【あの人の本棚】前編:本は家族。子どもの頃からずっと身近にある存在です(イラストレーター・谷山彩子さん)
ライター 嶌陽子
持ち主の人となりがぎゅっと詰まった本棚。自分も大好きな1冊を見つけて話が弾んだり、興味を惹かれる本について質問したりと、本棚を前にしたおしゃべりはいつだって楽しいものです。
今回訪ねたのは、イラストレーターの谷山彩子(たにやま あやこ)さん。さまざまな雑誌や本、広告などの挿画を手がけたり絵本を出したりしているほか、自然体の心地よさそうな暮らしぶりも人気で、当店の読み物にも何度か登場しています。
大好きだという日記やエッセイから、繰り返し開いている料理本、そして仕事のインスピレーションを得るために時折開くという絵本まで、自宅と仕事場にそれぞれある本棚には、実に多彩な本が並んでいました。
「本は家族」と語ってくれた、その言葉の真意とは? 子ども時代の読書や、イラストレーターになった頃のお話など含め、前後編にわたって紹介します。
「本屋さんへ行く日」がレジャーでした
谷山さんが暮らす都内のマンションには、本棚が2つ。そのうちの一つは、リビングとつながった和室にありました。
一見コンパクトで、背もそれほど高くない本棚ですが、実は前後2列になっているタイプ。予想よりずっとたくさんの本が入っています。
谷山さん:
「この本棚はずいぶん前に通販で買いました。前の棚をスライドできるので奥の本も取りやすいし、棚板の高さも調節できるんです。
奥にはずっと取っておきたい本、それから漫画も入れています。手前にあるのは食べ物関係の本や最近読んだ本、これから読もうと思っている本などです。
子どもの頃から家には常に当たり前のように本がありました。実家には家族が買ってきた本もたくさんあったけれど、結婚してからは、本棚に自分が選んだ本しか入っていない。時々そのことがなんだか不思議に思えます」
▲ここ数年で読んだ中で好きなのは、旅に関する本を執筆している若菜晃子さんの本。
▲「若菜晃子さんの『東京近郊ミニハイク』(小学館)を参考にハイキングに出かけることも。出かけた場所には日付を書いた付箋を貼ってるんです」
谷山さん:
「以前は『本屋さんに行く日』というのをたまに作っていたんです。たくさん本を買って帰ることが、わくわくするレジャーみたいになっていました。
最近は忙しくて、なかなかそういう日を作れなくて。仕事が落ち着いたら再開したいですね」
▲美術作家・詩人の永井宏編集の季刊雑誌『12 water stories magazine』も大切にとってある。「アートワークもきれいだし、いろいろな人が寄稿していて面白いです」
「人に合わせて絵を描かなくていい」と本に勇気づけられた
30歳でイラストレーターになる前は、青山にあるイラストレーション専門のギャラリーに勤務していた谷山さん。並行して自分の絵を描いていたところ、オーナーのすすめで個展を開催することに。それをきっかけに絵の仕事が増えたため、イラストレーターとして独立しました。
谷山さん:
「でも独立したての頃は仕事があまり来なかったんです。売り込みに行って『何でも描きます』って言わなくちゃいけないのかなと思いつつ、それがすごく嫌で。結局売り込みにはあまり行きませんでしたね」
当時の谷山さんが繰り返し読んだというのが、画家、熊谷守一の『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)という自伝です。
谷山さん:
「この人は純粋に絵が好きで描いていて、それで儲けようとか名を上げようとかいう気持ちは全然ないんですよね。そういう彼の本を読んで、私自身も安心して救われたんだと思います。
人に合わせて絵を描くことなんてしなくていいよねって、絵に向き合う心持ちを確認できた本です」
日記やエッセイは「贅沢な同僚」です
本棚の奥の方にある「ずっと取っておきたい本」の中には昭和の名文筆家たちによるエッセイがありました。
▲山口瞳の作品は『江分利満氏の優雅な生活』(現在はちくま文庫より発売中)を皮切りにいろいろ読んだ。「なんでもない日常が描かれているところが面白いです」
谷山さん:
「山口瞳さんの作品は、25年ほど前に国立に引っ越してきた時に買ったもの。山口さんが国立に暮らしていたことを知っていたので、読んでみようと思って。
その当時はまだギャラリーに勤めていたので、国立からギャラリーがある青山までの通勤電車の中でよく読んでいた記憶があります。
