【あの人の生きかた】第1話:答えはいつも鍋の中にある。料理家、枝元なほみさんの今までとこれから
ライター 嶌陽子
1日1日をなんだか必死に過ごしてきて、気づけば「人生の折り返し地点」もすぐそこ。これからどう生きていきたいかを考えることも増えてきました。
人生後半、今まで経験したことのないことをしてみたいという思いも浮かぶものの、変化や冒険を恐れる気持ちも湧いてきて、なんだかずっと堂々巡りのままです。
そんな中、「あの人の生き方をもっと深く知りたい」とずっと思っていた人がいました。料理研究家の枝元(えだもと)なほみさんです。長年料理の世界で活躍を続けるほか、最近ではフードロスや貧困、農業などの社会問題にも取り組んでいます。
さまざまなことをパワフル、かつ軽やかに実行していく、その原動力は? 枝元さんはどうやって人生の選択をしてきたんだろう? これまでの道のり、そしていま考えていることを聞きに、ある日の午後に会いに行きました。
遅く始めたなら、遅くまで続ければいい
都内のマンションに訪ねると、枝元さんはあのおなじみの温かい笑顔で出迎えてくれました。
部屋に案内してくれるなり、「サンドイッチ食べる?」と言って、お手製のバインミーを準備してくれます。絶妙な甘酸っぱさの野菜や、カリカリに焼いたお肉が入ったバインミーのおいしいことといったら!
人の心をほぐして元気づける料理の数々を長年にわたって生み出してきた枝元さん。どんなきっかけで料理の道に進んだのですか? そう聞くと、返ってきたのは「偶然」という一言。まずは、料理研究家になるまでのことを話してもらいました。
枝元さん:
「そもそもは役者をやっていたの。それも全くの偶然から。友達が芝居をやっていて、時々手伝いに行っているうちに、大学3年生くらいから自分もやるようになったんです。
大学を卒業してからも芝居を続けて、26歳の時に“転形劇場 ” という劇団に研究生として入ってね。
同じ時期に入った子たちは、私よりもう少し若くて20代前半。その子たちに混じってランニングとかをするんだけど、走るのが嫌いだし遅いから、私だけ後ろからトボトボついて行って 、 “ひとりママさんバレー” みたいだったの。
枝元さん:
「完全に出遅れていたわけなんだけど、3〜4年遅れて劇団員を始めたなら、他の人より3〜4年長く続ければいいじゃんって思ってた。
世の中には『もう歳だから』って思ってやりたいことをためらっちゃう人も多いでしょう。でも、遅くから始めたのなら、遅くまでやればいい、そう思うんです」
劇団の解散から、料理の世界へ
枝元さん:
「実家にいた頃は、料理はほとんどしていなかったの。ただ、学生時代や劇団にいた頃はとにかくお金がなくて。当時一緒に暮らしてたボーイフレンドはバンドをやってて、私は芝居。いつもカツカツの暮らしでね。
だからごはんだって自分で作るしかない。で、やってみたらわりと好きで。
それで役者をしながら無国籍レストランで働いていたの。当時はまだ珍しかったパクチーとかナンプラー、サフランみたいなおもしろい食材が持ち込まれて、これどうすればいいんだろうって考えて。
そこから料理にどんどんハマっていったんです」
枝元さん:
「そのうちレストランで一緒にアルバイトをしていた子が雑誌のライターになって、料理の仕事を紹介してくれて。
ちょうどその頃、30代前半の時に劇団が解散してしまったの。そこから、料理の仕事へとスライドしていったんです」
理想は持たない。目の前のことに取り組むだけ
枝元さんを料理の道へ進ませたのは、劇団の解散という思わぬ出来事。自分の意思とは関係なく起きてしまった事態を、すんなり受け入れることはできたのでしょうか。
枝元さん:
「昔から、計画性がないっていうか、大きな理想や目標を持たないタイプなんです。理想に燃えちゃうと、現実とのギャップに苦しんでしまうもの。
たとえば料理の仕事をしていても『テレビに出てニコニコしてて、楽しそうにお料理してますね』なんて言われるんだけど、そういう華のあることって全体の2割くらい。あとの8割って、うんうん唸りながらレシピを考えたり、買い物に行ったり、重い荷物を持ったり、掃除したり、そういう地味なことだらけなんです。
