【センスのいい人】第3話:なんとかなる、はもう卒業。50代からの「新たな一歩」の始めかた。
編集スタッフ 二本柳
全3話にわたり、特集 『センスがある人のヒミツ』 をお届けしています。
お話をうかがったのは、東京・神宮前にあるイギリス風家庭料理のお店 「SW11 kitchen」 店主の渡辺靖子さん。
1話、2話で見てきた渡辺さんのファッションは、「自分に似合う」 ことを第一におしゃれを楽しんでいました。だからその佇まいはエレガントなのに、とても自然体。
そんな渡辺さんのスタイルは、おしゃれに限らずライフスタイル全体に共通しているそうです。
最終話では、夫婦2人で人生初の飲食業をはじめてから5年が経つという、現在の暮らしについて話をお聞きしました。
英語はしゃべれないまま、30歳で渡英。50代前半ではじめての飲食業をスタート。
渡辺さんの転機は30歳のときにやってきました。
以前よりロンドンの大学院で学ぶことを希望していた美術家の夫・寛さんが、結婚後しばらくして渡英を決意。渡辺さんはというと 「英語も喋れず、いい大人だし……」 と、ついていくつもりはまるで無かったとか。
だから結局、一緒に飛行機に乗ることを決めたときも 「かなり嫌々だった」 と言います。
ところが住めば都、ロンドンでは結局10年ものあいだ暮らすことに。渡辺さんは、そのうち約8年間マーガレット・ハウエルのアトリエで働きました。
▲ロンドンで暮らしていた家
渡辺さん:
「仕事に就いたことでロンドンの生活にも徐々に溶け込めるようになりました。お友達もできて、日本との文化の違いも理解できるようになってきて。
でも、私ってどこにいても居場所がないような感じがしてしまうんです。なんなんでしょうね。常にそういう気持ちが心のどこかにあって。
それでロンドン暮らしも10年たったという頃に 『もう、いっか』 と思ってしまったんです。『10年も住んだし、もういいよね』 って。
なんだか一区切りしたような気持ちになって、とくに計画があったわけでもないのですが、40代半ばのときに夫婦で帰国しました」
そんな渡辺さん夫妻が、まったくの未経験だった飲食業を東京でスタートしたのが50代前半のとき。
それが現在、東京・神宮前にあるイギリス風家庭料理のお店 「SW11 kitchen」 です。店名の 「SW11」 は、当時住んでいたロンドンの住所からとったそう。
なぜ飲食業だったのかというと、これまた夫の寛さんが 「パブをやろう」 と言い出したことがきっかけでした。
帰国したばかりで金銭面に余裕があったわけでもないので、自宅にあった家具や什器をほとんど全てお店に持ち寄ったのだそうです。
渡辺さん:
「ロンドンにいた時から私たちは料理が好きで、とくに夫がハレの日の食事を、私が日常の食事を、というふうに役割分担をして、家に人を招いていたんですね。
だから、その頃の家庭的であたたかい雰囲気をそのまま日本に持ってこられたらな……と。
突然パブをやるのも難しそうだから、その練習のために、ひとまず始めたのが 『SW11 kitchen』 なんですよ」
▲ロンドンで暮らしていたときに渡辺さん夫妻が作っていた料理
▲牛肉と野菜のラグー(1,620円) ランチタイムは他にもクスクスやカレーなど。どれも美味しい!
