【57577の宝箱】憧れの映画のヒロイン真似て切る 黒髪に宿る小さな祈り

文筆家 土門蘭


ずいぶん長い間、おかっぱ頭で過ごしている。

「ショートボブ」とも言うそうだが、美容院ではいつも「おかっぱにしてください」とお願いしている。その方が自分の思い描くイメージに近い気がする。

唇の高さで髪の毛を真っ直ぐ切り揃え、襟足は刈り上げ。前髪も眉毛の上でぱっつんと切り落としている。色はずっと地毛のままで、もうずいぶん染めていない。この髪型に落ち着いてから、もう十年近くなるだろうか。

「土門さんはずっとその髪型ですね」
と、以前知人に言われたことがあった。「いつ見ても一定の長さですよね」と。
確かに周りの人を見ていると、結構な頻度で髪型が変わっている気がする。久しぶりに会うたびに「髪が伸びたね」「髪を切ったんだね」「髪の色かわいいね」などと言っているように思うが、私は常に一緒だ。月に一度切り揃えてもらうので、ほとんど変わることがない。

いつも髪を切ってもらっている美容師さんには学生の頃からお世話になっているが、彼も会うたびにコロコロと髪型や髪の色が変わる。この間は青色からピンク色になっていて驚いたが、どちらもよく似合っていた。それでそう言うと、
「蘭さんもそろそろ髪型を変えてみてはどうですか」
と言われた。10年も同じオーダーなので、心配してくれたのかもしれない。
「何かを変えるには、髪型を変えるのが一番手っ取り早いですし、楽しいですよ」

確かにその通りだと思うし、変化を好む彼の期待に応えたいとも思ったが、私はちょっと考えてから、
「やっぱり今日も、いつも通りで」
とお願いした。

私は今の髪型をとても気に入っているし、この髪型が一番落ち着く。そう話すと美容師さんは、
「それなら仕方ないですね」
と、満更でもなさそうな顔でハサミを手に取った。

§

この髪型に至るまでは、いろんな髪型を試していた。

子供の頃は腰まで届きそうなロングヘアだったし、大人になってからはベリーショートにしたり、ウルフカットにしたり、パーマをかけたり。髪の毛の色も、全体を薄めの茶色に染めて黒いメッシュを入れるなど、凝ったことをしたこともあった。でもどの髪型も、正直に言うとしっくり来ていなかった。

今の髪型にしようと思ったのは、明確に理由がある。
伊丹十三監督作品の『マルサの女』を観たことだ。私のこのおかっぱ頭は、宮本信子さん演じる主人公・板倉亮子がモデルになっている。
『マルサの女』は子供の頃にも金曜ロードショーで観たことがあった。そのときもおもしろい映画だなぁと思っていたのだけど、10年前にもう一度観て、そのとんでもないおもしろさに改めて驚いた。

板倉亮子は、東京国税局査察部の調査官。通称「マルサ」は365日休みがないほどの激務で、精神的にも肉体的にも危険で過酷な仕事が次々やってくるのだけど、彼女はいつもそれにタフに挑みかかる。
怖い人に勢いよく文句を言われてもそれ以上に言い返すし、どこにでも飛び込んで脱税の証拠を見つけ出す。
何が起きても絶対に怯まない、逃げ出さない勇敢さ。そして、嬉しいことがあると飛び上がって喜ぶ、素直さとチャーミングさ。

大人になって仕事を始めてからそんな彼女に再会すると、「なんてかっこいい女なんだろう」と思わざるを得なかった。圧倒的なエネルギーとプロ意識に、とても憧れた。彼女は心から楽しそうに、夢中になって仕事をする。見ているだけで、こちらまで元気になれそうな。私もこんな人になりたいなと思ったのが、おかっぱ頭にしたきっかけだった。

おかっぱ頭にしてから気づいたが、この髪型はとても効率的だ。
寝癖がついても水でちょちょっと濡らせばいいし、洗髪したあともドライヤーを当てればすぐに乾く。そのまま櫛でとかせば、ワックスやヘアスプレーなどで整える必要も特になく、全然手間がかからない。なるほど、多忙な板倉亮子がこの髪型を選ぶわけだ(彼女はよく寝癖をつけているが)。

§

私は毎朝髪の毛を櫛でとかすたびに、板倉亮子のことをほんのり思い出す。そして、「彼女のようにかっこいい女になりたい」と思った自分のことを。

10年経った今も、私はまだまだ板倉亮子に近づけていない。怖がりだし、手抜きをしたがるし、すぐにガソリン切れになる。だけど彼女のことを思い出すたび、いつも少し背筋が伸びる。そして、彼女に似せた髪型を整えながら、「ちょっとでも彼女のようになれたら」と思うのだ。

憧れの人というのは、思い浮かべるだけで私を励ましてくれる。板倉亮子はそんなことを私に教えてくれた。まるでひまわりが太陽に向かって咲くみたいに、憧れの人は私を照らしてそちらへ引っぱってくれる。

そんなわけで、私はおかっぱ頭を続けている。
勇敢で、タフで、素直で、愛らしい。そんな人の髪型が、私のお守りになっている。

 

“ 憧れの映画のヒロイン真似て切る黒髪に宿る小さな祈り ”

 

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

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