【和菓子とひとやすみ】前編:もっと知りたい、和菓子のこと。手のひらサイズに広がる世界をのぞいてみたら
編集スタッフ 藤波
デパートや街中で見かける和菓子屋さん。季節ごとに変わるショーウインドーを遠目に眺めてはいいなあと思いつつ、なんとなく敷居が高いように感じていました。
あんこが使われているのは知っているけれど、その由来や作り方については知らないことばかり。
でももし、満開の桜や花火、紅葉……そんな季節の楽しみのひとつに和菓子が加わったなら。いつものおやつがきっと豊かになると思ったのです。
「和菓子のこと、もっと知りたい」。そんな気持ちを携えて、横浜市金沢区にある「たんの和菓子店」を訪れました。
はじめて聞く和菓子のあれこれから、おうちでの新しい楽しみ方まで、和菓子の魅力たっぷりの前後編をお届けします。
古道具にかこまれた、ヒップホップが流れる和菓子屋さん
素敵なユニフォームで迎えてくれたのは、店主の丹野耕太(たんの こうた)さん、ひかりさんご夫婦。
20年以上和菓子作りをしており、現在の店舗を構えてからまる4年になります。
大きなガラス扉を開けて入ると、グレーを基調としたモダンな店内。
ショーケースにはケーキみたいに季節の上生菓子が並び、常温のお菓子の陳列にはヨーロッパの器、奥のカウンターは和物の古道具、ゆるやかなヒップホップやジャズが流れる心地いい空間です。
耕太さん:
「うちの店はいわゆる昔ながらの和菓子屋さんとはまた違った雰囲気かもしれないのですが……。
和菓子に馴染みがない方たちにも知ってほしいという気持ちで、色んな取り組みをしています。
僕自身は幼い頃から和菓子に親しんできて、美味しいだけじゃなく、四季を感じながらその時期だけのものを食べられるのが贅沢だなあと思っているんです」
▲たくさんの人にふらっと入ってきてもらうため、窓が大きく開けた空間にしたり、持ち帰り袋や箱のデザインも工夫しているそう
ひかりさん:
「少しでもお客さんとの会話のきっかけになったら嬉しいので、器や音楽、道具などはあえて自分たちの好きなものを詰め込んでいます。
私は高校生のとき和菓子屋でアルバイトを始めたのですが、そのときはじめて和菓子って人の一生のそばにあるものだと知って、すごく面白いなと思ったんですよね。
お腹にいるときにお母さんが食べる帯締め団子から、1歳のお祝いの一升餅、桃の節句や端午の節句、お彼岸のぼたもちやおはぎ。意味のないものが一つもなくて、知れば知るほど楽しいですよ」
季節も、社会も。たった5cmにひろがる世界
取材は5月中旬。「練り切りあん」という色つきのあんこを使った、季節の上生菓子を作るところを見せてもらいました。
耕太さん:
「季節の移ろいを表す上生菓子には特に力を入れていて、だいたい2週間ごとに変えています。
葉っぱの色一つとっても、今は少し青色を混ぜて初夏の爽やかな緑に、春だったら黄緑っぽくして新芽を表現したり。秋はもっとくすんだ色にするんです」
ひかりさん:
「この、葉っぱであんこを包んだような練り切りは『落とし文』。
実際にいるオトシブミという昆虫が、卵を守るために葉っぱをくるんと巻いてその中に卵を産むのだそうで、その虫をモチーフにしています。
だから、卵みたいな小さな白い練り切りを最後にちょんとのせています」
ひかりさん:
「上生菓子では、伝統的なモチーフや季節のお菓子はもちろん、その時々のニュースや社会情勢をモチーフに考えたりもします。
昨年は、雨雲に隠れて見えなくても星は輝いている、こんな状況だけどいつかまたお天気になるよ、という思いを込めて『雨夜の星』というお菓子を作りました。
他にも令和に元号が変わったとき、羽生結弦選手が優勝したときも記念のお菓子を作りました。
個人店だからこそできることかもしれませんが、本当の意味でそのときにしか食べられないものを楽しんでもらえたらと思っています」
続いて見せてくれたのは、「撫子」という花をモチーフにした練り切り。
ひかりさんが数種類のあんこを綺麗にまるめ、耕太さんが鮮やかな手つきで装飾をほどこします。
花の中心をちょこっとくぼませるのに使うのは、こんなに大きな道具の先端です。
ひかりさん:
「このお菓子は、『撫子』のほかにも石竹、常夏と何種類も言い方があるんです。
時候を考えて名前を決めるのですが、そうやっていくつも呼び名があるのも和菓子独特の面白いところかもしれませんね」
