【ひとりも好き】前編:足りていないのは「自分の速さで生きる時間」?
ライター 小野民
日々に追われていると、どうしても後回しになるのが「ひとりでいること」。でも、優先順位が低いからといって不必要というわけではないのです。むしろ、わたしはひとりで過ごす時間も好き。To doや生産性とは遠くても、ひとりを味わうことで得ているものがある気がします。
しかも、自分の時間が持てていないと余裕がなくなって、ちょっとしたことにイライラしたり、人にやさしくできなくなったり。
だとすると、「ひとり」と「やさしさ」には、何か関係があるのでは? と仮説を立ててみました。
共に考えを巡らせてくれたのは、本の読める店『fuzkue(フヅクエ)』を営む阿久津隆(あくつ・たかし)さん。東京の初台、下北沢、西荻窪にある3店舗はどれも、ひとり静かに本を読むための場所です。
店づくりを通して、また、たくさんのお客さんを見ながら、ひとりで過ごすことについて考えてきた阿久津さんなら、このテーマについてあれこれお話しできそうです。
やさしさの栄養は、ひとりのときに満たされる?
やさしさとひとり。何か関係ありそうな気がするんですが……と阿久津さんに切り出すと、「やさしさっていいですねぇ」と言って、意外なことを教えてくれました。
阿久津さん:
「実はfuzkueのキーワードのひとつに『敬意』があって。スタッフとは『親切でありたいよね』ってよく話してるんですが、やさしさというテーマにも関係していそうです。
自分も隣の人も気持ちよく過ごすために、何をすべきか、あるいはしない方がいいのか。そんなことを考え続けてfuzkueをやってきましたが、ここにいると、お客さんも同じように考えてくれているように感じることがよくあります。
みんなそれぞれただ本を読んで過ごしているだけなんだけど、それぞれがのびのび気持ちよく過ごせるように敬意を払い合っているように感じる時、すごくきれいな場所だなって眺めているんです」
店内にお客さんがぽつんとひとりだけのときよりも、数人が思い思いに本を読んでいる空間の方が、それぞれの満足度が高そう、との見立ても。
阿久津さん:
「帰り際に『ありがとうございました』と言ってくれる方がけっこう多い。満ち足りたひとりの時間を過ごしてもらえたんだな、と思えてうれしい言葉ですね」
時空を超えて整う、小説のなかの一人旅
阿久津さんはきっと「ひとりでいること」も上手に違いないだろうと話を向けてみました。
阿久津さん:
「最近、あまり自分を大事にできてないなぁという反省もあるんですけど(笑)。
銭湯へ行くのがひとり時間の過ごし方でしょうか。あとは、通勤電車で本を開くだけでも、結構違ってくるんだと思います。つい最近、混み合った電車で立ちながら小説を読んでいたんです。
ほんの1ページ読んでる時間の中で、自分の体から完全に出て、小説の舞台である2006年のイタリアにいた瞬間があった。別の時間軸に行くだけでも結構『整う感じ』があると思いますね。
その体験は映像や音楽ではなく本だからこそのものかもしれません。舞台を自分の頭で立ち上げていく。かなり能動的な体験だからこそ、カチッとはまったときに小説の中の世界に入り込むことができるのかなと」
忙しくてなかなかひとりの時間を過ごせていないという阿久津さんは、「2週間くらい小説を読んでないとすごく物足りない感覚になる」そう。
その状態を、「自分の輪郭みたいなものがどんどん社会の形と一緒になっていっちゃいそうな感じがする」と表現していたのも印象的です。
「社会」と「自分」を行ったり来たり
阿久津さん:
「ひとりでいることって、自分自身の速さでいることだと思うんです」
ぐるぐる考えていた、ひとりでいることの新しい解釈に、なるほどと目から鱗が落ちました。
それぞれに自分の速度があるのは、生活していれば体感していること。でも、慌ただしく時間に追われていたり、周りに合わせていたりすることが多いと、そんなことは忘れてしまっています。
阿久津さん:
「僕も、fuzkueを開店した頃は、ひとりという物理的な人数にこだわっていたところがありました。でも、ひとりでいることって、自分のペースでいられているかどうかが大事かなって。
例えば、複数人で来店されると、それぞれのペースが合わないこともあるだろうな、と想像していたんです。一方は帰りたくてそわそわ、もう一方は時間を忘れて読書に没頭しているという状況にはなってほしくない。だからひとりで来てほしかった。
でも、毎週のように来てくださるご夫婦や、お母さんと娘さんなどを見ていると、全然無理がなさそうで。お互いの時間の速さが合う人達であれば、2人でいても、『ひとりでいること』はできて、自分自身の時間を過ごせるんだな、と思うようになったんです」
阿久津さんがfuzkueで感じる、きれいな場所の感覚。それはきっと店内に流れる一人ひとりの時間に、居合わせた者同士が敬意を払っている景色なのでしょう。
裏を返せば、人はいつも自分が刻むリズムでいられるわけではありません。やはり、たまに自分の時間を生きることは、やさしくいられる要素にはなりそうです。
「ひとりで過ごす」とカレンダーに書いてみる
阿久津さんのお話を聞くうちに、「ひとりでいること」はますます自分に必要だと思えてきました。ちゃんと味わうひとりの時間は、どうやったら持てるのでしょう。はじめの一歩を指南してほしくなりました。
阿久津さん:
「もういっそスケジュール化しちゃうのがいい気もします(笑)。そうせざるを得ない状況や環境に自分を持っていくのは、有効ですよね。
スマホひとつで何でもできちゃうようになったからこそ、やれることが限られてる時間の豊かさや強さにも気づくようになりました。映画館の良さのひとつにも、映画を見る以外にやれることがないことがあると思います。始まったら2時間見続けなくちゃいけないからこその没入ってありますよね。
だから、まずは『ひとりでいること』ってカレンダーに書き込んでみたらいいかもしれません。ひとりの時間に慣れなくて、なかなか苛烈な体験かもしれませんけどね(笑)」
思い返してみると、わたしが無為に過ごしてしまっていたひとりの時間は、いつもふいに訪れたものだったかもしれません。それに、自分の速さを思い出すことが大切だとしたら、例え体が「ひとり」でも、ずっとスマホを握りしめて眺めているだけだと、自分が満ち足りていないのも頷けます。
To doで埋まっているカレンダーに余白を見つけて「ひとりでいること」と書き込んでみたら、それだけで新鮮な空気がすうっと体に入ってきた感じがしました。
予定は今度の週末。その時は、すっかり忘れてしまっている自分のリズムに耳をすまして過ごしてみようと思います。
【写真】鈴木静華
もくじ
阿久津 隆
1985年栃木県生まれ。埼玉県大宮市で育つ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、生命保険会社に入社。2011年に退職し、配属先の岡山県でカフェの経営を始める。2014年、フヅクエを東京・初台でオープン。著書に『読書の日記』『読書の日記 本づくり スープとパン 重力の虹』(ともにNUMABOOKS)、『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)。
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