも読み終わる前に寝てしまっていたんですが。最近、娘がふりがなを途中までふって、自分で読んでいました」

 


服装や暮らし、言葉など、
素敵な生きざまに惹かれて


『ターシャの家』
ターシャ・テューダー (著), リチャード W.ブラウン (写真)/
メディアファクトリー

森さん:
「ターシャ・テューダーの家と、彼女が愛用した服や日用品を写真と文で紹介した本です。

ターシャの本は何冊か持っているんですが、まずは彼女のビジュアルが好き。手作りの服とか、巻いているスカーフとかショールとか。

家を建てて自給自足の暮らしをするなど、思い込んだらやり抜くところもすごいなと思って。

彼女が描いた絵本をすごく深く知っているわけではないのですが、この本に出てくる彼女の話す言葉を含め、生きざまが素敵だなと感じる女性です」

変わらずに好きな本、その時の自分が求めていた本、偶然にめぐりあった本……。多種多様な本が並んだ本棚は、なんだか自由な雰囲気に満ちていて、どこか森さん自身の佇まいとも重なるような気がしました。

私も常に心を開いて、さまざまな本との出合いを楽しんでいきたい。そうすることで、本棚も、本との関わりも、さらに面白くて奥行きのあるものになっていく気がします。

 

【写真】井手勇貴


もくじ

 

森 祐子

出版社の編集者、ミナ ペルホネンのプレスを経て2019年に独立。フリーランスのPR、編集者として、ものづくりのPRや展示企画、雑誌やWEBなどの編集や執筆を行っている。Instagram:@yukom075


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