【わからなさとともに】前編:ニュースに心がざわざわ…… その気持ちを、この世界を「味わっている」と捉えてみたら
ライター 小野民
テレビから流れてくるニュースを見ても、まるでちんぷんかんぷんだった子ども時代。ぼんやりと、大人になったら新聞を読み、ニュースの中身を理解している自分がいる気がしていました。
でも、実際はどうでしょう。難しかったり、怖かったり、悲しかったり、テレビや新聞、ネットニュース、SNSに流れてくる情報などに、心がざわざわしてしまうことも少なくありません。
そんな状況を話題にしてみたら、どうやらニュースとうまく付き合えていない気がしているのは、私だけではなさそう。そして、もうちょっと上手に向き合いたい気持ちも共通していました。
単純に解決することではないと思いつつ、誰かに「ニュースとの向き合い方」について、悩みを聞いてもらえたら。そう考えて私たちは、『未来をつくる言葉−わかりあえなさをつなぐために−』の著者であり、テクノロジーと人間の関係性を研究しているドミニク・チェンさんのもとを訪ねました。
ニュースを見てモヤモヤ。その気持ち、わかります
ドミニクさんは、現在早稲田大学の教授。情報学の研究者でありながら、人がいい状態で生きていくための「ウェルビーイング」についての探究も続けてきました。
よりよく生きていくために、うまくニュースと付き合いたいのですが……とモヤモヤした気持ちを打ち明けると、まずはこんな答えが返ってきました。
ドミニクさん:
「ニュースとの付き合い方って難しいですよね。答えがないなりに、このテーマについては考えてきたけれど、正直に言えば、わからない(笑)。でも、こうなったらいいね、みたいな話ができたらいいなあと思います」
ニュースってなんだろう?と思った出来事
ドミニクさん:
「実は、2015年に1年間、ニュース番組に週1回レギュラー出演したことがあって。23時半から0時まで30分間の生放送でした。そこで、ニュース番組をつくるプロフェッショナルに触れられたのはいい経験でしたが、同時にニュースを届ける側の難しさも感じました」
ドミニクさんが出演していたのは、NHK総合テレビの『NEWS WEB』。NHKオンライン内のニュースサイトと連動し、アクセス数が多い話題を取り上げたり、視聴者のTwitterへの投稿がリアルタイムで画面のテロップに流れる参加型の構成だったりと、新しいかたちのニュース番組でした。
曜日ごとに異なるコメンテーターが出演していて、ドミニクさんはそのひとり。そこでは毎回、専門領域に関わるニュースを紹介するコーナーがありました。
ドミニクさん:
「僕が日々研究していることを生かして新しいテクノロジーを取り上げたいと思っていたんです。それを使うことで生活や世の中が変わっていくかもしれないよ、と紹介してみたりしたら、視聴者のみなさんにも興味を持ってもらえるんじゃないかと。でも実際はなかなかチャンスがなくて……。
だんだんわかってきたのは、問題が起きていないとニュースとして扱われづらいということ。
つまり『これから何かが起きるかもしれない』という話題は、あやふやなもので、ニュースとしての価値はあまりない。番組として取り上げにくいのだと知りました。
僕としては、気持ちが明るくなるような話題も、できるだけバランスよく取り上げたいという思いでしたが、そういうようなことが何度かあって、ニュースってなんだろう、と考えさせられましたね」
情報を「栄養」に見立ててみたら、わかりやすい
私たちが目にする、問題や事件を扱ったニュース。その出来事の多さに加えて、一つの事柄をさまざまな視点から伝えるメディアがあることで、頭は混乱しがちです。すべてを知ることはできないなか、ドミニクさんは、膨大なニュースからどうやって取捨選択をしているのでしょう。
ドミニクさん:
「『The Information Diet』という本で知ってなるほどと思ったのが、情報を栄養素として捉えること。ダイエットといっても減量ではなくて、食事を整えるような意味です。
たとえば、偏った意見のニュースばかり見ていると、情報の肥満になっていくという言い方をしていて。要は、甘いものも苦いものもスパイスも味わった方がいいし、いろんな品目を食べましょうみたいな感じです」
初めて知った考え方によって、なんだか頭の中のモヤモヤが晴れていくような気がしました。莫大でつかみどころのなかった「情報」も、食べ物に見立てると身近に感じます。
たしかに、「たんぱく質を取らなくちゃ」、「毎日バランスが取れた献立は無理でも、1週間で栄養の帳尻を合わせよう」みたいなことは、普段の生活のなかで自然に意識しています。
ドミニクさん:
「食べたらちゃんと出すことも大事ですよね。同じように、ニュースを自分の体に溜め込むのではなくて、外に向けて表現することで消化する。そんなことも栄養のメタファーは教えてくれます。
いろんな味をちゃんと知ることで、世界の味わい方が、変化していく。世の中を見る解像度も、さまざまなものを味わった経験を積み重ねていけば、上がっていくはずです」
取り込んで、出してみて。ニュースも代謝させてみる
栄養や食べることに見立ててみると「情報の摂取と表現はセット」とドミニクさん。ニュースと向き合うモヤモヤの原因のひとつには、自分の中でぐるぐると巡らせていることがあるのかも。どう感じたのか話してみることで、視界が晴れてくることもあると言います。
ドミニクさん:
「ニュースについて、当事者じゃなければ、知らない、わからないということがあるのは当然。だからこそ、立場や意見が違う人とも直接対面で話すことが大切です。
なぜかというと、いざ相手を目の前にしたら、自分が正しいとマウンティングをとったり、揚げ足をとったりといったコミュニケーションは、自然としにくくなるから。
相手と『あれ、意見が違いそうだな』と思っても、頭ごなしに否定したりとか、そんなにはひどいことも言えないでしょう。
もしかしたら、自分からは知ろうとすらしてこなかった問題や、話すのが難しいと感じるような話題になる場合もあるかもしれません。だからこそ、そこで、自分のもっている先入観や偏見に気づかせてくれるような人に出会うことだってあり得ます」
ドミニクさん:
「自分とは違う他者を、わからないままでも、一旦受け入れる。そのためには、自分というものがあまりに強すぎると、変わることも受け入れることもできないので、しなやかに柔らかくいられるといいですよね。
そうすれば、自分で立てたアンテナのようなものが、少し広がっていくのではないでしょうか。
遠隔やヴァーチャルでさまざまなことができる時代に、対面で会うってすごく原始的なコミュニケーション方法なんだけど、わからなさということを取り扱うときには未だに有効です」
モヤモヤすること、わからないこと。その状態をないことにするのではなくて、悩める自分をちゃんと受け止めてみようと、ドミニクさんのお話を聞いて思いました。
今日も世の中で起こっていることには、酸いも甘いも、苦みだってたくさんある。いろいろな味を噛み締めることは、ときに大変かもしれないけれど、そうやって世界の解像度を上げてより深く味わえるなら。自分の度量も少しずつ増していくのかもしれません。
後編では、ニュースをキャッチする「自分だけのアンテナ」について。明確な答えはないとしても、ドミニクさんが教えてくれた希望のあるお話をお届けします。
【写真】吉田周平
もくじ
ドミニク・チェン
1981年生まれ。フランス国籍、日仏英のトリリンガル。博士(学際情報学)。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部教授。人と微生物が会話できるぬか床発酵ロボット『Nukabot』の研究開発、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words/TypeTrace』の制作など多岐にわたる活動から、テクノロジーと人間、自然存在の関係性を研究している。
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