【あのひとの子育て】作家 山崎ナオコーラさん〈前編〉競争に勝てなくてもいい。「あきらめる」子育てとは
ライター 藤沢あかり
子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。「好き」や「得意」をどうやって日々に生かせばいいのか。正直、わかりませんよね。だって正解がないんですから。
だから私たちはさまざまなお仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいる“あのひと”に。
連載第7回目は小説家であり、最近では『かわいい夫』や『母ではなくて、親になる』など自身の家族をテーマにしたエッセイも手掛ける山崎ナオコーラさんをお迎えして、前後編でお届けします。
▲「母ではなくて、親になる(河出書房新社)」妊活から帝王切開での出産、保育園落選……という一見シビアな現実が語られながらも、子育てをしている人には「そうそう、そうなんだ」と深くうなずくことが、そして子育てをしていない人にも「子育てってなんだか楽しそう」と思わせるエピソードが多く綴られています。
「あきらめる」ことで楽しくなった。山崎ナオコーラさんの子育て
もうすぐ2歳になる山崎さんのお子さん。走り回ったり、自我も芽生えてきたりと、そろそろやんちゃな盛りに差しかかる頃ではと想像しますが……。
インタビューの開口一番、山崎さんの口から飛び出したのは「私、子育てにおいてあきらめることにしたらラクに、楽しくなったんです」という衝撃の発言でした。
山崎さん:
「言葉の中で、私が一番大切にしているのが “あきらめる” なんですよ。子育てをする中でも、あきらめるっていいことなんじゃないかと思いながら毎日向き合っています」
あきらめる?子育てを?
一見、ネガティブとも取れるこの言葉。しかしその裏には、実は山崎さんの揺るぎない生き方へのポリシーが潜んでいました。
「学生時代に平安文学を学んでいたんです。そこで知ったのが、 “あきらめる” という言葉の語源は “明らかにする” だったということ。
物事に対して、その事実や理由を “明らかにする” と、その周りのこと、自分の気持ちや思いもだんだんとわかってきます。ということは、いろいろな事をあきらめていくと自分自身のことを理解したうえで納得できるのだと思い、以来ずっと、できるだけそうするようにして生きてきたんです。
だから子育てにおいても、あきらめることを大切にしました」
なにかに迷ったとき、壁にぶち当たったとき、立ち止まってしまったとき。人生の岐路において、事実や道理、自分の気持ちをきちんと「明らかにする」ことによって、山崎さんはおのずと納得できる道を見つけてきました。
「母」ではなくて、親になる
そんな山崎さん、「母親らしさ」もあきらめ、手放したと言います。
エッセイのタイトルにもある、『母ではなくて、親になる』。「母」と「親」は異なるものなのでしょうか。
山崎さん:
「もともと私は、性別にこだわるのが好きではなくて。 “女性らしく生きる” とか “女性らしく働く” というのに抵抗がありました。だから親になるときも、 “母” を意識したら自分が苦しくなるかもしれないと思ったんです。
“母親らしさ” をあきらめたら、誰かと比べることがなくなってラクになれました。
父親は、 “父親らしく育児をする” なんてあまり言いませんし、仕事をするのに子どもに後ろめたさを感じるというのも聞きません。それを思えば、女性も “母親” を意識せず、 “親” として愛情と責任をもって育児に臨めば、それでいいんじゃないかなと思うんです」
そもそも、「母親らしさ」とは何なのでしょうか。
母親らしいファッション、常に子どものことを最優先に考える気持ち、手の込んだお弁当やおやつ……。簡単によそのお宅の暮らしが見えるようになった今、「理想の母親像」はどんどん高くなっている気がします。
誰かと比べやすい環境にあるからこそ、「自分はちゃんと母親をやれているのかな」と不安になったり、世間の目に縛られて息苦しさを感じている人もいるかもしれません。
山崎さん:
「同じように子育てをしているお母さんたちを、私もSNSで見ることがあります。そのたびに、自分はこうなれないな、って思うんです。もし “すてきなお母さん” に順位がつくとすれば最下位になってしまいそう。だったら、ランキングには参加しなければいいと思ったんです」
出産も子育ても、自分の経験と人の経験は別のもの、ということを明らかにしている山崎さん。比べるのではなく、自分のことを深く理解したうえで向き合えば、高すぎる理想に振り回されることもなくなるのかもしれません。
競争に勝ち抜ける子だけが「しあわせな子」ではない
ところが山崎さんも、もともとは上昇志向が強く、誰かと比べたり、勝ち負けにこだわるタイプだったのだそう。小説家としてブレイクしたい、本がものすごく売れてほしい。仕事をしていくうえで、それはきっとシンプルな思いです。
そんな山崎さんの考えに変化が訪れたのは、町の小さな書店員として働くご主人と出会ったことでした。
山崎さん:
「若い頃は、大企業の会社員だとか、自分よりも年収がいいとか、そういう人が良い夫であり、そこで人生の勝負が決まるとも思っていたんです。
でも、夫はそんなことに全くこだわらない人でした。
出世や地位とはあまり縁のない夫は、まわりから見れば『勝ち』ではないかもしれません。でも当の本人は、仕事に誇りを持って楽しんでいる。自分の収入に満足していて、その中で楽しく幸せに生きているんです。
それを見ていて、私自身、小説で上を目指すとか、そんなことを気にするより、ものすごく売れなくてもコツコツ書き続けよう、この仕事を大好きでいようと考えるようになりました。
だからもし、もっと若い頃に子どもを産んでいたら、上ばかりを見て、いろいろなことを求めて期待して、教育ママになっていたかもしれません。
今は、私がやる子育てだから、ものすごいことはできないってあきらめているんです」
山崎さん:
「デビュー当時ははみんな同じくらいの仕事量だった作家友達が、今ではどんどん売れていきました。でも、みんなで現代の文学シーンを盛り上げながら、一緒にひとつの大きな本棚を作っていると考えたら、誰かほかの人がやってくれていることを私はやらなくていいのかも、って。そうしたら、友達のことは一切ライバルだと思わなくなったんです。
それを思うと、子育ても同じです。競争で勝つ子じゃなくても別にいいと思っているんです。愛情って、他の子よりもすごい子になってほしいと願うことじゃないはず。負けるような子がいてもいいし、親はその子を愛することができる。
勝ち負けにこだわるより、とにかくしあわせになってほしいですね。人から見たら負けているような人生でも、本人なりの価値観や視点を身につけさえすれば、絶対しあわせになれると思うんです」
社会には背の高い人、低い人、仕事が好きな人、嫌いな人、勝負に強い人、弱い人……、色とりどりの人間がいます。その中で、「誰かと比べない」は、もしかしたらとても勇気がいることかもしれません。
でも、人間の多様性が社会を豊かにしているのだとしたら。しあわせの尺度は誰かとの比較で決まるものではなく、自分自身が決めること。そんなふうに「あきらめる」ことができたら、それはきっと自分らしい、楽しくしあわせな子育てへの第一歩です。
後編では、山崎さんが暮らしの中で心がけている「あきらめ」をさらに深く掘り下げるとともに、ご主人との関係やお子さんと読んでいる絵本についてもお伺いしていきます。
(つづく)
【撮影】砂原文
山崎ナオコーラ
1978年、福岡県出身。2004年に会社員をしながら書いた「人のセックスを笑うな」が第41回文藝賞を受賞し、作家デビュー。『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)、『かわいい夫』(夏葉社)など、エッセイのファンも多い。新著は「絵本」という新たなジャンルに取り組んだ『かわいいおとうさん』(こぐま社)。子どもが親を、そして親が子どもを思う、まっすぐ無条件な愛のかたちが絵本の隅々にまで満ちている。
ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。
▽山崎ナオコーラさんの書籍
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