ところが、開店から5年がたった今、これからパブをやるほどの体力はない、と話す渡辺さん。
渡辺さん:
「もうね、諦めました。パブはやめ!って。
今の自分と昔の自分は別もので、たとえば体力の違いは、こうして歳をとらないと分からなかったことでした。
私たちがやってきたのは 『その時にやれることをやる』 の繰り返し。それでいいと思っているんですよ」
「なんとかなるさ!」はもう卒業。自分を明らかにすることで、暮らしはよくなる。
ところが 「SW11 kitchen」 は、パブにこそならなかったものの、着実に変化をとげています。
私の知っていたころは昼と夜にイギリスの家庭料理を出す小さなレストランでしたが、今年の3月から夜の営業をやめ、そのかわりに小松貞子さんのショップ 「R」 のコーナーが店内に完成。洋服を見ながら食事もたのしめる、また新しいお店に生まれ変わりました。
さらに最近は、渡辺さんお手製のオリジナル布バッグも販売をスタート。売れるたびに手作りするため、お店が開店する曜日以外も忙しい日々を送っているとか。
渡辺さん:
「若いころは 『なんとかなるさ』 の勢いで、なんでもできるような気がしていたんです。
でも大人になったら 『自分ってこういう人間だよね』 というのを知っていないと、俯瞰して自分のことを見てあげないと、暮らしもうまく変えられないと言いますか……。
たとえば思うように体が動かなくなってきたら、『じゃあそんな自分と、どうやってうまく付き合って行こう?』 って考える。
あまり向き合いたくないことですけれど……本当の自分を受け止めてあげないと、どんどん考え方が小さくなってしまうと思うんです」
夫婦にとって、「退屈」 はケンカの原因だから。
「今」 の自分を俯瞰して、「今」 の自分にフィットした暮らしを見つけたい。
だから渡辺さんは、30歳の渡英にはじまり、これまで沢山の変化を受け入れてきました。
しかしもし私が渡辺さんの立場にあったら……結婚後に大学院へ行くという夫を、すんなり受け入れられただろうか?50代前半で未経験の飲食業をやりたいという夫に、ついて行くことはできただろうか?正直なところ、あまり自信がありません。
渡辺さんの、その決断力は何に支えられているのでしょうか?
渡辺さん:
「何も考えていないだけかもしれないですけどね。でも私、人のやることをどうこう言わないというのは昔から大切にしているんです。
『自分が困るから、あなたはやらないで』 とは絶対に言わない。そのかわりに 『やりたいならやれば?私は知〜らない!』 って感じね(笑)
だって夫婦ふたりで退屈は、喧嘩の原因じゃない?
私ひとりなら退屈しても全然いいんですけどね。ふたりして退屈してしまったら、ニッチもサッチもいかなくなるかもしれないから」
▲夫婦のコミュニケーションは毎晩の晩酌で。2人ともワインが大好きだから、飲み過ぎないようにグラスは小さめで。
「明らめる」 ことが、上手にできるようになるまで。
いつも気取らず、喋ればとてもチャーミング。でもその佇まいは、やっぱり凛として格好いい!
そんな渡辺靖子さんの 「センスのヒミツ」 を全3話を通じて追いかけてきました。
「自分が何者か分かっていないと、何も変えられない」
渡辺さんは、そう話していました。きっと、その通りなのだと思います。
背伸びをしたり、自分を大きく見せようとしたり。それから人のことを真似してみたり。そういうことを積み重ねてきた先に、自分のことを 「明らめる」 日がやってくる。
その時、きっと私たちは自分なりのセンスを手に入れることができているのでしょう。
上手に自分のことを俯瞰できるようになる日まで、私はおしゃれで迷走したり、へんてこな家具を買ってしまったりを、まだまだ繰り返すかもしれません。
「センスのいい人」 への道のりは、まだまだ遠い……。
それでもいつか、渡辺さんのように、自分にフィットしたおしゃれや暮らしができればいいなあと思います。
帰り際、渡辺さんはずっと手をふって見送ってくれました。
最後の最後まで、このチャーミングさにはかなわないなあ……と。憧れの気持ちを持ったまま 「SW11 kitchen」 をあとにしました。
(おわり)
【写真】木村文平
もくじ
渡辺靖子
東京・神宮前のイギリス家庭料理風のお店 「SW11 kitchen」 店主。2016年6月からは大人の服を取り扱うブランド 「R」 のコーナーもでき、食事をしながら買い物もたのしめる空間に。木金土日の12:00~18:00の営業(日曜のみ17:00まで)。少しだけ分かりにくい場所だが、一度行くと何度も通いたくなる居心地のよさがある。 http://sw11.biz/access/
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