だから理想を掲げたり “絶対こうなりたい” っていうよりは、目の前のことを一つひとつ、なんとか楽しいと思えるようにしながらやってきたっていう感じなんですよね」
座右の銘は「鍋の中を見よ」
枝元さん:
「本当に偶然に料理の世界に入ったから、料理学校で学ぶなんてことも一切経験してこなかったんです。でも、それがいいって言われることもあって。
というのは、学校で何かを専門的に習ったら、その後も習ったことの枠を外れちゃいけないって考えてしまう人もいると思うのね。
でも私は何も習っていないから、失敗したら『なんで失敗したんだろう』って新しいやり方を自分ですごく考える、その繰り返しだったの。
特に料理って素材も使う道具も環境もその時々で違うから、その都度考えるよりほかない気がするんです」
枝元さん:
「たとえば、料理を手伝ってくれる人に『このお肉を焼いておいて』って頼むじゃない? そうすると『何分焼きますか』って聞かれるんだけど、そんなことを聞かれても分かんないのよ。その時の肉の状態、火の強さ、鍋の厚さなんかを見ながら焼くしかないでしょう?
私の座右の銘は『鍋の中を見よ』。これは私が師匠だと思ってる人(料理研究家の故・阿部なをさん)の言葉なんだけどね」
枝元さん:
「 “正解” が知りたいから、レシピ本とか時計を一生懸命見る一方で、肝心の鍋の中を見てない人が多い気がするんだ。でもマニュアルに頼ってしまったら、そこから自由になれない。
だからとにかく目の前のものを見て、やってみるのがいいんじゃないかなと思うの」
枝元さん:
「私は料理のハウツーを伝える仕事をずっとしてきたわけだけど、食べることや料理に正解ってないと思うの。おいしいって思う味は一人ひとり違うし。
だから、私のレシピの中の一つくらいを真似してくれて、あとは好きに作ってくれたら、それでいいかなと思ってるんです」
「道」がないと思えば、迷わない
枝元さん:
「 “道をきわめる” っていう言葉があるじゃない? 料理でもどんな世界でも、その道をひたすら進んでいくイメージ。
でも “道” があると思うから、外れるのが怖くなっちゃうこともある気がするの」
枝元さん:
「前にスウェーデンに行った時、森の中を散歩しててね。しばらくしたら道が分からなくなって……。その時に思ったの、道があると思うから迷うんだから、道なんて最初からないと思えばいいんだって。この森の中に住んでて、主食はここにたくさん生えてるブルーベリーなんだって思い込もうって(笑)。
でも、大体がそういうものじゃない? 自分のこれまでを振り返ってみても、きれいな道があるわけじゃなくて、どこもかしこもぐちゃぐちゃで、カオス状態。最初からそういうものだって思えばいいんじゃないかな。
料理もそうだけど、 “こうしなくちゃ” って思い込んでると苦しいものね」
料理も生き方も、正解は一つじゃない。答えはいつだって鍋の中=自分の目の前にあるはず。優しい口調で話す枝元さんの声を聞いているうちに、凝り固まっていた頭がほぐれていくような感覚になりました。
料理の世界で長年活躍しながら、40代後半から貧困やフードロスといった社会問題にも取り組むようになった枝元さん。第2話では、新しい一歩を踏み出した際の心境や、続ける中で感じたことなどを伺います。
【写真】井手勇貴
もくじ
枝元なほみ
劇団の俳優、無国籍料理レストランのシェフを経て、料理研究家としてテレビや雑誌で活躍。農業支援活動団体である「チームむかご」の代表やNPO法人「ビッグイシュー基金」の共同代表も務め、雑誌「ビッグイシュー日本版」では連載も持つ。著書に『捨てない未来―キッチンから、ゆるく、おいしく、フードロスを打ち返す』(朝日新聞出版)など。最新刊『枝元なほみのめし炊き日記』(農山漁村文化協会)が9月30日に発売予定。
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