【夜と星空とわたし】前編:都会でも星を見るコツは?夜が楽しみになる星空と星座の話
編集スタッフ 長谷川
知っていそうで知らない、星と星座のこと。
最後に星を眺めたのはいつでしょうか?
思い返せば、みんなで夜空を眺める機会は「天体ショー」なんて呼ばれて、たびたびありましたよね。皆既日食、火星の大接近、金環日食、しし座流星群……。
実は、日本は世界で2番目にプラネタリウムの数が多いそうです。来場者は年間900万人いるらしく、サッカーJリーグの観客動員数とほぼ同じ。
プラネタリウムも良いものですが、星空観察は今夜からでも始められる身近なレジャーです。
その楽しみをもっと広げるべく、「都会で星が見えにくいのはどうして?」「星座はなぜあるの?」などの疑問を、“星と宇宙の専門家” である天文学者の方に伺ってみました。
国立天文台に行ってきました!
▲「行きたい!」と手を揚げた、スタッフ齋藤と代表青木も一緒に、国立天文台三鷹キャンパスへ。
教えてくれたのは、日本を代表する天文学の研究所「国立天文台」の縣秀彦(あがた・ひでひこ)さんです。
縣さんは長野県八坂村(現・大町市)の生まれ。アポロ11号が月面に降り立った数年後、ある冬の夜の「降るような星空」に北斗七星を見つけた小学生は、星や天体が好きなまま育ち、将来は天文学者を志します。
夢を胸にしながら、高校や中学校で理科の教師を14年間務めた後、国立天文台で働くチャンスに飛び込みました。
現在では国立天文台の研究成果をわかりやすく人々へ伝えたり、天文学の教育や普及活動をなさったりしています。
それではまず、縣さんから教わって「えー!」と思わず声を上げた、星空の話題から。
\Point!/
都会でも星を見るためには「15分待つ」
「都会では星が見えないから……」と口にしたこと、一度はあるはずです。でも、今となってはそれも思い込みなのだとか。
縣さん:
「1970年から1980年代は、たしかに都市全体の空気が汚れていましたから、星は見えませんでした。たとえば、光化学スモッグ警報が毎日のように出ていたでしょう?
でも、いまは警報が少なくなった。つまり、空気が良くなったんです。日本は環境に関して第一線の取り組みをしてきた環境大国なんですよ。
空が澄んでいなかった頃の先入観で、特に30代後半、40代の方は『星が見えない』と思い込んでいることが多いんです」
▲まさに40代の代表青木も「そういえばそうかも…」と驚いていました。
では、どうすれば星が見えるのでしょう?
空が晴れているのは前提ですが、大事なのは「星の見方」。夜空に星が見えないのは、街中や部屋が明るいために瞳孔が絞られていて、ちいさな光に目が追いつかないのです。
まずは外に出て、光が目に入ってこないような場所で、15分間ほど暗闇に目を慣らします。明かりの少ない公園や、部屋の照明を消したベランダで、くつろぎながら待ちましょう。
お家にいながらベランダで星空観賞……落ちついた、良い時間になりそうですよね。
\Point!/
星座は「人々の知恵」から生まれた。
「『織姫星がここにあるなら彦星を探そう』みたいに見ると、夜空がより近くに感じられますよ」と縣さん。
花の名前を覚えると毎年咲くのが楽しみになるように、星の名前を覚えるとさらに楽しく観賞できるといいます。
たしかに、ただ見つめるよりも、季節やストーリーを感じながらだと、より良い時間となりそう。
でも、そもそも「星の名前」や「星座」はどうして決められたのでしょうか?
