【40歳の、前とあと】第2話:成功していい気になっていたかも? 仕事先のネパールで再確認した自分の足元
ライター 一田憲子
連載「40歳の、前とあと」第7回は、表参道のセレクトショップ「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナーの小林一美さんにお話を伺っています。
第1話では、何も知らないままアパレル業界に飛び込み、工場に出かけては、周りの人に教えてもらう体当たりの学び方についてお話を伺いました。
工場に通いながら、現場の人に洋服作りのノウハウを教えてもらったという小林さん。
入社して1年後には、レディースラインを立ち上げました。初めて作ったのはカットソーだったそうです。
小林さん:
「既存のメンズで使っている生地を少し分けてもらってレディースの形に変える、というぐらいから始めました。でも、『こういうものが欲しいな』という思いは、あのアルバイト時代からの蓄積があったので、当時流行っていたアメカジではなく、自分が好きなヨーロッパ寄りのスタイルで作りましたね。メンズの展示会のついでに『実はレディースもやっているんです』ってバイヤーさんに見てもらいました。でも、最初の頃は全然売れなくて……」
そのうちに、新卒で入ってきたのが、今「Le pivot」を一緒に手がけている金井美幸さんです。
レディースの販路がなかったので、金井さんに営業を担当してもらい、二人三脚での仕事が始まりました。小林さんがデザイナーで、金井さんが営業。この役割分担は、今でも同じです。
「素材がなりたいものを作る」から、自分の姿は見えなくていい
小林さん:
「彼女にも、工場に足を運んでもらいました。一緒に出張で色々なところに出かけましたね。だから彼女は、ほとんどの作り手さんに会っているんです。そして、彼女が卸先を開拓してくれて、どんどん売れるようになってきました。私もだんだん何を作ればいいかがわかるようになってきました。
そして、レディースの売り上げがメンズを超えるようになったんです。最初の1〜2年、ただ勉強させてもらっていた時期の分は、お返しできたかなって思いますね(笑)」
何にもわからないところから手探りでスタートして、やがて会社の中で一番売れるブランドへと成長する……。
それは、きっと小林さんが無我夢中で走り続けた結果だったのだろうと思います。それにしても、好きな洋服の仕事をしながら、頑張ればそれが数字という結果として返ってくるなんて、さぞかしやりがいがあったはず。
短期間に結果を出した小林さんは、もしかして私が思っている以上にすごい人なんじゃなかろうか?と思えてきました。
▲20代後半、会社のデスクの前で。
それにしても、どうして「売れなかった」ものが「売れる」ようになったのでしょう?
小林さん:
「う〜ん、どうしてだろう? 私が着たいもの、作りたいものは、流行は全く関係なかったんです。頭の中でぼんやり思い描いていたものが、ちゃんと形になると不思議に売れたですよね。
たぶん、私は現場を体験したこともあって、基本的に素材が好きなんです。工場で、ずっとシャトル織機の音を聞いていれば幸せ。素地が好きで、作る過程も好き。その上で、その素材がなりたいものを作る、というのが、私の作り方かもしれません。そして、『この色が売れる』と決めるより、『この素材にはこの色が合う』と決めた方が、売れたりするんです。
そういう意味で、私は普通のデザイナーとはちょっと違うかもしれませんね。自分は一歩引いて、素材がなりたいものに耳を傾けて作る……。作ったものがうまくいかなかった時には、『本当はこの生地って、これになりたくなかったんじゃないか?』って考えるんです。逆にうまくいった時には『やるじゃん!』って生地に褒めてもらった気がします(笑)」
じっくり長く続くものづくりを学んで
▲今まで行ったボタン屋さんの中で一番好き、というポルトガルのショップで。
こうして無我夢中で20代を駆け抜け、30代になると、もう少し大人っぽい服を作ってみたくなったそうです。そこで、今度は新たなブランドを立ち上げることに。
小林さん:
「フランスのファッションディレクターと組んでブランドを始めることになりました。彼女は、神戸で働いていた経験があるから、関西弁のフランス人だったんです(笑)。他と差別化したブランドを作る、ということを彼女から教えてもらいました」
その方から教えてもらった一番大きなことってなんでしょう?
