【私だって、春を】後編:案外エネルギーを使っているから。春は労いの季節です
編集スタッフ 岡本
春といえば、出会いと別れの季節。そんなイメージが染みついているからでしょうか。変化が苦手な私は、春が来るとどこかそわそわしてしまいます。思えば、気温差や花粉の影響で体調がいまいちという日も多いような。ふとした瞬間に自分のなかにざわつきを覚える春は、心と体が揺らぎやすいなあと感じています。
そんな春を楽しみきれない私なりの過ごし方を見つけたくて、文筆家の山本ふみこさんにお話を伺ってきました。前編では、細やかに季節の移ろいを捉えて、旬を楽しむ七十二候のことや、春を感じる家仕事についてお届けしました。
続く後編では、春のモヤモヤについて一緒に考えていきます。
芽吹く前のような、うごめく何かを感じます
山本さん:
「春は内側から何かが動き出すような感覚がありますね。
2月の終わりくらいになると、あちこちで芽が出てきたりつぼみが膨らんできたり、庭の畑にも変化が出てくるの。萌え出づる前の、うずうずしているあの感じがこっちまで伝わってくるんだけど、そういうことが人間のなかでもきっと起こっているのですね」
お話を聞きながら山本さん宅の庭を歩くと、にんにくの芽がぴょこんと出ているのを見つけました。周りには、のらぼう菜やブロッコリー、ムスカリの花などがあり、どの草花も日ごとに暖かさを増していることを敏感に察知しているよう。まさに七十二候の「草木萌動 (そうもくめばえいずる)」の言葉どおりの風景です。
山本さん:
「敏感な人は春先の変化の中、気持ちが焦ったりいつもは難なくできていることができなくなったりするのね。花粉症があれば、体調も優れないでしょう?
医師をしている友人たちも口を揃えます。『春になるとこれといった原因のない不調を訴える人が増える』と。それを聞くにつけても、やっぱり植物と同じように人も春はもぞもぞする。それは、自然なことなのかもしれないなあとね、思いました」
楽しげな春の雰囲気のなか、こんなふうに居心地のわるさを感じているのは私だけなのでは、なんて思っていたけれど。芽が出始めた植物と自分の心情を重ねて、花や実をつける前の準備運動みたいなものかと思ったら、悪いものではないのかもという気がしてきました。
変化が多い子どもたちに、やさしい目を向けたい
山本さん:
「春の雰囲気に浮かれたり、かと思うと、ふとネガティブな気持ちを抱いたりして、春は案外不用意になる季節だとも思うんです。だから一段と、言葉に気をつけるようにしています。もぞもぞしていることに気を取られていると、普段は口にしないような言葉がつい出てしまうから」
そう感じるのは、東京都武蔵野市の教育委員の任にあたっていた時の経験がきっかけだと話します。
山本さん:
「2012年から8年間、東京都武蔵野市の教育委員として授業参観をしたり教科書を採択したり、子どもたちや教職員の皆さんとともに活動しました。私自身、三人の娘を育ててきたけれど、あらためて子どもたちを見つめると、どの子もみんな本当に頑張っているんだって痛感させられました」
教育委員の役割は多岐に渡りましたが、特に緊張したのは、小中学校の卒入学式だったそう。
山本さん:
「学校へ来た回数が少ない子どもにも、卒業式の時には『本当によく頑張ったね』って声をかけたい。そういう思いでいました。今は悶々としたものを抱えていても、その子の未来に大事な場所や、心許せる人との出会いがありますように、と願いを込めてね。
それに順風満帆に見える子だって、思うようにできないことがあったりとそれぞれに抱えるものがあるはず。
複雑な感情を抱きながら春を迎えている子どもたちがいるんだっていうことを、大人がちゃんと知っておきたいと思うんです。その上で、理解したいという思いを伝え、やさしい目を向けていたいのです」
頑張っていることを知っている人が、きっといる
熊谷の山本さん宅の目と鼻の先には、小学校があります。朝と夕方、小学生が登下校する様子をたびたび見かけるそうです。
山本さん:
「進級や進学で不安を抱えやすい季節だから、春に元気な子どもの姿が見られると嬉しくなるの。もし今、変化についていけないって思っていても大丈夫だよ。あなたたちが頑張っていることを知っている大人が近くにいるよという気持ちをいつも持っていたいなあ。
うちの田畑の端の道は子どもたちの通学路になっているんだけれど、そこに米と麦を植えてその中を登下校できるようにしたい、というのは夫と私の夢だったんです。休耕田のなかを歩くんじゃなくて、何かが育っていく様子を見ながら通えたら楽しいんじゃないかと思って。
そりゃあ、子どもたちはしみじみ畑を眺めたりはしませんよ(笑)。でも、田んぼがあるとカエルや鳥がくる。遊んだりぼーっとしたりする場所の思い出が少し豊かになるかもしれないじゃない?」
エネルギーを使う、春。どうか自分を労ってあげて
山本さん:
「大人だってそうよね、初めての環境に身を置けばドキドキしたり、スタートに出遅れないかななんて心配したり。自分が当事者でなくても、家族や近しい人たちの門出において同じような気持ちになるもの。
暖かい風が吹いてきて、のほほんと過ごせるような気もするけれど、春は自分のことも、もっと労ってあげてもいいのかもしれませんね」
春に対するモヤモヤをどう言葉にしたらいいだろうと、少し不安な気持ちを抱きながらお会いしたこの日。2時間ほどのおしゃべりを経て、お腹の底の方から力が湧いてくるような感覚がありました。
それはきっと、おぼろげだった気持ちに丁寧に向き合い、「それは自然なことだから大丈夫。頑張りをちゃんと知っている人がいるよ」というお守りのような言葉をもらったから。
これからも春が巡ってくるたびにそわそわしてしまうだろうけれど、そっと受け入れて、薄手の洋服や道端で出会う花たちに密かに心踊らせながら、自分をたっぷり労う季節にしたいと思います。
(おわり)
【写真】木村文平
もくじ
山本 ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。料理や子育て、片づけなど、暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。エッセイ講座の講師としての活動も。著書に『忘れてはいけないことを、書きつけました。』(PHP研究所)、『家のしごと』(ミシマ社)など他多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
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