沢村貞子さんや向田邦子さんの本も、20数年前に読んで以来、今も時々読んでいます。『私の献立日記』は結婚当時、献立の立て方などの参考にしてました」
▲日々の献立が詳細に書かれた沢村貞子『わたしの献立日記』(現在は中公文庫より発売中)。「登場する料理もどこか懐かしい感じがするんです」
谷山さん:
「日記やエッセイはよく読みます。壮大な物語よりも、身近な暮らしを描いている、ちまちました内容のものが好きなんです。料理や食に関する本もけっこう持っていますが、『この店の料理がおいしい』みたいな内容より、暮らしの中の食について書かれているものが好きですね。
そういう本を通して人の日常を見たいという気持ちがあるのかもしれません」
谷山さん:
「会社に勤めていれば、周りに同僚なんかがいて、いろいろな人の他愛もない日常の話を聞けるけれど、私は一人で仕事をしているのでそれがないでしょう。その分、日記やエッセイを読んでいる、という面もあるのかも。
そう考えると、日記やエッセイは私にとっての贅沢な同僚ですね」
▲高山なおみ『チクタク食卓』(アノニマスタジオ)。「お風呂でも読んでいるので、シワシワになっちゃってるんです」
谷山さん:
「12年前の大震災の後、あまり込み入った本はなかなか頭に入ってこなくて。だからこそ、こういう淡々と日常を書いている本に助けられました。
当時、高山なおみさんが日々の食事の記録を綴った『チクタク食卓』を読んで、揺らいでいた足元を固めるような気持ちになったのを覚えています」
角煮や八宝菜はこれを見て作っています
料理上手で知られる谷山さん。ダイニングにあるもう一つの本棚には、レシピ本が並んでいました。とりわけよく開いている本は、どんなものなのでしょう?
谷山さん:
「『山本麗子の家庭中華』(講談社)は、しょっちゅう見て作っています。角煮は、我が家の定番の味になりました。八宝菜も、簡単なのにものすごくおいしくできるんです」
▲斎風瑞『おうちでシェフ味 ふーみん食堂』(世界文化社)は東京・青山の人気中華料理店「ふーみん」のオーナーシェフによるレシピ本。あちこちに谷山さんによる可愛いイラストが。
谷山さん:
「『ふーみん食堂』もよく開いて作っている本。実は私がイラストを描いているんです。青山の『ふーみん』はその前から大好きなお店だったので、このお仕事の話が来た時は嬉しかったですね。
自分で作るとどうしても自分の味になっちゃうけど、たまにレシピ通りに作ってみると、人が作ってくれたみたいな味になるのが嬉しくて。だから時々こういう料理本を見ながら作っています」
伯母の漫画作品は、きょうだいのような存在
▲漫画コーナー。「松本大洋さんの作品は最近好きになってよく読んでいます」
和室の本棚の一角には漫画コーナーが。漫画好きの知人に教えてもらったり、ネットの情報などで知って読むことが多いそうです。
谷山さん:
「岡崎京子さんの作品は高校時代から読んでいます。『そうだよね』って共感する部分も多いし、私が高校生の頃に読んでいた作品には、ちょっとかっこいい憧れの存在が描かれていたんです」
これも大好きなの、と言ってさりげなく見せてくれたのは目が釘付けになる可愛さの漫画本でした。
作者の名はわたなべまさこといって、日本の少女漫画草創期から活躍し、90歳を超えた今も時々執筆を続けている大家。実は、このわたなべまさこさん、谷山さんの伯母だというのです。
谷山さん:
「私が物心ついたころから、伯母の漫画はずっとそばにありました。幼少期からずっと一緒にいるきょうだいみたいな存在なんですよね」
長年活躍を続ける漫画家が親戚であり、その漫画と一緒に育ったと聞いて、谷山さんの子ども時代や家族についても俄然興味が湧いてきました。
続く後編では、谷山さんが子ども時代の本棚、当時読んでいた本などについて伺うことに。さらには仕事場の本棚も見せてもらいます。どうぞお楽しみに。
【写真】井手勇貴
谷山 彩子
(たにやま あやこ)
イラストレーター。東京都出身。セツ・モードセミナー卒業。HBギャラリー勤務を経て、フリーのイラストレーターに。雑誌・書籍の挿画や広告の分野で幅広く活躍。近著に『文様えほん』『十二支えほん』(共にあすなろ書房)がある。 https://www.taniyama3.com/ Instagram:@a.taniyama3
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