【弱腰のリーダーシップ】後編:人付き合いに3〜5年は必要。見えない壁にヒビを入れる積み重ね
ライター 川内イオ
あの人のようになりたくて。
「活気のあるお店」をつくるために、スキルや経歴よりも、価値観をともにできるスタッフを集めてきた相場さん。もちろん、人間だから仲たがい、いがみ合いもある。しかし、相場さんはあくまでも幸せな職場を目指している。それもやはり、自身の経験から導き出したものだ。
高校卒業後、18歳でイタリアに渡った相場さんは、修行先のお店で「おじいちゃん」と思えるほど高齢のシェフにかわいがられた。中高時代、実家の飲食店を手伝っている時は父親から厳しい指導を受けてイライラしたこともあったから、シェフから愛されたイタリアでの修業は幸福な時間だった。その時を振り返って、わかったことがある。
「僕もそのおじいちゃんシェフのことが好きだったんですよね。だから、基本的に何か言われても、受け入れるじゃないですか。でも信頼関係がないと、素直に話を聞けませんよね。だから僕も、すごく優しかったおじいちゃんシェフみたいになりたかったんです。
言う方も楽だし、言われる方も素直に聞けるその関係性がすごくいいと思っていたんで。あと、おじいちゃんに料理を任せられた時、すごく嬉しかったんです。だから僕もスタッフになにかを任せるときは、喜びをちゃんと感じているのか気にしています」
相場さんは、自分と価値観を共有して一緒に働きたいと希望してきたスタッフを大切にしたいと思った。
シェフとスタッフという上下関係で自分の考えを押し付けるのではなく、自らスタッフに歩み寄ることで、スタッフにも自分を受け入れてもらいたいと考えた。いつも陽気で、穏やかで温かかったイタリアのおじいちゃんシェフのように。
何を言われたら一番嬉しいかを発掘する
しかし、スタッフからすれば相場さんはオーナーシェフ。特に新人にとっては、気軽に話しかけられるような存在ではない。相場さんはその「見えない壁をどう壊すか」というところに、楽しみを見出している。意識しているのは「その人が何を言われたら一番嬉しいか」を発掘することだ。
「その人のことをちゃんと見ていれば、何を言われたら一番嬉しいか見えてくることがあるじゃないですか。仕事ができない子でも、仕事以外に興味を持っていることがあったら、その話をするとすごく嬉しそうな顔になったりしますよね。自分の考えとか趣味とかを一緒に楽しめるって嬉しいことだし」
相場さんが経営する飲食店はどこも繁盛していて忙しい。特に新しいスタッフは余裕がなくて、仕事の合間にプライベートの話をするような時間はなかなか取れない。だから、仕事が終わった後に声をかけて一緒にご飯を食べに行くなどして少しずつ距離を縮めてきた。お店とスタッフが増えてからはそれも限界があるから、出張やケータリングなどお店以外での仕事を活用している。
「店のほかに巡業、ケータリング、僕の料理教室があるんですけど、一緒に連れて行くのは気心知れたスタッフじゃなくて、順番で選びます。
僕のなかでは社員旅行と同じで、コミュニケーションを取るのが目的なんですよ。なににしても、準備がありますよね。そうすると僕と個人的なやりとりになるじゃないですか。その子が慣れてなければそれも大変なんですけど、例えば飛行機で普段話せないようなことを話したりできますから。まあ、移動中は寝てたり、夜は飲んでたりして、たいして話してないんですけど(笑)、そういう気持ちで外に連れ出しています」
人付き合いには、3〜5年が必要
自分の手間や仕事の効率を考えれば、ベテランのスタッフを出張に連れて行きたくなるのが人情だろう。でも、それではイタリアで経験した心地の良い信頼関係は作れない。見えない壁にヒビを入れるためには、日々の積み重ねが必要で、近道はないのだ。
「石の上にも三年って言葉があるじゃないですか。僕のなかでは、お店のルールづくりに5年かかったし、人付き合いも3〜5年は必要ですね。それぐらい時間をかければ良いところも悪いところも受け入れられるでしょう。実際、スタッフとのやり取りがスムーズになるのはそれくらいかかっていると思います」
相場さんは、長年かけて信頼関係を築いてきたスタッフに対して「進路や今ある環境に対してベストな状態をつくってあげたい」と考えている。
この思いの表れが、各店舗で開かれている料理教室だろう。相場さんは店長、料理長クラスであればお店のスペースと設備を使って料理教室を開くことを認めている。その際、店長が店に収めるのは若干の材料費のみ。自力でたくさんの人を集めれば、少なくない収入になる。
しかし、この副収入は副産物だ。「ただ料理ができる料理人になっても、いいお店は作れない」と考えている相場さんは、スタッフが自分で料理教室を企画し、告知し、人を集めて実施するという経験が、料理人として大切な商売の感覚を養うための糧になると考えている。
だから、放任するのではなく、企画を見てイマイチだと思えば「これ、人来ないんじゃない?」などと指摘する。お店で開催する料理教室は、ひとつ間違えればブランドを傷つけてしまうが、すべてはスタッフの成長を期待してのことなのだ。
厨房に立ち続ける
料理教室に限らず、お店の運営をスタッフにほぼ任せている相場さんが譲れないことはひとつだけ。シェフとして、厨房に立ち続けること。それは、頑なに守っている。なぜか? まだ料理人として成長したいという思いがあるから。
「人間はある程度器用になってくると怠けるし、44歳にもなると新しいアイデアがなかなか出てこないんです。筋肉と一緒で頭が固くなってくる。そこに危機感があるんですよ。
その点、厨房で若い子と仕事をしていると、びっくりするようなことを言ったりやったりするけど、僕が知らないようなクリエイティブなことも見せてくれるから、若い世代と一緒に仕事をできることに感謝してます。もっと料理をしたいと思った時は、自分でイベントやケータリングを企画して料理できる場を作っているしね。立場が変わっても、勉強は終わらないから」
活気のある店をつくりたい。
好きな人たちと仕事をしたい。
いつまでも料理人でありたい。
この思いを実現するために相場さんが心がけていること、培ってきた知恵は、飲食店という枠を超えて幅広い組織に応用できるのではないだろうか。2時間を超えるインタビューの間、必死にメモを取っていた編集部の弱腰のマネージャー、二本柳は、少しすっきりした様子で「LIFE son」を後にした。
(おわり)
【写真】木村文平
もくじ
相場正一郎
1975年、栃木県生まれ。2003年に代々木八幡にイタリアンレストラン『LIFE』をオープン。その後2012に参宮橋へ姉妹店となる『LIFE son』をオープンし、現在2つの店のオーナーを務める。多趣味を生かして、アウトドアのイベントを企画するなど、「衣・食・住」全般に目を向けた幅広い活躍が注目されている。http://www.s-life.jp/
川内イオ
1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。
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