【40歳の、前とあと】第3話:自分を自分以上に大きく見せず、ありのままで勝負する強さを

ライター 一田憲子

連載「40歳の、前とあと」第7回は、表参道のセレクトショップ「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナーの小林一美さんにお話を伺っています。

第2話では、会社でご自身のブランドを立ち上げ、徐々に認められていかれた経緯を伺いました。一方で、仕事でネパールに出かけた時に、現地の人々の豊かさに触れ、再度ご自身の足元を見つめ直したというエピソードも。

ネパールでの体験は、実際の仕事にどう生かされてきたのでしょう?

小林さん:
「旅から帰ると現実が待っていて、たちまち忙しい毎日に戻ってしまいました。でも、その中で、私はやっぱり日本の生産現場がすごく好きだって再認識したんです。

ちょうど時代は人件費が安い中国生産へと移ろうとしていました。でも、そうすると、せっかくのいい技術を持った工場さんが続けられなくて廃業してしまうんです。ちゃんと国内生産が続けられるブランドをやらなくちゃ、という思いを強くしましたね」

こうして独立を考え始めたのが、40歳少し手前のことでした。でも、会社で大きな責任と期待を担っていたので、辞めるまでに7年間もかかってしまったそう。

小林さん:
「今までたくさんお世話になったので、そのお返しをしなくちゃと思って。お世話になった社長がお年を召して代替わりとするタイミングで退社したんです」

 

仕事は、お金を回し「続けていく」ことが大事

▲仕事が始まるとノートを用意し、イメージの切り抜きを貼ったり、準備をする。

独立するにあたってどんな準備をされたのでしょう?

小林さん:
「貯金もないし、会社で働いている間は、新しい仕事は始めない、と決めていたので何の準備もしていませんでした。でも、ずっとお世話になっていた企画会社の社長さんや、工場の社長さんが後押ししてくださったんです。そのおかげで銀行からお金を借りることができました。

実は会社員時代に、銀行に提出する書類づくりや、直営店の経理も任されていました。当時は『どうして私がこんなことまでやらなくちゃいけないんだろう?』と思っていたけれど、資金繰りを学んでおいて本当によかった。その経験があったからこそ、独立してからお金に困ったことはないんです」

アパレル業界では材料費の支払いと、洋服が売れてお金が入ってくる間に、どうしてもタイムラグが生まれます。そこをどう乗り越えるかが難しいのだとか。

小林さん:
「キャッシュフローは必ず起こるもの。だから、体力のある大きな工場さんとか生地屋さんには、少し支払いサイトを長くしてもらったりと、そういう小さな交渉術を会社員時代から経験していました。実際にモノを売るだけじゃなくて、お金をちゃんと回せるということが、経営者はすごく大事ですね。

独立して一番大事だと思ったことは、資金繰りをきちんと計画し、『続けていく』ということでしたから」

 

「作りたいものを作る」という軸=「ピボット」を失わない決意を

▲「Le pivot」を立ち上げる時に作ったノートにはコンセプトをまとめて。

会社やお店を「続ける」ために、大事なことは何でしょう?

小林さん:
「ブレないことかな。『Le pivot』って『軸』という意味なんです。会社を自分で立ち上げると、デザイナーとは違う『経営』という目線を持たなければいけません。そこで迷ったりすると作るものもブレ始めるんです。『売れるものじゃないとダメなんじゃないかな?』とか、『これが流行りだし』と、あれこれ考え始めると、自分が本当に作りたいものが見えなくなりますから。だから、自分たちの軸は絶対に曲げないでやっていけるようにしよう、と思っていました。

ただし、『変わっていく』ことは必要。『ぶれる』と『変わる』は違います。『今期うまくいかなかったら、ここを変えてみよう』っていう前向きなチェンジは大事です。

例えば恐竜って、強いのに絶滅してしまいましたよね。でも、大自然のサイクルに合わせて進化した小さな植物たちはずっと残っている……。それがすごく大事だなって思うんです。その環境に合わせて適応能力をつけていく。絶対変わらない!って頑張ると、絶滅しちゃいますから(笑)」。

会社を辞めてから、実際にはどうやって「Le pivot」を作られたのでしょうか?

小林さん:
「退職届を受理してもらった翌日、偶然今のショップの物件が空くことになったんです。以前、ここには知り合いの会社のショップが入っていました。社長さんから電話をいただいて『うちは、ここから出るから、小林さんお店やらない?』って。

実はその社長は、まだ私が退社したことをご存知なかったんですよね。だから前の会社のショップをやらない?っていう意味だったと思います。『実は、ちょうど昨日辞める事になりました」って言うとびっくりされて(笑)。社長がオーナーさんとの面接に立ち会ってくださって、『僕が保証します』って言ってくださいました。それで、店舗兼アトリエをうまく借りられるようになったんです」。

いかに小林さんが、取引先の方々から信頼され、愛されていたかがわかります。

退社後最初は、自宅兼アトリエで仕事を始め、お給料に困ったら、アルバイトしながらでも続けようという覚悟だったのだといいます。

小林さん:
「会社からお給料をもらっているのに、自分のことをやるっていうのはあまり良くないなと感じていたので、節度を持ってやりたいなと考えました」

こうして会社を辞めてから、半年以上をかけて準備を進めました

小林さん:
「1月に会社を辞めて、最初の展示会ができたのは9月です。でも春物なので、お金が実際に入ってくるのは2月。やっぱりちょっと大変で急いで追加の融資をお願いしに行きました。その時、税理士さんが私が作った事業計画書と追加融資の借り入れ返済の予定や資料などを褒めてくださったんですよ」。

 

オシャレを「諦めない」ための服作りを

今、「Le pivot」の服は、40~50代の方から上は60代、70代と幅広い年齢層に愛されています。実は、この取材の日、私は1枚のセーターを買いました。ハイネックで、身幅はやや幅広。アーム周りはゆったりしているのに、袖はほっそりとした7分丈。着てみると、思った以上にほっそりと見える自分にびっくり!

