【梅があれば大丈夫】第1話:塩と梅だけ、この上なくシンプルな保存食「梅干し」の底力。
編集スタッフ 寿山
「梅はその日の難のがれ」ということわざがあるように、梅干しは古来より日本の暮らしに根づく、伝統的な保存食です。
古くは平安時代から病気の予防に食べられていたという説もあるほど。
わたし寿山も、春先に体調を壊したときには、無意識におかゆに梅干しを一粒のせて食べていました。
今回の特集では、そんな梅干しの魅力を教わるために、梅を研究して76年という大ベテランの料理研究家、藤巻あつこさんのお宅を訪ねました。
梅干しってこんなにシンプル!?塩と梅さえあればできる保存食
藤巻さんは76年間、毎年欠かすことなく梅干しを漬け続けてきた梅仕事の第一人者。
梅干しだけでなく、梅を利用した料理にも造詣が深く、梅の魅力を伝えるために広く活躍されています。
▲14畳の梅蔵にずらりと並んだ梅干しの瓶。まるで研究室のよう
96歳を迎えた現在も、ようやく梅の季節が来たと、胸を踊らせているそう。
藤巻さん:
「梅の花が咲くと、なんだかソワソワしてしまうの。近頃では、もうやめようかと思うこともあるのですけど、ついつい体が動いてしまいますの」
と、まるで少女のように目を輝かせて話します。
▲庭には、梅や桜の木が葉を茂らせていました
藤巻さん:
「梅干しは塩と梅さえあればできます。皆さんが思っているよりずっと簡単ですよ。
梅を塩で変化させただけなのに、何百年も腐らずに食べることができますから」
半永久的に腐らない、梅の底力。
腐らないという話の途中で藤巻さんが見せてくださったのが、なんと戦国時代に武士が軍用備品として持ち歩いていた梅干し。
フタを開けると、どこか漢方薬のような香りがフワッと漂います。
藤巻さん:
「戦で疲れきった侍たちにとって、梅干しはうってつけの食糧だったのでしょう。消耗した体に、梅干しの塩分やクエン酸が効いたのね、きっと。
わたくしも、疲れたら梅干しを食べます。あまり大病を患ったことはないし、90年以上梅干しで何とかやってこれましたわ」
この歴史ある梅干しは、明治時代の東京・四谷にあった「丸梅」という料亭が店を閉める際に、女将からいただいたもの。
その際ひと粒食べてみたところ、酸味も塩気もしっかりしていたので、驚いたそう。
そのひと粒を味わいながら、梅の底力を感じ、それを活かした先人たちの英知に敬服したといいます。
「病弱な息子の子育てにも、欠かせませんでした」
藤巻さんが梅仕事をはじめたのは、20歳でご主人のもとに嫁いでから。身近に梅干しの名人がいたのを好機に、見よう見まねではじめたそう。
そのころ梅干しは貴重品で、勤めに出るご主人や学校に通う子どもたちのお弁当に入れることがほとんど。自分ではあまり口にする機会がなかったといいます。
藤巻さん:
「21歳のときに長男を産んだのだけれど、体が弱くてね。
ほどなく夫は戦地に行ってしまって、義理の両親や夫の妹、それから病弱な長男の面倒をみるのに、てんてこ舞いの毎日で。そんな中、体が弱い息子がお腹をこわしたら、いつも梅酢を飲ませておりました。
食あたりのときにも、梅酢を飲ませると翌日にはピタッと症状がおさまるものですから、そのうち息子から『お腹いたいから梅酢ちょうだい』と言うようになったんです」
それから風邪を引いたら梅干しの「黒焼き」(直火で焼いたもの)を食べたり、胃腸が弱ったときは「梅がゆ」を食べたり。
梅には随分と助けられた、と藤巻さんは振り返ります。
※梅酢とは、梅干しを漬ける際に梅から浸み出す液体のこと
まずは「梅干し」から始めてほしい
初心者の方にまずおすすめしたいのは、「梅干し」だと話す藤巻さん。梅干しを漬けるときに出る梅酢をはじめ、さまざまな副産物を楽しめるからだそう。
それに何より梅干しを漬けることで、梅のことをよく理解することができるので、ほかの梅仕事がラクに失敗なくできるようになるといいます。
▲取材後にいただいた「梅さくら」。甘めに漬けた梅干しを、庭の桜の葉で巻き、花をあしらったもの
ここまで藤巻さんの実体験をもとに、梅の魅力を広くお話いただきました。
なんだかお話しているだけで、ぎゅっと凝り固まった心がほぐれていくような、不思議な魅力に溢れたお方です。
次回は、そんな藤巻さんが初心者の方におすすめしたいと話す「ジップロックで作る白梅干し」のレシピを伺います。
(つづく)
【写真】寺澤太郎
もくじ
藤巻あつこ(料理研究家)
大正10年、東京生まれ。梅に魅せられて76年。その間梅干しを漬けなかった年は一度もないという、梅仕事の第一人者。毎年大量の梅を用いて、梅の研究に勤しむ。梅をつかった料理にも造形が深く、梅干し作り・梅レシピの普及のため、生涯をかける。
▽藤巻あつこさんの本はこちらから!
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