型も図鑑もアイデアになる
厨房に入って思わず目が奪われた、年季の入った真ちゅう製や木製の型。
閉業した和菓子屋さんに譲ってもらったものや、骨董市などで見つけてきたもの、中には江戸時代に作られた型もあるそうです。
耕太さん:
「自分がアンティーク好きでたくさん集めたというのもありますが、昔の型はシンプルにいい素材で作られているので、質もいいしかっこいいです。
作り手の印が押してあったり、使っていた和菓子屋の屋号が入っていたり、色々見ているとロマンを感じますよ。
一つ一つ手彫りなので、同じものはありません。今では残念ながら木型職人も鋳型職人もかなり減ってしまっているので、大切に使っていきたいですね」
▲昔ながらの木型は桜の木を数年寝かせてから作られていることが多いそう
ひかりさん:
「新しいお菓子を作るときには、こういった型や、植物図鑑を見ながらアイデアを膨らませることもあります。
見え方によって自由に使い方を考えられるので、裏面に『年輪』と書かれた木目模様の木型は、うちのお店では波を表現したお菓子で使うんですよ」
店内の端っこに飾られていた鉄製の焼きごても現役。おまんじゅうに焼印をつけたり、上生菓子に模様をつける際にも使うのだとか。
このお菓子はどうやって作られたんだろうと考えるだけで楽しくなってきます。
氷のかわりに願いを込めたお菓子?
今まさに楽しめる6月ならではの和菓子、「水無月」についても教えてもらいました。
夏になるとよく見かける、小豆がのった三角形の和菓子です。
ひかりさん:
「水無月は、6月の異名。一年の半分である6月30日に、半年間の穢れをはらい残り半分の無病息災を願う『夏越の祓(なごしのはらえ)』という行事があり、そのときに食べられるお菓子です。
昔は氷で暑気払いをする文化があったのですが、氷はとても貴重なもので大衆には手が届かなかったのだとか。
そこで氷に形を似せた三角形のういろうに、邪気払いの意味がある小豆を乗せたお菓子を作って、願いを込めて食べるようになったみたいです」
▲定規ではかりながら、側面が汚れないよう1カットごとに包丁を洗って丁寧に切り分けていました
試食させてもらうと、米粉や葛粉でできたういろうはもちっと控えめな甘さ。小豆も決してしつこくない上品さで、噛んでいると米と豆の味を感じます。
美味しいのはもちろん、これを昔の人が無病息災を願いながら食べていたのか……と思うと、なんだかしみじみとした気持ちになりました。
伝統と、新しさと。かろやかに変わっていく
知り合いの住職さんと一緒に考えたという “禅の世界” を表現した和菓子、「まる・さんかく・しかく」。
それぞれどら焼き(どらまる)、落雁(さんかくうち)、もなか(もなかく)という和菓子の定番ですが、潔いネーミングやスタイリッシュなデザインに新しさを感じます。
耕太さん:
「宗教的なことにはあまり詳しくないのですが、日常生活こそが修行だという禅のシンプルな考え方は自分たちの和菓子づくりのポリシーと通ずるところがある気がしています。
素材の味をそのままに、やさしい味わいの、日常的に食べたいおやつ。そんなお菓子を作り続けられたらと思っているので、定番のお菓子も新しい見せ方ができればと。
守らなければいけないものがある伝統的な和菓子屋さんは、やっぱり比べられないかっこよさがありますよね。
だからこそ自分たちは、何にもとらわれずに誰かが興味を持ってくれるような切り口を見つけられたらと思うんです」
色とりどりの季節の上生菓子に、職人さんの鮮やかな手元、受け継がれてきた型。和菓子屋さんは、大人の私でも心からワクワクする空間でした。
伝統的な和菓子屋さんもあれば、少しずつ変わっていくお店もある。家の近くの和菓子屋さんにはどんな世界が広がっているんだろうと、見に行きたくなります。
後編では、おうちで和菓子を楽しむためのアイデアをご紹介します。お楽しみに。
【写真】鍵岡龍門
もくじ
たんの和菓子店(丹野耕太、丹野ひかり)
神奈川・金沢文庫にて和菓子屋を営む。夫婦で和菓子を作り続けて20年以上。季節折々の上生菓子や、大福やおはぎなどの朝生菓子が人気。カフェや茶寮とコラボして、和菓子に合うオリジナルの和紅茶やコーヒーも販売している。Insragramは@tanno_wagashi、HPはこちらから。
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