聞けば、本来縦に使うニット生地を横に使っているのだとか。だから身幅が広くても落ち感がありきれいなドレープが出て美しいシルエットになります。そして、ゆったりして着ていてラクなのに、スリムに見えるというわけ。あまりに気に入って、後日色違いのものを買いに行ったほど!

小林さん:
「サイズについては、すごく考えますね。ちょっとディティールや素材の使い方を変えるだけで、細く見えたりしますから。うちで人気のパンツも、卸先で『お客様に試着していただくと、ほぼ100%買っていただけます』と言ってもらえることが多くて嬉しいですね。『私はこういうのは似合わないから』と諦めていた人が『これなら穿ける!』というのは、すごくいいことだと思うので」

こうして、少しずつ「Le pivot」の服は信頼を得て、多くのファンを育てるようになりました。

小林さん:
「40歳を過ぎたら、ある日突然今まで着ていた服が似合わなくなったりするもの。私もそんな経験をしたからよくわかるんです。でも、そこで『諦めないで!』って言いたいんです。サイズバランスを変えたら似合うようになったり、小物をちょっと変えたら素敵に見えたり。そうやってお客様に寄り添っていけたらいいですね。

お店で、お客様とダイレクトにお話できるようになったのは、ものづくりにとってすごく大きかったですね。『こんなことが気になるんだ』とか、小さなことなんですけど、皆さんが何を思って着ていられるのかがよくわかりましたから」

今年でブランドを立ち上げて7年目。売上は、着実に伸びているそうです。

これから先の不安はないですか?と聞いてみました。

小林さん:
「あんまり考えないですね。先のことを考えて、今心配しても仕方がないと思うので。1年後のことは、1年後にならないとわからない、と思っています。マイナスのことを考えると、マイナスがやってくる気がするんです」

 

夢中でやってきたことは、自信を育ててくれる

▲「Le pivot」を立ち上げるときに、コンセプトワークの参考にした古いレースの資料。

最後に、小林さんにとって、40歳の前とあとは、どう変わったのかを聞いてみました。

小林さん:
「30代はとにかく夢中で仕事をしていました。本当にいっぱい働いたなあと思います。でも、あの時代があったから、40歳になった時に、いつの間にかベースができていたんですよね。目の前にあることをとにかく一生懸命やって、手を抜かなかった……。だからこそ、いざ自分がやりたいことを始めたとき、いろいろなことがスムーズだった気がします。一生懸命やったことって自信になるんですよね」

そして、40歳前後は、あのネパールでの体験を経て、価値観が大きく変わった時期でもありました。

小林さん:
「20歳、30歳と節目の時に、買うものを決めていたんです。自分へのご褒美のために……。30歳の時にはカルティエの指輪にしました。それで40歳の時には、『エルメス』のバッグが欲しいと思っていたんです。それは、18歳ぐらいの頃から思い描いていた夢だったので。『40歳になったら、『エルメス』が似合う女性になれるかなあ』って。

でも、ネパールでいろんなことを感じた後に、節目の記念にモノを買うんじゃなく、何か『体験』をしたいなと思って……。それで富士山に登ったんです! すごく良かったですよ。上の方に行くに連れて空気がどんどんきれいになって着て、自分の心や体にこびりついたいろんなものが落ちていくような感覚でした。20歳、30歳に手に入れたものはもう手元には残っていません。物質的なものはなくなってしまうけれど、あの富士山に登ったときに感じたことは、私の中に根付いているなあと感じています」。

今回、小林さんは今までの歩みを本当に率直に語ってくださいました。そこで感じたのは、仕事には「うまくやる」という正攻法はないということ。

何にも知らない状態でアパレル業界に飛び込み、工場でいろいろな人に教えてもらい、ブランドを立ち上げて……。

いつも背伸びをせず、身の丈で勝負する。それが、小林さんの「40歳の前」だったよう。

「わからない」なら「わからない」と正直に言うからこそ、周りの人が教えてくれる……。そして、そんなダメな自分をさらけ出すからこそ、成長した時に、みんなが喜んでくれる。さらに、困った時には手を差し伸べ、応援団になってくれる……。

そこでいろんなものを得たからこそ、「40歳のあと」に、それが使えるようになった……。

もしかしたら、今後もこの歩み方は有効なのかもしれません。

40歳を過ぎてからだって、わからないことはまだまだいっぱいあります。それを「もうこの年齢だから」と知ったかぶりをするのでなく、「わからないこと」は「わからない」と言う。そうすれば、きっとまっさらな心で何かを吸収できるはず。

小林さんが教えてくれたのは、ありのままの自分で生きる強さだった気がします。

(おわり)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

 

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小林一美

「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナー。20代よりファッションの世界に入り、2012年に表参道の裏通りに、自身のブランド「ル・ピボット」のオフィス兼ショップを構える。

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/


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