小林さん:
「日本って、時代や消費に合わせて、どんどんものづくりをするじゃないですか? でもパリは、いつ行っても変わらないものがある……。それは、時間をかけてものづくりのベースを作るから。
日本では、クイックにものを作って、一つ当たったらそれでOKという風潮があります。でも、フランスではブランドを立ち上げたいと思ったら、3年ぐらい時間をかけるって言われて驚きました。
コンセプトを考える時間が何より大事だと教えられたんです。それで1年かけて彼女と一緒に『軸』となるストーリーを考えました」。
すぐに結果が出なくてもいい
実際には、どうやってコンセプトワークを続けていったのでしょうか?
小林さん:
「インディゴを主軸にものづくりをすることに決めました。イメージソースがフランスのブルターニュだったので、一緒に現地に行きましたね。
実は、彼女の実家がブルターニュだったんです。ブルターニュって、ボーダーで有名な『セントジェームズ』や『ルミノア』の発祥の地なんですよ。
ものづくりと文化がとても深いところで結びついている……。洋服を作るのではなく、そんな『暮らし』や『街の文化』を軸にしたいなあと考えました」
ところが……。
そうやって時間をかけて準備をしたのに、最初の展示会では賛否両論だったのだといいます。
小林さん:
「今までのお取引先さんは、カジュアル路線だったので、ストーリー性の強い大人のブランドがなかなか理解してもらえませんでした。
でも、経験上、そこで自分を信じないとダメなんだ、という思いがあったので、『今は試されているんだ』『ここで負けないで、ちゃんと自分の信じたことを形にしていこう』って思っていましたね。
このことを例のフランス人のディレクターに伝えると『そんなの当たり前だよ』って言うんです。『1回や2回で売れるなんて、あり得ないよ』って。『有名なハイブランドだって、デザイナーが変われば賛否両論なんてよくあること。そこで負けちゃったらそれで終わり。でも、ブレないでちゃんと続けていたら2年後には大絶賛されるよ』って」
▲30代前半。ブランド立ち上げのためにブルターニュへ。仕事をサポートしてもらったフランス人コーディネーターの甥御さんにアテンドしてもらってホームパーティへ。
「自分の仕事のやりがい」より、もっと大事なことがある
▲ネパールに行ったとき。全身インディゴの服を着て。
そして、洋服とともに世界観を演出する小物を作るため、尋ねたのがネパールとモロッコです。ネパールでは漉き紙を使ったノートなどを。モロッコではバブーシュや、インディゴ色の陶器を。
そして、この時ネパールを訪れたことが、小林さんにとっての大きな転機となりました。
小林さん:
「その頃の私って、何もわからないなりに、一つのブランドがうまくいって『自分が強く願ったことは叶えられるんだ』とか『なんでもやればできるんだ』と、ちょっと勘違いしていた時期だったんです。
それが、ネパールに行った途端、『ああ、なんて私は自分のことばっかり考えているんだろう』と思い知らされたんですよね。
現地で、工場で働くスタッフさんが、みんなで輪になって作業をしていました。そこに私も入れてもらったんです。みんな笑顔でハッピーで……。でも、実際にはすごく寒くて、暖房もないし、水も出たり出なかったりで、決して物質的に恵まれているとは言えませんでした。でも、みんながすごく豊かなんです。
その大きくて広い豊かさに触れたら、自分が大事にしてきたことが、すごくちっぽけに思えてきて……。私ももう少し人のためにできることってあるんじゃないか? と思い始めました。
自分がやりたいことができて、着る人が喜んでくれて『ありがとう』って言ってもらって嬉しい!っていうので満足してたんです。
でも、そこで止まっていたら、何かが違うんじゃないかと思い始めて……。
せっかくこの世に生まれてきたんだから、本当に私がやれることをちゃんとやらなくちゃと思いました。そして、独立を考え始めたんです」
小林さんが35歳頃のお話です。仕事の仕方でも、自分の人生の歩み方でも、小林さんをここまで導いてきたのは、きっとこんな「感じる力」なんだろうなあと思いました。
「できないこと」を「できる」にひっくり返すことが、こんなにも面白くワクワクすものだと感じる力。
コンセプトをたて、思考を積み重ね、ストーリーを紡ぎ出す奥深さを感じる力。
そして、ネパールで本当の豊かさとは何かを感じる力……。
さらに、感じたら必ず動き出すのが、小林さんのすごいところ。次回はいよいよ「Le pivot」誕生の物語を伺います。
(つづく)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
小林一美
「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナー。20代よりファッションの世界に入り、2012年に表参道の裏通りに、自身のブランド「ル・ピボット」のオフィス兼ショップを構える。
ライター 一田憲子
編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/
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