【あのひとの子育て】ヨシタケシンスケさん〈後編〉できることも、できないことも。ヨチヨチ行こう。
ライター 片田理恵
ベストセラー絵本『りんごかもしれない』などの著作を通じて、子どもと「元子ども」を魅了し続ける絵本作家・ヨシタケシンスケさん。
前編ではふたりの男の子の父親として歩む現在の日々、子育てという日常をどんなふうに見つめているかについてのお話を伺いました。
後編では子育てのパートナーである奥様との役割分担について、そして最愛の息子さんたちに伝えたい思いをお聞きします。
子どもには、ちゃんと「がっかり」しておいてほしい
ヨシタケ家は父と母、小学校6年生の長男、小学校1年生の次男の4人家族。一家の休みの日の外出先はもっぱら「お母さんの行きたいところ」だといいます。計画を立てるのも、そのための準備をするのも「お母さん」。
ヨシタケさん:
「妻は段取りを考えたり実際に行動するのが好きだし、得意だからまかせています。僕は車のハンドルを握るだけ。子どもたちもそれはよくわかっていて、お母さん抜きだと不安そうにしてますね(笑)。
子どもたちには親の得意・不得意のどちらも伝えたいと思っています。僕が何が下手で苦手なのかということを知ってもらって、ちゃんとがっかりしておいてほしい。
僕は叱るのも苦手で、片付けでも宿題でもつい『できなくていい、できなくていい』と子どもに共感しちゃうんですけど、妻は頭ごなしに『終わるまでゲームしたらアカン!』とズバッという。うちはそれでバランスがとれているので、彼女には本当に感謝してますね」
いろんなふうに叱られて、いろんなふうにほめられて
夫婦そろって子どもに共感していてはしつけにならず、かといってふたりして叱ってしまったら子どもの気持ちの行き場がなくなる。育児における夫婦の役割分担は、やはり永遠の課題といえそうです。
でももしヨシタケさんのように、自分とは違う相手のやり方や考え方をありがたいと思えたら……?それを間近で見る子どもは両親の好きや嫌い、得意、不得意のすべてを肯定的に捉えられるのかも、と感じました。
ヨシタケさん:
「大人がしなくちゃいけないのは、子どもの選択肢を増やしてあげること。両親の言動や判断って、それを知る最初の体験ですよね。お父さんとお母さんからいろんなふうに叱られて、いろんなふうにほめられることで、子どもは物事には多様性があると学んでいくんだと思っています。
長男が3歳の頃、なんかかっこいいなって理由で、バイオリンを習わせたことがありました。でもうちは夫婦とも音楽の素養があるわけじゃないから、彼の努力をどうやってほめればいいのかがよくわからなかったんです。だから多分、息子はおもしろさに気づくところにまで至れなかった。1年もたたずにやめちゃいました。
そのことがあって、けっこう認識が変わりましたね。親ができないことは無理にやらずに先生やプロに相談しよう。その代わり自分の好きなことや得意なこと、ほめ方がわかるものはしっかり関わろうと思うようになりました」
絵が描ける。サッカーができない。それで大丈夫。
ヨシタケさんの「好き・得意」はもちろん「絵を描くこと」。奥様も含めた家族全員が、絵を描くことや何かを作ることが好きだといいます。発泡スチロールをけずって船を作ったり、アイロンビーズで文字をデザインしたり。夏休みの自由研究も、毎年家族総出でアイデアを出し合って盛り上がるのだとか。
ヨシタケさん:
「自分も好きなことだからこそ、こういわれたらうれしいだろうなというのがわかるんです。ここをこうがんばったんだな、これができるようになったんだな、と細かいことにまで気づけるし、こうするとうまくいくよってアドバイスもできる。
前はよく息子と3人で落書き大会をしてました。マンガのキャラクターとかお題を決めて、本物を見ずに想像で描く。うまくなることの楽しさも教えられるし、上達を一緒に喜ぶことができるからすごくおもしろいんですよ。
尊敬と軽蔑は、同居しているのが自然。それが子どもたちに『大人だってできないことがあるんだ』『自分にもできることとできないことがあっていいんだ』と伝えることになるから。
お父さんは絵が描ける。お父さんはサッカーができない。どっちも知ったうえで、それで大丈夫なんだと思ってもらえたらいいですよね」
子と親と、どっちの気持ちもわかっちゃう
▲0.3mmの極細のペンを使い、フリーハンドで流れるように描いていく。原画は親指の先ほどのサイズで、絵本に印刷するときは拡大して使用しているそう。左利き。
自分のことは棚に上げて、我が子には何でも人並みにできるようになってほしいと願う。子どもの前でいいところを見せようとつい無理をしたり、格好をつけてしまう。ヨシタケさんは自身の絵本のなかでも、そんな大人の身勝手さをユーモアに換えて描いています。
ヨシタケさん:
「子どもが生まれてから、自分が子どもの頃に両親にいわれてうれしかったことやイヤだったことをどんどん思い出すんですよね。それでその状況に陥っている子を見ると『わかる!』と思う。『そうそう、それイヤだよね』って。
でも、実は子ども側だけじゃなくて、同時に親側の気持ちもわかるわけですよ。ムカつくこともあえていわなきゃいけなかった理由とか、そのときの親の複雑な気持ちが、親になってわかってしまった。
『ヨチヨチ父』にも描いたんですけど、僕自身は父親との関係があまりうまくいっていなかったんです。でも父にもあの時いろんな事情があったんだなって、ようやく思えるようになりました」
ヨシタケさん:
「よく『大人になったらわかる』といいますけど、子どもにもわかることってたくさんあります。だから勝手に判断しないで、大人は自分の気持ちをちゃんと伝えて、子どもにわかってもらえばいい。大人も大変なんだなってことが理解できれば、子どもだって大人にやさしくできるはずなんです。
少なくとも子どもの頃、僕はそうしてほしかったですね。だから息子たちには、できる限り大人の事情を作らず正直に話そうと思っています。ママへの相づちはすぐに打ったほうがいい、とかね(笑)」
ヨチヨチ歩きだから見える世界を、見る
完全無欠のスーパーヒーローではない「ヨチヨチ父」。
初めてお会いしたヨシタケさんに、私はなんだか我が子の同級生のお父さんと話しているような錯覚を覚えました。おぼつかない足取りで悩んだり困ったりしながら、それでも懸命にがんばっているたくさんのお父さんと同じ、ひとりのお父さん。
すごいなぁと思うのは、時におぼつかないそのヨチヨチとした歩みを、恥じたり隠したりしないこと。誰かに合わせたり誰かを気にしたりせずに自分の速さで歩き、そしてそこから見える世界をしっかりと見つめる。
つい格好をつけてしまいがちな大人にはなかなかできないその姿勢こそ、たくさんの「子ども」と「元子どもの私たち」を夢中にするヨシタケさんの最大の魅力なのかもしれません。
(おわり)
【写真】神ノ川智早
ヨシタケシンスケさん
1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常のさりげない一コマに注目したイラスト集『しかもフタがない』(PARCO出版)や『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)をはじめとする絵本、父の視点で子育てをつづった『ヨチヨチ父』(赤ちゃんとママ社)など著作多数。2児の父。
ライター 片田理恵
編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「ナチュママ」「リンネル」「はるまち」「DOTPLACE」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。
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