【おしゃれな人】01:やりたいことは、今やらなくちゃ。50代、人生の夢をぎゅっと詰め込んで(今井クミさん)

ライター 瀬谷薫子

やりたいことを形にしているひとには、いつも憧れます。でも、それは思い切り次第。誰だって一歩を踏み出せば、人生は思いがけない方向に動き出していくのかもしれません。

今井クミさんのお話を聞いていると、そんな気持ちが膨らんできました。

▲黒を基調としたシックな内観の『アピスとドライブ』

初めてお会いしたのは、彼女が営む鎌倉のお店「アピスとドライブ」で。笑顔で現れた今井さんは、金髪のボブがとてもお似合いで、ひと目でおしゃれな人だなあ、と惹きつけられました。

そんな彼女は、まさに「やりたいこと」にまっすぐ。

長年デザイナーの仕事をしていましたが、50代後半で、アパレルデザイナーの姪御さんとともにスキンケアブランド「joscille(ジョシーユ)」を立ち上げ、未経験だった化粧品作りをスタート。同時に長く住んでいた東京を離れ、鎌倉へ移住。喫茶店兼ショップ「アピスとドライブ」をオープンし、週末は店に立ち、接客や調理も自身で行なっています。

人生の後半に、やりたかった夢をギュッと詰め込んだような今井さんの経歴は、聞いているだけでワクワクするもの。そんな彼女がどうやって今に至ったのか。今回は彼女の仕事と暮らし、おしゃれについて、お話を伺っていきます。

 

昔から、仕事がなにより好きでした

東京でデザイナーとして活動してきた今井さん。30代前半で会社を立ち上げて以来、さまざまな企業のブランドディレクションやパッケージデザインなどを手掛けてきました。

今井さん:
「神宮前に事務所を構え、たくさんの社員を抱えて、仕事が楽しくてただ夢中で続けてきました。

バブル世代だったので、徹夜で仕事をしてそのまま飲みに行くことも日常茶飯事。今では考えられないようなパワフルな日々でしたが、それもいい思い出です」

中でも印象的だったのは、大手自然食品メーカーとの仕事。化粧品を作るプロジェクトに参加して、小ロットでも本当に良いものを作ろうと、素材にこだわり真摯に取り組む姿勢に感動したといいます。

今井さん:
「それまでデザインの仕事では、商品の外見に関わることがメインで、中身づくりを間近で見る機会がありませんでした。でも、その仕事では企画段階から携わることができ、社員さんの熱意にとても心動かされた。大変だったけれどすごく楽しい仕事でした」

「自分もこんなものづくりがしてみたい」という気持ちは、今思えばその頃に芽生えたのかもしれないと今井さんは話します。

 

いつ何があるかわからない。「やりたいことは、今やらなくちゃ」

そんな中、2020年にコロナ禍に入り、今井さんの会社も初めての全社リモートを経験。

環境がガラリと変わり、戸惑いながら日々を送るうち、心境に大きな変化があったといいます。

今井さん:
「ちょうど緊急事態宣言が出た頃でした。表参道の交差点に立っていた時、信号が青になっても、誰一人外に出ていなくて、道路が空っぽな瞬間があったんです。映画の中みたいな非現実的なシーンで、今でもよく覚えています。

その時にふと、当たり前だと思っていたことって当たり前じゃないんだと感じました。極端に言えば、私にだっていつ何があるかわからない。だから今好きなことをやらなきゃ、と思ったんです」

コロナ禍を経験したからこそ芽生えた、今やりたいことをやろうという思い。そして今井さんが踏み出したのは、スキンケアブランドの立ち上げです。

 

肌が元気になると、心も元気になる

今井さん:
「マスクをし始めて、わたし自身が肌荒れに悩まされるようになりました。そして、不安な気持ちを抱えたまま過ごしていると、それが肌に直結することも痛感したんです。

気持ちが揺らげば、肌の状態も不安定になり、肌の状態が悪いと、さらに気持ちが下向きになってしまう。そんな負のループに、わたしだけでなく周りの友人たちも悩んでいることを知って。身近な人のために役立つものが作りたいと思いました」

▲熊本の牧場の新鮮な原料で作り、匂いと不純物を丁寧に取り除いた『生馬油 (熊本県から)』

そして最初に手がけたのが、この馬油。もともと今井さん自身が馬油を愛用していましたが、独特の匂いやベタつきが気になっていたそう。

試行錯誤を繰り返してできあがった、無臭でさらりとした質感の使いやすい馬油は、「joscille」の看板商品となりました。

 

一歩動いたら、「やりたかったこと」が膨らんできて

今井さん:
「正直なところはじめは、自分にはとてもできないだろうと思っていたんです。でも、製品開発の経験がある知人へ相談しているうちに、気持ちが高まってくるのを感じて。

馬油だけでなく、こんなアイテムがあったら嬉しい、あれも作ってみたい、と作りたいもののイメージがどんどん出てきました。自分はずっとものづくりがしてみたかったんだと気づいたんです」

その後、化粧水に美容液、洗顔料とラインナップは少しずつ増え、今やスキンケアアイテム一式が揃いました。そのどれもが、自分や友人たちの肌の悩みから生まれたもの。できるかぎり自然の素材を使い、使うことで肌はもちろん心が元気になるような思いをこめたもの。

長年たくさんの人に届けるプロダクトに関わってきたからこそ、これからは少量でも、身近な人に届くものづくりがしていきたいと話します。

 

何かを始めると、追い風は自然と吹いてくる

右も左もわからない状態ではじめた商品企画は、もちろん不安もあったと言います。

でも一歩踏み出してみて思ったのは、不思議なほどにご縁が繋がっていくこと。

今井さん:
「『joscille』で展開している化粧水は、富山県の海水や薬草など天然の素材を使用しているのですが、実はもともと富山にご縁があったわけではなくて。

美容液を入れるパッケージを作ってもらった会社が偶然富山にあり、打ち合わせの時に『この場所には魅力的な素材がたくさんありますよ』と教えてもらったことをきっかけに、人のご縁がどんどん繋がり、商品づくりの基盤ができてきたんです」

今や化粧品の枠を超え、食品や器など他ジャンルの商品も企画している今井さん。それらのきっかけも、知人や生産者さんとのご縁から。そうやって思いがけない出会いが繋がり、ブランドが予想もしていなかった面白い方向へ、進み出しているといいます。

今井さん:
「何かを始めたら、不思議と追い風が吹いてくる。そんな瞬間ってありませんか? 『joscille』を始めてからは、まさにそう。思いがけず色々な人と繋がり、新しいご縁が広がってきて、それが今は楽しいんです」

生き生きと「やりたいこと」を追いかけていく今井さん。そこに追い風が吹くのは幸運だからだけではなくて、きっと人を惹きつけるような、強い芯があるから。

はじめてお会いした時に、素敵だなと感じた理由がわかった気がしました。

次回は、そんな今井さんのファッションのお話。歳を重ねてここ数年で変化したというおしゃれについて伺います。

 

【写真】濱津和貴


もくじ

今井 クミ

デザイナー・アートディレクター。スキンケアブランド「joscille」を立ち上げ、鎌倉で喫茶兼ギャラリー「アピスとドライブ」を営む。https://apis-and-drive-shop.com/

 


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