縣さん:
「昔の人々は星を見ることで方位と、その動きから時刻を知りました。昼間は太陽を、夜は星を見て判断していたんですね。
それに、星は一年を通じて見えるものが変わってくるので、季節もわかります。エジプトでは、ナイル川の氾濫から農作物を守るために星を目印に使っていました。
夏の終わり頃に『明け方の南東の空に昇る明るい星』、これをシリウスと呼んで、見えてくると『そろそろナイル川が氾濫する時期だ』と考えたわけです」
とはいえ、シリウスのように目立つ星ばかりではない。満天の星空から方位や季節を知るためには、星の正確な「位置」がわからなくてはなりません。
そこで、星の並びを覚えるために、星と星を線で結ぶ「星座」が生まれたのです。
▲やがて人々は星を詳細に観測するようになっていった。(提供:国立天文台)
縣さん:
「線の結び方は人それぞれでしたから、国や地域でまちまちな星座がたくさんありました。学術的にはそれでは困りますから、1930年に国際天文学連合が88個の星座を定義したんですね」
そして、星座だけでなく、特に目立つ星は「ベテルギウス」や「織姫星」といったように古くから名前も付けられてきました。
私たちが名前で「誰なのか」を判別するのと同じく、星にも名前を与えたわけです。
星座は人々の知恵で生まれたんですね。「昔の人ってすごいなぁ……」と、つい口からこぼれてしまいました(笑)。
\Recommend/
星空をながめながら、自分と対話する。
▲見上げるほどの「大赤道儀室」には大きな望遠鏡がすっぽり収まっている。1929年に完成後、研究者はこの望遠鏡で星空を見つめ続けた。
さて、星に名前をつけたら、他にも良いことがありました。親しみやすくなったのです。
縣さん:
「たとえば、たまたまテレビで音楽番組をやっていて、知らない人の知らない曲だと思って聴くより、懐メロだと心情的に近くなりますよね。たぶん、それはコミュニケーションが始まるからなんですよ」
音楽、絵画、道具、星空……モノ言わぬそれぞれも、名前を知って、気持ちを通わせるように味わってみると、より好きになっていきますよね。
そして、コミュニケーションは人間同士にも広がります。その歴史はずっと昔から続いていました。縣さんはある和歌を例えに挙げます。
縣さん:
「阿倍仲麻呂がこんな和歌を詠んでいます。ここには遠く離れていても、同じ月を観ているという共感が描かれています。
『天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』
その共感は、旅先から友達や恋人、家族にも思いを馳せる瞬間にも重なっています」
(提供:国立天文台)
日本でも古来より星空を眺めてきました。たとえば、1882年9月27日に見られた彗星に驚く人々を描いた錦絵には、彗星の大きさや角度も詳しく描かれています。
彗星は他の天体と異なり突如現れたように見えたためか、古くは大変革の前兆とされたり、尾をなびかせる形から「稲星」と名付けられて豊作の兆しとされることもありました。
──「彗星の圖」(天文奇現象錦絵集),国立天文台ウェブサイトより
この錦絵は、それらの考えを「俗説である」と示すものですが、日本人は星に何かしらの意味を見出してきたといえそうです。
月や星は想いを馳せられる存在として、私たちのそばに居続けてきました。縣さんは、星空を眺めることは、自分自身をちがう枠組みで眺めるチャンスでもあると言います。
縣さん:
「星を見る機会は、自分自身とコミュニケーションする最も良い時間だと僕は思っています。いちばん近くにある星だって4光年離れている、つまり4年前の光なんです。
アンドロメダ銀河という、肉眼でいちばんよく見える星は230万年光。つまり、230万年前の光が宇宙をひたすら旅して自分の目に飛び込んできているわけです。
それは、自分の過去や未来よりもはるかに大きなスケールですよね。目の前のことだけでなく、そういった大きなスケールを意識することで『ふだんとちがう自分』に視点を置けるんです。
そんな時こそ、心と向き合い、目標や夢を捉え、自分と対話できるのだと思います」
話を聞いていた代表青木も「これ以上に大きい考え方のフレームはないと意識すると、ちょっと気が楽になりますね」と頷いていました。
星空から得られるのは、きらめきの感動や四季の移り変わりだけではありません。「星を見る時間そのもの」が自分へのギフトになっているのです。
明日は「大きなスケール」をさらに感じられる、宇宙の話をまとめました。地球以外での「暮らし」を考える日も、そう遠くはなさそうです!
(つづく)
もくじ
縣秀彦(あがた・ひでひこ)
1961年長野県大町市八坂生まれ(現在、信濃大町観光大使)。NHK高校講座、ラジオ深夜便「星空見上げて」(奇数月の第4日曜23:15-)にレギュラー出演中。東京大学附属中学・高校教諭を経て現職。国立天文台天文情報センターで広報・アウトリーチ、教育を担当。専門は天文教育(教育学博士)。天文教育普及研究会会長。「科学を文化に」「世界を元気に」を合言葉に世界中を飛び回っている。
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